4.思い出のヒーロー
ザックリと書いていたあらすじ?に、肉付けをしていったら
長くなってしまいました…
ものすごく睡魔に襲われている状態なので、誤字脱字があったらすみません…
ロシェール公爵はこの国エウーラ王国の北東部に広大な領地を持っている。
東の端から北にかけて海に面しており、大きな港街ベルシャンの近くにある領主の居城である白亜のベルシャーニュ城は、白い崖の上から海を見下ろすようにして建てられていて、海側にある城の尖塔は灯台の役割も担っている。
海から船でベルシャン港へ向かってくると、白い崖と一体化した壮大で優美な白亜の城が、出迎えるように海上に聳え立って見えるのだ。
貿易が盛んで、大きな港には外国から珍しい品物をたくさん積んできた船が入港してくる為に、街も人も活気に溢れている。
けれど広大な領地の北部には、これといった産業も無く、土地は痩せていて耕しても実りは少ない。その為に代々の領主も北部には手をつかねていたのだが。
フェルナンの祖父の代で、その北部で羊毛産業を始めた。それはオルセール伯爵領の羊毛産業の成功に影響されての事だった。
当時、フェルナンの祖父はその時のオルセール伯爵に頼み込んで、伯爵領まで牧羊のノウハウを教えて貰いに行った。
そのおかげで、現在のロシェール公爵領では羊毛産業が盛んになった。遊ばせていた土地が利益を産むようになったのだ。
そういった経緯で、ロシェール公爵家はオルセール伯爵家に大変な恩がある。
「今こそ、その大恩を返す時だと思ったんだ」
ある日突然現れた、若きロシェール公爵、フェルナン・ランベールは頬を紅潮させながらそう言った。
「そ、そうでしたか…」
先触れはあったものの、リュシーはそれまでロシェール公爵家とは付き合いも面識も無かったし、両親に確認したくとも行方不明。
いきなりの高位貴族の訪問の連絡に驚き慌てるが、折良く伯父一家は出掛けている事だし、ともかくどういった用件なのかはお会いして聞いてみよう。
そう思って出迎えてみれば、馬車から降り立ったのは若く美しい貴公子で、陽光を背に黄金の髪を輝かせて現れた彼に、リュシーは息を呑んだ。
そして応接室に案内しようとして
「いや、今日は是非ともリュシー嬢を我が屋敷に招待したくてね」
これまで面識の無かった未婚の令嬢相手に、それはどうなのだろうか。それとも相手は公爵様なのだから、このお振る舞いは至極当たり前の事なのか…
世間知らずの為に判断がつかず、戸惑うリュシーにフェルナンは少し困ったような顔で微笑み、「失礼」と言ってリュシーにそっと近付くと、すぐ近くに控えている執事にはギリギリ聞こえる程度に声を落として囁いた。
「貴女の家と貴女自身の今後について、話をしたいと思っています。失礼ながら今の伯爵家では、そういった話をするのは難しいのではないですか?」
そう言われてリュシーはギクリと固まった。
(公爵様は私の家の現在の内情を全てご存知で、もしかしたら伯父が不在のタイミングでおいでになった…?)
「怖がらないで。私は貴女の味方です。貴女をお助けしたくて、ここまでやって来たのです」
耳元で囁く美しい貴公子に、まだ社交デビューも済ませていないリュシーは翻弄された。
焦り、戸惑い、慌てているうちに、リュシー付きの侍女マリーと、伯爵家の護衛も兼ねるフットマンが一緒に付いていく事で話は纏まり、あれよあれよと公爵家の馬車に乗せられていた。
そうして広大で重厚な、よく手入れされた美しい公爵家のタウンハウスの、豪奢な応接間で聞かされたたくさんの話。
フェルナンからの提案、それはリュシーが公爵家に嫁ぐ事を条件に、弟ジュリアンが成人して伯爵位を継ぐまで後見したいという申し出だった。
とてもありがたい、願ってもない話だと、そう思った。
けれど…
リュシーは戸惑い、泣きたくなった。
こんな大事な話を自分一人で決断する事など出来るわけが無い。
これまでは全て両親がリュシーの事を考えて良いようにしてくれていた。リュシーは己で考えたり悩んだりする必要はなく、ただ微笑んでいれば良かったのだ。
だが、現状はそうしたくとも出来ない状況だ。
この話を一旦持ち帰らせてくれと言ったところで、今のリュシーには相談出来る相手は居ないのだ。
オロオロと迷うリュシーに、フェルナンはゆったりと微笑みながら追撃した。
「我が家と伯爵家で業務提携を結べば、伯爵家には我が領のベルシャン港の優先的な使用と貿易についての協力を約束しよう。そして伯爵家からは羊毛産業の技術提供をしてもらえると嬉しい。
私とリュシー嬢の結び付きは、お互いの家の益々の発展に繋がる。政略としてはとても良い縁組みだと思うんだけど…」
そうして甘く微笑んで「どうかな?」と小首を傾げるフェルナンに、どう返事して良いのかわからない。
とても良い話だと思う。両親が聞いたらきっととても喜んでくれるだろう。それにそもそもが公爵家からの申し出に「諾」以外の返事など許されないのではなかろうか。
しかしだからといって今日の今日、この場ですぐに返事をする事など出来ず…
ともかく、少し考えさせて欲しいと返事をすると、フェルナンは心配そうに表情を曇らせて言った。
「急な話に君が戸惑う気持ちはわかるが…現状、そう呑気にはしていられないんじゃないのかな?」
言われてリュシーは青褪める。
今は使用人達が頑張ってリュシーを守ってくれているが、伯父達がいつ強硬手段に出てくるかわからず、夜も安心して眠れないのだ。
「リュシー、悪いようにはしないと約束する。君が頷いてくれれば、私はすぐさま君を脅かす不届き者達を処分する事だって出来るんだ」
処分という言葉に、リュシーが怯えた表情を見せると、フェルナンは「ああ、いや…すまない」と苦笑して
「言葉を誤ったかな。私は君を何者からも守ってあげられる、そう言いたかったんだ」
そう言って微笑むフェルナンの姿は美しく優美な貴公子で。
けれど、やっぱり今すぐに返事をする勇気が出ない…
どうか一晩だけ考える時間が欲しいとお願いして、リュシーは伯爵家のタウンハウスに帰ってきた。
何処へ行っていたのだとしつこく問い詰めてくる伯父を、使用人達の協力でなんとかやり過ごし、自室のソファでマリーの淹れてくれたお茶を飲みながら考える。
側に控えるマリーは心配そうな視線を向けてくるが口を開く様子は無い。リュシーの決断を支持してくれるつもりなのだろう。そう思うと、心が温かくなった。
そうして落ち着いたリュシーは、ゆったりとソファに座り直して考えてみた。
フェルナンが屋敷に着いて馬車から降り立った時、リュシーの脳裏に懐かしい思い出が…まだ子供だった頃に見た光景が浮かんだ。
リュシーとジュリアンを救ってくれた、黄金の髪のヒーロー…
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あれはリュシーが8歳の時。
王都ペリエの郊外にあるフォンテーニュ宮で、王妃様主催の催しが開かれた。
フォンテーニュ宮は三代前のエウーラ王にイグレウスから嫁いできた王妃様の為に造られた離宮だ。
王妃様に縁のある故国の湖水地方を模した造りになっていて、広大な敷地の中に大小の湖が点在する風光明媚なその離宮は王妃様亡き後に一般開放されており、貴族だけでなく平民の憩いの場にもなっている。
そこを貸し切りにして開かれた現王妃様主催の催しは、広大な庭を利用して様々な趣向が凝らされていた。
子供達やご婦人方は水辺に花咲く庭でお茶会を楽しみ、湖ではボート遊びに興じる人々も見られた。
そして殿方の多くの関心を惹いていたのは、フェンリルを使ったドックレースだった。
リュシーの父も珍しいフェンリルのレースに興味があるようだったが、母を気遣って大人しくお茶会に参加していた。
リュシーとジュリアンがお菓子の並んだコーナーに行こうと、お茶会のテーブルの母の元を離れ、手を繋いで向かっている最中、何かを見つけたジュリアンがパッとリュシーの手を離して走り出した。
ととと…と走ってしゃがみこんだジュリアンを慌てて追いかけながら名を呼ぶと、彼は何かを手にして嬉しそうに振り返った。
「おねえさま、これ!」
何を見つけたのだろうか。虫などでなければ良いが…と内心苦笑いしながら、ジュリアンの傍に寄ろうとした時、俄に周囲が騒がしくなり、人々の叫び声が聞こえた。
なんだろうと不安な気持ちで二人が騒ぎの方へ顔を向けるのと、怒り狂ったフェンリルがジュリアンに襲いかかるのは同時だった。
叫び声を上げる余裕も無く、咄嗟にジュリアンを庇おうとリュシーがつんのめるようにしてジュリアンに飛び付いて覆い被さり…
けれど、覚悟して身を固くしたリュシーを、フェンリルの恐ろしい程に大きな顎が喰らい付く事はなく。
グルルル…と唸り声はすぐ傍に聞こえるが、痛みも衝撃もやって来ない。
不思議に思って恐る恐る顔を上げると、リュシーの視界いっぱいに、輝く黄金の髪が見えた。
そのあまりの美しさに、瞬間リュシーは恐怖を忘れて見惚れた。
と、優しく呼び掛ける声が聞こえた。
「大丈夫、大丈夫だよ。落ち着け」
ハッと我に返りよく見ると、暴れようとするフェンリルの大きな顎と首元をしっかりと押さえた少年が、フェンリルに呼び掛けているのだった。
何があったのか、その白銀に輝く被毛を逆立てて怒り狂っていたフェンリルは、未だ唸り声を上げつつも、少しずつ落ち着いてきているように見えた。
ジュリアンをキツく抱きしめたまま腰を抜かして目の前の光景を呆けたように眺めている間に、いつの間にか駆け付けた魔物使いが魔物封じの縄をかけ、フェンリルは大人しく連れて行かれた。
そこで少年がリュシーを振り返り
「大丈夫? 怪我はない?」
未だ声変わりの最中なのか、少年の声は僅かに掠れるような響きだったが、その話し方は優しく落ち着いていて、驚きと恐怖に昂っていたリュシーの心を酷く安心させた。
「は…はい……」
震える声で返事をするが、何故だか視界が歪んで、陽光を背にした少年の顔がよく見えない。
すると
「泣かないで」
少年がリュシーにかがみ込み、未だ細い少年の指がリュシーの頬を撫でた。
気付かないうちに涙を流していたらしいリュシーの頬を、少年に優しく何度も拭われ
「あ、ありが…とう」
リュシーはどうにか声を出し、そうだ何かお礼を、と閃くように思った。
自分と弟の命を救ってくれた、この美しい黄金の髪を持つ少年に、精一杯の感謝を伝えるには…
「あっ、あの…っ…これを」
リュシーは大急ぎで胸に飾っていたブローチを外し、少年の手に握らせた。
それは赤紫色のロードライトガーネットのブローチ。
四代前のオルセール伯爵に嫁いできたイグレウスの第五王女が、国から持ってきた大きな原石から切り出されて作られたもので、王女はその原石からブローチを五つ作った。
イグレウス王家を象徴する赤紫。その色を宿すブローチは王女の手から家族のひとりひとりに贈られ、世代を経て子孫であるリュシーの手に渡った物だった。
命を救ってくれた少年に、その時のリュシーに出来る精一杯の感謝の気持ちだった。
驚いた少年が声を上げて何か言っていたようだったが、その時にはリュシーとジュリアンは騒ぎに駆け付けた父に抱き上げられ、目をまん丸に見開いて固まっていたジュリアンが父の胸に安堵して大声で泣き出し…
ハッと気付いた時にはその場を随分離れてしまっており、少年の姿は何処にも見えなくなっていた。
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あの後、父に助けてくれた少年の事を話し、父はすぐに連れていた従僕に少年を探させたが、幼い娘の少ない情報から、恩人である少年を見つけ出す事は出来なかった。
あの時の少年はどんな顔かたちをしていただろう。
瞳の色はどんなだった?
もう9年も前のその頃の記憶を、手繰るように思い出そうとしている自分に気付いて、リュシーは苦笑した。
会った時のフェルナンの黄金の髪を見て、あの時の少年の面影を重ねた。
そんな物語みたいな事があるわけ無いと思っても、もしかしたら…と思いたくなってしまう。
あの時リュシーとジュリアンを助けてくれた少年が、大人になって再び助けに来てくれた…そんな甘やかな夢を見たいと思う程に、リュシーはまだまだ子供だったのだ。