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水橋怜央、21歳。自称最強のスパイ!!


『水橋怜央 21歳 男』


プロフィール

 オレの名前は、水橋怜央。

好きなものはパチンコと競馬! 一回やったらなんかはまってしまった。誰かが言ってた気がするけど、 趣味を持つことは大切だよな!

 そんなオレの職業……それは“スパイ”だ。

世界を股にかけ、法で裁けぬ巨悪を倒すことがオレの使命!

 裏金で、ウハウハやっていた悪徳政治家を倒したり、無垢な美女を狙ったクソみてえな男をぶっとばして やったり、麻薬とか作ってた奴らを壊滅させたり……あとなんだっけ、忘れちゃった。

 と、とにかく! オレは数々の武勇伝を持つ、スパイの中のスパイなんだ!


 そんなオレには、武器がある。所謂、“超能力”ってやつだ。

 2年くらい前……だったかな。オレは“超能力”を持っていることに気づいた。きっかけはペットボトルを開けようとした時。ぬるぬるの手で開けようとして全く開けられなかったんだけど、思いっきり力んだら、水が噴き出した。驚いたオレが見たのは、噴き出した水がぷかぷか浮いていた光景だった。すげーよな!!


 ってなわけで、オレのこれからの目標は、世界最強のスパイになることだ!



 ――――――ねえこんな感じでいい? オレ苦手だわ、自己紹介。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ * * * * *




「あああ!! 負けた!!」


 上下ジャージでニット帽をかぶった男が、夕日を背に、大きな声を上げた。

 カラスが西の空に向かって飛んでいく、真っ赤な時間だった。

 一日をしっかりと生きているこの男にとって、時間はゆったりと流れるものだった。


 しかし、この日の一日は、もうすでに終わっていた。


 水橋怜央(みずはしれお)の手元に、“チョコ棒”という名のお菓子がある―――これがこの男の、夕食となる。


彼は、パチンコの勝敗が決した理由を、少し考えてみた。いつも座るのは、最近映画が公開されたロボットアニメの台だが、今日は何となく、水着の美女がフワフワとリーチをかけてくれる機種を選択した。

 最近少し、欲求不満だったこともあり、彼は無意識に見入ってしまっていた。


「あっ……」


 そうつぶやいたのを思い出した。気が付けば手持ちの玉は底をつきかけていた。急いで景品交換所に行って交換できたのは、棒にチョコがコーティングされているお菓子だけ。


「ダー、くそっ! なんでオレ、アスカじゃなくてまりんちゃんに見とれたんだろ……」


 心底情けなくなった。この間入った臨時収入は、すべて今日でパーになった。このままでは明日のご飯もままならない。しかし、


「ま、いっか! なんとかなるなる。よっしゃ、明日も仕事すっぞー!」


 彼はニカっと歯を見せ、気持ちを切り替える。彼の取り柄はこの切り替えの早さだった。


 なんとなく気持ちが楽になった彼は、なんだか楽しくなってくる。大股歩きをやめ、自然と小走りに変わる。


 怜央の家は、築50年くらいの木造アパートだった。あちらこちらにガタが来ており、強い地震が来たら、一瞬で倒壊するだろうと予想できる造りだった。その分、家賃は格安なのだが、怜央はそれボロボロの少年誌の漫画のページを開く。何度も読み返したスパイものの漫画―――主人公の少年が、かなり怜央の好みだった。その上ヒロインが、とてもかわいい。


「あー。続き見てぇな……」


 この漫画雑誌は週刊誌なのだが、怜央が読んでいるのは3週間前のものだった。お金がなくて買えないので、いつもゴミ捨て場や廃品回収で捨てられているものを、こっそり拝借する。そのため、手に入るかは運任せなのである。

 怜央は、主人公の少年がとてもかっこよくヒロインを救い出すシーンを何度も見返して、ワクワクすると同時に、なんだか情けなくなってくる。


「……はぁ。オレの人生って……」


 怜央は、ごろりと仰向けになって天井を見る。ゆらゆら揺れる裸電球が、やけにまぶしく見える。


『ねえねえ怜央ピー。今日のあたしってさー、めっちゃイケてると思わない? 特にこの服とか、チョーイケてると思うのー。ねえそう思わない?』


 いきなり、大きな電子音が怜央の部屋に響いた。怜央はその声を聞くと、喜びを爆発させ、部屋の隅に向かっていく。


「おっすーモリちゃん! いつも言うけど、モリちゃんはアバターだから。着せ替え機能とかないからいつも通りだって」

『あーあーあー! そうだったそうだった! そういう体? っていうかそういう設定だったー。モリちゃんってキュートなだけじゃなくて、本当にキュートだね! てへっ』


 怜央は、部屋の隅に充電してある丸い端末を手に取る。緑色の小さなスマートフォンだ。画面をタッチすると、美少女のアバターが画面に現れて、ベロを出しながら頭を小突くしぐさをしていた。


「ったくよーモリちゃんってば、いつも何言ってるかよくわかんねぇ」

『それはそれは~。怜央ピーのおつむが、すこーしばかり残念だからじゃない? って正論を言ってみたり~』


 薄緑のツインテールで、派手な格好をしているアバターだった。よく動き、キラキラとしたエフェクトを出すこともある。怜央は、このアバターと話すのが好きだった。


『それはそうとー。今日はどうだったの怜央ピー。勝った? 負けた?』


「負けました」


 怜央は苦笑いをしながら、端末に向かってチョコ棒を見せる。それを見た端末のキャラクターは、全身をピカピカさせながら腹を抱えて笑う。


『あははっ! やっぱり怜央ピー。いい加減に臓器売ったら? あたしの知っているこわーい闇医者の人が、腎臓と金玉セットで、500万で買い取るって言ってた!』


「ごほ! げほ!」


 怜央はモリちゃんの発言に動揺し、唾が気道に入ってしまった。


「勘弁してくれよモリちゃん。なんでそんなこと知ってるの?」

『えっ? だってぇ、モリちゃんって最高にキュートでビューティな至高のアバターなんだよ? 怜央ピーと違って友達はいっぱいいるのー』

「うぇ。正論すぎて涙出そう……」


 モリちゃんの辛辣な言葉の数々に、怜央は項垂れる。気を取り直して、端末を充電器に差し戻すと、シャワーを浴びることにした。


 シャワーの蛇口を思いっきりひねり、大量のお湯を体に浴びる。こんなことをしていると、当然水道代もガス代もかかってくるわけだが、彼はいつも気にしようとしなかった。


 怜央は豪快に頭をぐしゃぐしゃと洗っていく。視界は湯気で真っ白に染まる。


「痛てっ!」


 その時、少し伸びていた爪に何か金属のようなものが引っかかった。爪がはがれそうな感触に、怜央は頭を洗うのをやめる。後頚部に何か違和感を覚えた。何かが、くっついている。そんな感じがする。


『怜央ピー怜央ピー!! やったね、仕事だよ~』


「うそっ! マジ!?」


 怜央は、風呂場の外から聞こえた“仕事”という響きに狂喜し、シャワーを勢いよく止めると、シャワールームを全身濡れたまま飛び出した。


『うわっ! 濡れたらモリちゃん壊れちゃうんですけど!』


 怜央はずぶ濡れのまま端末のモリちゃんに顔を近づける。


「大丈夫だってモリちゃん! オレの“超能力”! 忘れたか?」


 ピタリ――――――体から滴れ落ちるはずの水滴は、怜央の体に張り付いたまま静止している。そのおかげでモリちゃんの端末には、一切水が飛んでいない。


「水の操作……それがオレの特殊能力!」


 怜央はどや顔でモリちゃんに向かって目線を送る。端末のカメラを通して怜央の体を見たのか、モリちゃんはクスクスと笑った。


『さっすが~! モリちゃんも、たま~に見せる怜央ピーのかっこいいところ期待してるよ? それにしても怜央ピーの〇〇〇ってすごーく小さいね』


「あっ……」


 怜央は、自分の下半身があられもない姿となっていることに、ようやく気付く。モリちゃんは、カメラを通して視界を得ることができることを、すっかり忘れていた。

怜央は、顔を茹蛸のように真っ赤にして、シャワールームに戻っていく。



* * * * *



 シャワーから上がった怜央は、モリちゃんの前で正座をしてその時が来るのを待っていた。


『はーい! ではでは、今回の怜央ピーの特別任務を発表します!』

「いえーい!! 待ってました~!!」


 怜央は全力で手を叩いた。とにかく早く叩けばいいと思った彼は、全力で手を叩く。結果、一瞬でバテた。


『じゃじゃーん! それはそれは~? なんと! もの探し(・・・・)です!』

「うおおおおっ! もの探し……とはならねえな」


 怜央は、あまりかっこよくない任務の響きにがっかりする。


『今回、怜央ピーに取ってきてもらいたいのは、この“リモコン”です!』

「リモコン? なんでわざわざ?」


 モリちゃんは端末に、リモコンの写真を表示した。数字がたくさん書かれた大きめのテレビのリモコン、という印象である。どこにでもある、というわけではなかったが、既視感のある見た目だと怜央は思った。


「すげえ数字がいっぱい……」


『とりあえず、怜央ピーにはこのリモコンを取ってきてもらいマッスル! 成功報酬はなんと100万円です!』


 驚愕―――怜央は思わず、100万円という金額に意識を持っていかれる。

 返事はもちろん、「はい! やりまっす!」だった。


『よろしいよろしい。褒めて遣わす』


 大きく手を挙げて、喜んだ怜央は、モリちゃんに促されて早速家を出る。


「……こ、ここなの?」


 怜央は少しくたびれた。モリちゃんの指示に従って歩いた結果、同じ場所をぐるぐると歩き回った。

 そして結局、近所の公園の前で止まる。


『そーそー。冒険楽しかったでしょ? んじゃ、モリちゃんのすんばらしいサポートは、ここでなくなるけど、頑張ってねー!』


 怜央は、道を間違えたことに、何の謝罪もないモリちゃんの態度は咎めなかった。

それよりものどが渇いたせいで、怜央の武器でもある“500mlペットボトルに入った水”を、がぶがぶ飲んでしまった。怜央はベンチにがっくりと座る。


「やっちまったぜ……こんなことならもう1本持ってこればよかった」


 彼の能力で操れる水の総量は、1リットル以下であるので、ペットボトルに入れた水が一番の武器になるのだ。


 怜央は大きく咳払いして、気持ちを切り替える。彼の目の前に、プレハブの小屋があった。

 時計を確認すると、もうすぐ日付が変わろうとしていた。


「こんなとこにあんの?」


 怜央はきょろきょろと小屋を見渡すと、ゆっくりと入口に近づいていく。

 中は明かりがついており、誰かの話し声が聞こえる。


「よし……ここはオレの潜入術の見せ所だな……」


 ドアノブに近づいた怜央は、水の入ったペットボトルのふたを開ける。

 にょろにょろと出てきた水の糸が、ゆっくりと鍵穴に入って、その体積を満たしていく。


(フフフ……やばい。これはかっこいいぜ! めっちゃスパイやってね!?)


 怜央は、ニヤケ顔で口をすぼめ、顔を真っ赤にしている。


「……おい、お前」


 しかし、背後から突然話しかけられたことにより、怜央の時間が止まる。

 ゆっくりと、振り返った先にいたのはソフトモヒカン風に、頭の横を刈り上げた金髪の少年だった。


(うっそ……ヤンキー……?)


 驚いた金髪の少年は、持っていたスーパーの袋を地面に落とした。

 怜央はとても焦った。心拍が上がり、全身から大量の汗が噴き出してくる。バレたと思った上、相手がヤンキーでは――――――。怜央は純粋にヤンキーが怖かった。


「いやっ……これはちがくて……」


「あんた……」


 金髪の少年はじりじりと怜央に近づいていく。

 怜央の心拍はどんどん上がっていき、目の前がぐるぐると回りだした。


(や、やべえ……オレの、輝かしいスパイとしての経歴が……)


 怜央は、あきらめて金髪ヤンキーの顔を見た。謝るしか方法はないと割り切って土下座しようと思った。しかし、自然と、腕がペットボトルに伸びていく。


(あれ? 体が、勝手に)


 しかし――――――金髪ヤンキーはなぜか泣いていた。


「……ぐすん。あんた、“ジュリアンさん”のファンっすね!?」


「……誰?」




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