悪役姫は砕かれる。
赤い剣線が七本、同時に飛び込んでくる技は素晴らしく美しい。
しかしだからと言って命を代金として払うには過払いが過ぎるー――。
ミリアリアが七度受けても、金属音はほとんど一回にしか聞こえなかった。
「最後まで出せたということは……褒めてあげますわ」
「な!!」
ミリアリアの持つ扇からは熱が伝わって来た。
すべて止められた斬撃は、しかしミリアリアの髪の毛一本切ることは適わない。
驚愕に見開かれたアーサーの視線を受けて、ミリアリアは感動していた。
うん、いい! こういう感じでいいのですわ!
展開的に言えば、恋愛要素が絶望的に欠如しているが、それでもヒーローの姿はここにある。
ヒロインのためにここに立つアーサーは、ミリアリアという悪に立ち向かっているのだ。
これにはミリアリアも思わず頬が緩んだ。
悪役ぶる必要はないのだが、目的のための道中を楽しむのもミリアリアは嫌いではなかった。
「オオオオオッ!」
斬りかかって来るアーサーの剣を紙一重でかわす。
そして閉じた扇をくるりと回して、アーサーを軽く一撃する。
「ぐ!」
地面に派手に転がるアーサーだったが剣で受けたのは見事だ。
しかし次の瞬間ミリアリアの背後で空気が震え、爆ぜた。
咄嗟に鉄球を操作して防御したが、背筋がヒヤリとするタイミングだった。
「!」
ミリアリアは突然の衝撃にバランスを崩して、その場から飛び退く。
中々の術に、怒るよりもむしろ感心していると、射線上にいた、杖を構えた少年が目に入った。
青い髪とあのメガネ。
まだ多少装飾の派手さは残っているが、常識の範囲内に収めたその姿は花丸である。
そして注目すべきは彼の持っている杖だろう。
その杖の切っ先にはレンズ状に削られた宝石が付いていて、かなりの密度で精霊の力が収束していた。
「レベルアップはしているみたいですわね。だけど……残念。話になりませんわ!」
扇を開き、勢いをつけて振り回す。
それだけで暴風が吹き荒れて、アーサーは体勢を崩し、周囲の騎士達が吹っ飛んで行く。
ミリアリアは気合が入る己の心を自覚する。
ひょっとするとヒーローは不在なんじゃないかという不安が取り除かれたのは、とても大きい。
ならばとその瞬間、ミリアリアが頭の中でイメージするのは最高に黒い悪役令嬢だった。
「ホーッホッホッホッホ! さぁ。あがいてお見せなさいな! このままライラに出会ってしまったら、わたくし何をするかわかりませんわよ?」
「くっ!」
こうなったら、何かしらのイベントにならなければ体を張ってる意味がない!
そしてついでに悪役ムーブは思ったよりも楽しい!
ゾクッと背筋に走る快感で、微笑むミリアリアに熱い声援が飛んでいる気さえした。
だがしかし、その時ミリアリアの耳に入ったのはヒーロー二人の会話だった。
「一人で先走らないでくれないか。ライラにいい格好を見せようったってダメだよ」
「……うるさい。お前こそ外しやがったのか間抜け」
「誰が外すものか、当たったさ。効かなかったんだよ」
「ハハッ……奇襲が防がれたんじゃ、ざまぁないな」
「言ってろ」
それはお互い眉間に皺を寄せたとげとげしい会話だった。
だがしかし―――。
それを聞いたとたんミリアリアは雷に打たれたような衝撃を受けた気がした。
こ、こうきましたか!?
ミリアリアはかつて他愛のない懸念があった。
悪役が消えた後、イベントのなくなった彼らの恋は果たして原作ほど燃え上がるのかと。
「光姫のコンチェルト」は乙女ゲーをベースにしているとはいえ、選択制のマルチエンディングスタイル。
スタイルとしては、イベントを積み重ねていく古き良き好感度システムだった。
だがミリアリアという困難がいなくなった結果、どうイベントを起こすのか?
その答えをここに見た気がした。
くしくも世界はストーリーを「男同士のかけがいない友情」に進めたか。
わかりやすい悪がいないのなら、キャラ同士の絡みで、物語を展開すればよい。
いや、本来の恋愛ゲームはむしろそういうものではなかったかと。
ミリアリアは美少年達が憎まれ口を叩きあいながら、自分という敵に立ち向かう構図に、胸を押さえて片膝をついた。
「くっ! やりますわね……! でもこれで勝ったと思わない事ですわ……」
「……いや、何もしていないが」
「どうしたんだ?」
「……何でもありませんわ!」
グワッとミリアリアは気合を振り絞って立ち上がった。
興奮していたが、むしろ力は漲っている。
心配などする必要などどこにもなかった。ライラが選んだのはアーサーかシリウスルート。
そして彼らの友情と愛の物語はこれから始まるに違いない。
ここにはまだ希望がある!
ならば明るい未来のために気を取り直したミリアリアは、ヒュオっと息を吸い込んで笑った。
「ホーッホッホッホッホ! 仲たがいとは余裕ですわね貴方達! どうせなら二人まとめてかかってきなさいな? そうすれば……掠り傷くらいならつけることが出来るかもしれませんわよ?」
「……そうだな。他ならぬあんたが相手だ。出し惜しみなんてしてる暇ねぇよな」
「そうですね……この日のために蓄えた力。見せる時が来たようです」
ん?っと、ミリアリアは思った。
ゆらりと立ち上がるアーサーは、おもむろに上着を脱ぎ捨てた。
そして現れたピチT下の肉体に、全力の精霊力が漲って、ボン!と膨れ上がる。
「はぁ! 唸れ! 俺の筋肉! 内側に凝縮していた力を今! 解き放つ!」
シリウスはカバンを取り出した。
それはマジックバックの様で、中からジャラジャラと取り出したのは、装備に改造された国宝にもなりそうな大粒の宝石装備だ。
慣れた手つきで素早くそれらを装着したシリウスは、全身これ宝石と化す。
「これで僕は完全です。最も効率的な精霊力の運用法……ここで披露させていただきましょう!」
「結局変わってねぇじゃありませんの!」
私の希望の未来を返せ!
ミリアリアはアーサーとシリウスに向かって闇の精霊術を叩きつけた。




