悪役姫は最大の問題を見つめる。
何が気になると言えば、エドワードの自分に向ける視線がまず気になった。
すごくうれしそうな彼の好感度が、悪役姫ミリアリアに向けられるものとは思えないほど高く見えたのだ。
これはどういうことだろう? ミリアリアは訝しんだ。
「わたくし……ヤキトリをごちそうしたくらいしかエピソードありませんわよ? おかしいですわね」
アレで好感度がここまで上がるのなら、ゲーム中の苦労は何だったんだって話だ。
これは何かまずいことが起きている気がする。
いや、ミリアリアについてはどうでもいい。それよりも問題はライラに向けられる好感度だろう。
物語の最有力攻略対象。エドワードを名乗る男にミリアリアは焦りで汗がにじむのを感じた。
さてこいつはどうしたものだろう?
予想外の展開も気になると言えば気になるが、改めてみると完全無欠の美系からぽっちゃり愛され系に属性チェンジしたエドワードを見ていると、ミリアリアは不安な気持ちになって来た。
つい目が滑るミリアリアに、悲し気な表情を浮かべたエドワードは語りだしてしまった。
「ああ、ミリアリア様……貴方が動揺してしまうのもわかります。しかし貴女は今闇の精霊神に操られて逃げ去ったことになっているのです」
「……」
まぁその辺は問題ない。
そんなことよりミリアリア的にはそのぜい肉がなにより問題なのだ。
その皮下脂肪で王子様的ロマンスはダイジョブか? いや恋愛が出来ないとは言わないが、女性向け恋愛物語の主役はきつくない?
それでなくとも最初はフラグ立てるの大変なのに、スタートダッシュで出遅れるのは致命的だとも言える。
学生なんてたった3年だ。
それでガチのダイエットなんてやっていたら、それだけで終わってしまうのではないだろうか?
原作のパーフェクトボディを現状から取り戻すのに普通のやり方でダイエットしたところで元に戻るとも思えない。
脂肪を減らすだけでも大変なのに、あまつさえ理想のバランスまで……ミリアリアとて乙女、その難しさは痛いほどに知っている。
しかしだ、メインがこんなことでは原作が敵役不在でスムーズに進むとか以前に、もっと取り返しのつかないことになるんじゃないだろうか?
恋愛フラグが生命線の世界ではそういう事態も起こりうるから恐ろしいとミリアリアは苦悩した。
「しかし、それだけではないのです。……今この国では大変なことが起こっています……? 聞いていますか?」
「え? うん、聞いてますわー。大変ですわね」
「そうですか……実は現在クリスタニア女王陛下が……行方不明なのです」
「そらみたことか!」
「も、申し訳ありません!」
悲鳴を上げたミリアリアに猛烈な勢いで頭を下げるエドワード。
いやもうそんなことになっているとは、ミリアリアは眉間に皺を寄せた。
まぁ原作でも割と早い段階でひっそりと退場していたけど、犯人は国外にいるのに何でそんなことに?
ミリアリアはじっとりと冷や汗をかいてエドワードを見た。
やはりぽっちゃり化現象が何らかの影響を?
ライラよ人間やはり見た目なのか? ぽっちゃりは好みではないのかと、ミリアリアは嘆いた。
「これは……看過できない事態が進行していますわ……」
ミリアリアは今にも崩れそうな膝に力を入れてエドワードを睨む。
こうなれば奥の手―――万が一、我が身が怠惰に屈して後戻りできないところまで堕ちた時、起死回生の一手として開発していたアレを使うしかないのではないだろうか?
我が暗黒液体……ブラックコーヒーを進化させたそれは、その内包された術の効果によって内臓脂肪と皮下脂肪を一気に消費させ、数時間で体脂肪率を一桁まで減少させる。
しかしあまりにも強力な効果は、立てないほどの痛みを体にもたらす劇薬でもある。
……一服盛るか? 真剣にそんな事を考えていたミリアリアに、エドワードは顔を上げて頷いた。
「そうですか、その表情……やはり聡明なミリアリア様ならばお見通しですね。現在、この国の女王を代行しているのは、貴女の妹君であらせられるライラ様なのです、そしてあなたを捕らえるよう命じたのも」
「何やってんですのヒロイン!」
「も、申し訳ありません!」
また頭を下げるエドワードを前にして、ミリアリアは親指の爪を噛んだ。
何だそのポジションは、まるでミリアリアみたいな立ち位置にミリアリアは戦慄した。
まだ物語も最序盤のはずなのに何でこんなことに!?
どれだけ拗らせればヒロインがそんな悪役のポジションに収まるのか、どんな厄介なフラグを踏んだらそんなルートに入るのかと一日くらい問い詰めたい。
しかし、もうそんな状態ならば何か手を打たねば大変なことになる。
「一体何がどうなってそんなことになったんです! まさかおかしな本でも見ましたか!」
「本……ですか? そう言えば……」
「……心当たりがあるんですの?」
「え、ええ、そう言えばおかしな本を見かけたことはあります……」
エドワードは戸惑いながらも、その時のことを語り始めた。