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ヤンキー、リモコン、そして戦闘



「よし! 今日は宴だおめえら!」


「うえーい!! ジュリアンさん最高っす!!」


「これで、ついにあたしら小宇宙(こすも)も全国区に……」


 怜央は今、だらだらと止まらぬ汗を必死で拭っている。

 怜央の目の前には、先ほどの金髪ヤンキー、おかっぱで随分と濃いメイクをした女、上座に座っている派手な男がいる。

 3人は、嬉しそうにお子様ビールの栓を気持ちよく開けて、ぐびぐびと飲んでいた。皆で食べるように買ったのだろうか、大きなサイズのポテチの空き袋が、そばに投げ捨ててあった。

 木箱に座っていた派手な3人に対し、怜央は歓迎の証として、ボロボロのパイプ椅子に座らされていた。


「いやー。ジュリアンさんのカリスマ性に惹かれるなんて、お前もいい目してんな!」


 金髪ヤンキーは、怜央の背中をバンバン叩く。怜央は少しむせて苦笑いする。


 ここに招かれてから、わずか15分。未だ肩の力を抜けずにいた怜央は、なんとなくこの3人の関係性がわかってきた。


「やっぱ、SNSは最高だぜ。ゴウキ、お前もたまにはいいこと言うじゃねえか」


「そ、そんな~。ジュリアンさんに褒められるなんて~」


 上座に座っている、黒髪に金髪のメッシュの男。

 細身ながら目つきは鋭く、怜央はなかなか強そうだと思った。名前は、ジュリアンというらしい。

 そして、ジュリアンに褒められてデレデレしているバカっぽい男。名前はゴウキというらしい。怜央は、この男に感謝したらいいのかそれともツッコミを入れたらいいのかわからず、言葉に詰まる。


「やっぱり、世の中はSNSだよ。同志を募るんだから当然だね」


「でしょ? ジュリえ姐さん!」


 その中でも、一際怜央が気になっていたのは、このジュリえという女性だった。全体的に丸い体のシルエットで、おかっぱ頭。そしてなにより濃いメイク。アイシャドウがとてもきつい。服装は白い 清潔なシャツにズボン、とかなりOL風である。


(まさか、これでキャリアウーマン、とか言わねえだろうな……)


 怜央はどうしても頭の中で、ひと昔前に流行った女芸人の顔がちらついてしまい、笑いそうになるのを堪えていた。


 怜央が、その珍妙な姿に見入っていると、目が合ってしまう。


 ジュリえは、白シャツの胸ポケットから、長方形の小さな紙容器を取り出す。


「フフフ……あんたも吸うかい?」


 ジュリえが手渡してきたのは、1本のココアシガレットだった。

 怜央は少し頭を下げて、それを受け取る。


「特設サイトとか作ってみたらどうっすかね!? かっこいいロゴとか作ったりしてさー!」


「おっ! いいな、作ってみろよ!」


 ジュリアンとゴウキはスマホの画面を見て、どのデザインがいいか話しているようだ。


 その時、ジュリアンの口元に、ご飯粒がついていることに気づく。

 教えてあげるべきなのか、それとも黙っておくべきか。それよりも、ゴウキが教えれば万事解決なのだが――――――。


 心の中で葛藤する怜央を尻目に、再びジュリえが口を開く。


「んで、アンタ。ジュリアンのどこがいいんだい?」


「は、はい?」


 怜央はギクッとした。とうとう聞かれてしまった。

 まさか盗みに入った、などと言えるはずはない。

 どう答えていいかわからない怜央は、とにかくノリで切り抜けることを選択する。


「い、いや~。オレもヤンキーつうのに憧れてて、その中でもネットで見た、ジュリーアンさん? が一番かっこよかったっつうか……」


 意気揚々と語る怜央を見て一瞬、3人の空気が凍り付いた。

 やばい――――――怜央の心臓がまた跳ねる。


「……おいお前」


「は、はい……」


 ジュリアンは鋭い目で、怜央を睨むと、顔を近づけてきた。

 先ほどの発言の何がだめだったのか、ということを怜央自身はまったく理解できていない。


「……今かっこいいっつったか!?」


 ジュリアンは、満面の笑みで怜央を見つめる。


「へ、へい……」


 思わず怜央の声が裏返ってしまう。3人は緊張を解いてガヤガヤと笑い始めた。


「わかってんじゃねえかよお前!」

「やっぱジュリアンさんは最高なんすよ!」


 怜央は、なぜか負けたような感情に囚われる。何に負けたのかはさっぱりわからないが、悔しさがじわじわと湧き上がってきた。それよりもなんだか楽しくなってきたので、気にしないことにする。


「ははは! ジューリアンさんさいこう!」

「いえーい! さいこう!!」


 気が付けば、時刻は2時を回っていた。謎の一体感と仲間意識が、4人の間に生まれたところで、怜央は忘れていた任務のことを思い出す。


「あ! 忘れてた!」

「ん? 何がだ兄弟」

「いやーオレ、なんかリモコンみたいなもん探してて。こんなんなんすけど」


 そう言って怜央は、端末に表示されたリモコンの写真を3人に見せる。


「……これは」

「あんた。知っているのかい?」

「おう。これだろ」


 ジュリアンは立ち上がり、背後にあったボロボロの段ボールの中をごそごそといじり始めた。そして、写真とまったく同じリモコンを持ってくる。


「これだろ? この間拾ったんだけどよ」

「うわっ。すげえ数字がいっぱいっすね」

「ああ。だから珍しくって、高く売れねえかなって思って取っておいたんだが……」


 そう言うとジュリアンはあっさりと怜央にリモコンを手渡した。


「やるよ兄弟。お前のもんだったんだろ?」


「あ、兄貴ぃ……」


 怜央は、なんだかとてもかっこよく見えたジュリアンに感激して手を合わせる。出会ってわずか2時間くらいだったが、4人の間にはよくわからない絆のようなものが生まれつつあった。ゴウキもジュリえも、なぜか目をうるうるさせていた。


「今日から俺らは兄弟だ! またなんかあったら来いよな!」


 怜央のヤンキーに対する見方が変わった。今までろくに付き合ってこなかった分、近寄りがたい偏見のようなものがあったのだが、それは間違っていたことに気づく。今ならどんなヤンキーとも友だちになれそうな気がした。


 怜央は流れるように小屋を後にする。見送りに来たジュリえは、派手な赤色のハンカチを振っている。ゴウキは腕で涙を受け止めながら、怜央との別れを惜しんでいた。

 怜央も3人に手を振って、帰路についた。


「はあ~楽しかった」


 怜央は大きく両腕を天に伸ばして背伸びをした。雲の隙間から差し込んだ月の明かりが、怜央の行く道を照らしていく。

 しばらく進むと、「そういえば」と口に出して怜央は先ほどの3人のことを思い出す。


「そう言えば、“えすえぬえす”、って何だったんだ?」


 考えると、頭の中でぐるぐると3人の顔が回った。

 ぐちゃぐちゃになって、3人の顔が消えていく。

 意識がぼんやりしてきたので、怜央は考えるのをやめた。


「ま、いっか!」


『おっす~任務終わった?』


 突然、端末からモリちゃんが大きな声を出した。怜央は、へへーん自信たっぷりに胸を張る。


「じゃじゃ~ん。これだろリモコン」


 怜央はモリちゃんに、ジュリアンからもらったリモコンを見せつける。モリちゃんは一瞬沈黙した後、『よくやったー!』とわざとらしい声で怜央を褒めた。


「ってかさ~モリちゃん。このリモコン何なの? なんでこれが100万円?」


 モリちゃんは、しばらく沈黙した後、声のトーンを下げて真剣に告げる。


『そのリモコンがなかったら、操作できなくなるんだって。ま、代わりのリモコンはあるんだけどさ、万が一バレたら……大変なんだよ』


 怜央は、モリちゃんの言っていることが何なのか、さっぱりわからなかった。しかし、次のモリちゃんの発言で空気が一転する。


『ああ。言い忘れてたけど~、さっきの3人、口封じなんだって~』


「……え?」


『殺されちゃうの~。それだけあのリモコンが大切な、たーいせつなものだったってこと』


 怜央の脳内で、3人の顔がはっきりとフラッシュバックする。


 「兄弟」と言ってくれた。少しの間だけだったが、友だちになれた。

 そんな3人が、殺される―――――――。


「モリちゃん!!」

『なに~?』


「オレ行くわ!」

『あはは! 怜央ピーならぁ……そう言うと思った♡』


 怜央は考えるより先に足を動かしていた。月明かりを頼りに、草むらを駆け抜けていく。足が土を蹴る感触が妙に軽い。まるで、自分で動いていないような感覚――――――。


 小屋が視界に入る。まだ明かりがついている。3人は、まだ中にいるのかもしれない。


「大丈夫か兄弟!?」


 怜央は勢いよく、扉を開け放つ。



 中は誰もいない。怜央は小屋の中を見渡した。子どものビールの空きビン―――ポテチの袋―――明らかに数分前には誰かがいたのだという確信が持てるほど、小屋の中の時間が止まっていた。


(……なんだ。嫌な感じだな)


 怜央が1歩踏み出そうとした時、ピリっと後頚部に痛みが走る。


(うおっ!!)


 怜央は、素早く背後にのけ反る。右の視界から、釘が飛んできたのだ。それは、弾丸のように飛来して、怜央の体をすれすれに過ぎていく。


「あぶねっ!」


 情けない声を出した怜央を、何者かが追撃する。次は、椅子に使っていた木箱が、怜央の体目掛けて飛んできた。木箱は誰かが投げつけたものではない。自然と、怜央に向かって飛んできた。


 怜央は素早く、ペットボトルの水を木箱に噴射する。刀のような形状に変化した水が、木箱を真二つに切断する。残った水はフワフワと浮いて、怜央を守るように渦巻いた。


「えっ……なんなんだよこれ……」


 妙だ。普通ではない。まるで、“超能力”でも使ったかのよう――――――。


「そうか! オレと同じか!」


 その瞬間、怜央の顔面にパイプ椅子が激突する。

 音もなく飛来した鉄の塊を防ぐことは、わずか200ml程度の水ではできない。

 顔面に大きな衝撃を受けた怜央の視界は、月夜に向かって進んでいき―――1回転して地面に落ちた。


 全身を強く打った怜央は、ピクリとも動かなくなった。

 そんな怜央を見て、黒い影が草むらから慎重に立ち上がった。


 ――――――ザッ、ザッ、ザッ……


 布がこすれる音が怜央に近づいていく。ゆっくりと怜央のそばに寄っていく謎の影。

 影は手を、怜央の顔に伸ばしていく。


「おらぁ!!! かかったな!!!」


「なっ……!」


 倒れていた怜央は突如、近づいてきた影に向かって飛び掛かった。

 夜目で見ても、この至近距離であれば誰が襲ってきたかよくわかる。



 怜央は、馬乗りになった際に、この男がやけに小柄であることに気づく。そして、迷彩柄の戦闘服を着ている。


「……子ども?」


 怜央は、月明かりに照らされた敵の顔を見る。悔しさを顔ににじませて怜央を睨みつけていたのは、身長150㎝くらいの少年だった。

 少年は、暗闇でもわかるほど美しい紫色の瞳をしていた。


 その目を見た、怜央の背筋が強張る。明確な殺気―――少年がまだ勝負をあきらめていないことを察した怜央の背後から、何かが飛来する。


(痛っ……)


 また、後頚部にぴりっと痛みが走った。怜央は、自然と背後に振り向くと同時に、右腕を振り上げる。そのモーションに合わせて、飛来した水が投擲物を弾き飛ばす。

 銀色のナイフ―――月明かりに照らされ、弾かれたそれは、地面に突き刺さる。


 怜央は驚いた。これほどまで正確に能力を発動させられたことは、今までなかったからだ。針の穴に糸を通すようなコントロールで、自分がナイフを撃ち落とした事実が、怜央の緊張を溶かす。


(しまっ……)


 怜央の緊張がとけたタイミングで、拘束が緩くなった少年は、右腕を怜央の顔に向かって振り上げる。袖に隠してあった小型のナイフを手に握ると、怜央の顔を切り裂こうと、一思いに突き出した。


「あ、あぶねえだろ!!」


 しかし、緊張感のない怜央の言葉とは裏腹に、少年の刺突は簡単に躱されてしまう。

 怜央は少年の体を押さえつけていた左肘で少年の顔を殴りつけた。


 ――――――ドスッ、ドスッと何度も少年の顔を殴りつけた。


 ――――――血が、やわらかい地面に勢いよく付着する。


 怜央は最後に、左ひじを少年の鳩尾に突き立てた。

 「ぐふっ」という小さな悶絶を吐き出し、少年の力が抜ける。


「なんなんだよまったく……死ぬかと思ったぜ」


 怜央は、ジャージについた泥をさっさと払うと、少年の両腕をしっかり固定し、歩き始めた。小屋にあった紐で少年を縛り上げると、地面に勢いよく転がす。


「んでさ、お前誰よ? 兵隊のコスプレってわけじゃ、なさそうだしな……」


 怜央は、少年の顔を見た。鼻から血を流し、顔全体が腫れている。少年は、虚ろな目で怜央を見返す。悔しそうな、絶望したような表情だった。


「くそっ……おれは……」


「おっ。しゃべってくれんの?」


 少年はまだ、あきらめていなかった。怜央はその執念を感じ取る。怜央が身構えた時には、少年の能力が発動していた。


「生き残って……ここから……!!」


 先ほど、地面に突き刺さったはずのナイフが、再び怜央の心臓目掛けて飛来する。


「……お前」


 ――――――しかし、少年の攻撃は、怜央に届くことはなかった。


 ぴたりと空中で静止したナイフ。

 怜央はナイフが心臓に刺さるよりも早く、自身の能力で少年を攻撃していた。


 少年の額から、血が噴き出す。真っ赤な血が怜央の体に付着する。返り血の生暖かい感触を肌に受け、怜央は目を見開いた。


 怜央の操る水は、少量であればあるほど操作精度が増す特徴があった。先ほど、パイプ椅子を顔面から受けた際、飛び散った水を、少しだけ自分の体に纏わせておいたのだ。

 それを凝縮し、打ち出した。結果、弾丸状の水が少年の頭を打ちぬいた。


 怜央は、絶句する。少年の言った言葉の意味はわからなかったが、胸の奥が、むしゃくしゃと、どうしようもないくらい不快になった。こんな気持ちになったのは初めてだった。


 無残に地面に倒れた少年は、目を見開いたまま死んでいた。


「なあ、モリちゃん……」


『ん? どったの怜央ピー。危なかったねー』


 怜央は端末を握りしめたまま、天を仰ぐ。


「なんか、すげー気分が悪い。オレってば、何にも気にしねー性格じゃん? だから、こんな気持ちになるのって、すげー気持ち悪い」


 モリちゃんは、何も言わなかった。怜央はしばらく、ジュリえがくれたココアシガレットを口にくわえて、草むらに寝転がる。

 ココアシガレットの味が妙にまずいと感じ、怜央は顔をしかめた。


 ――――――力を抜いて目をつむる。


 大きく息を吐き出し、「帰ろ」と静かにつぶやく。

 怜央は後頚部が少しだけ痛んだ気がしたが、気にしなかった。


「……100万円。どうすっかなー」


 急に、おなかが大きく鳴ったので、100万円の使い道は、“おいしいものを食べること”に決定する。





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