悪役姫は昔話を聞く。
「え?」
視界がいきなり切り替わる。
気が付けば、ぎっしりと壁に根の張る見覚えのない部屋にミリアリアは立っていた。
「いきなりですの!」
「アハハ。すまないね」
驚くミリアリアの頭に直接響いてくるのは精霊王様の声だった。
テレパシー頭の中でクワンクワン響く声に、ミリアリアは逆に冷静になった。
「もう少しゆっくりしていてもよろしかったのに。ダークと積もる話もあったでしょう?」
『それは後でゆっくりとね。なに、時間は沢山あると思うよ』
「そうですか?」
『そうとも。ちなみにその場所はこの精霊宮の最奥さ。そこから外に出てくることが特訓だよ』
「脱出すればいいんですの?_そんなのテレポートで……」
『ああ、それは禁止で。僕が封じさせてもらった』
「そんなこと出来るんですの!?」
『じゃなきゃ特訓にならないだろう? 僕の領域を出れば使えるようになるさ』
「……そりゃそうですわね」
ミリアリアとしては言ってみただけである。
やれやれと肩をすくめるミリアリアに、精霊王様のあきれ声が返って来た。
『案外すんなり受け入れるんだね』
「当然ですわ。わたくし、自分で言葉にしたことには責任を持つ方ですのよ?」
「それは素晴らしい。では、そこから上がっておいで。そうすれば……君は今よりずっと強くなっているはずだよ」
「それは素晴らしいですわね。楽しみですわ」
ならばご期待通りに登って行ってあげましょう。
ミリアリアは精霊王とまで呼ばれるほどの存在がどんな仕掛けを用意してくるのか楽しみになって来た。
ひとまず階段でもあるのかと周囲を見回すがそれらしきものはない。
「闇の精霊術で階段でも作って上がりますか?」
手っ取り早くそんなことを考えていたのだが、ミリアリアはいつの間にか部屋に白く霧が出ていることに気が付いた。
まぁなにもないってことはないだろう。
ミリアリアは見る見るうちに部屋中が真っ白になるこの状況にとても納得して頷いた。
「なるほど……こういう趣向ですのね!」
『動揺しないの?』
あきれられているのはなんとなくわかったが、ミリアリアにしてみれば動揺するほどの事ではない。
「今更でしょう? 精霊王の試練ですもの、目隠しぐらい予想しますわ」
『そんなものかな? まぁ、まだこれは試練というよりちょっと君に話しておきたいことがあってね』
「それならお茶会の席で存分に語っていただきたかったですけれど……そう言うわけにもいかなかったと?」
『そう。うん……ダークと一緒にいる君にだけ知らせたいことだよ』
霧が白一色から変化する。
白一色だった視界に鮮やかに浮かび上がったのは、なんとも魅力的な白髪の美少年だった。
「ホラまた美少年とか出してくる……なんですか? いやがらせですか?」
『なんで? いや普通にただの昔の記録だよ。彼の名は「ルーク」という。精霊に愛された子どもさ』
「可愛らしいですものね。無理もありませんわ」
というかまさかのシアター? この霧面白い。
ミリアリアもダーク達ほど強力ではなくとも、精霊に気持ちのようなものがあることは認識している。
ルークという少年の周りにいる精霊は、彼のことを好ましく思っているのは伝わって来た。
『彼はすべての精霊と心を通わせることが出来たんだ』
「すべて!? 術使い放題ってことですの!?」
『似たようなものかな? ダークのような精霊が沢山いるようなものだよ。精霊の方もルークのために力を尽くすものだからか彼の力は人知を超えていた』
「おおぅ……それはまた規格外な……」
「だろう?」
場面は変わる。
少し成長したルークはすさまじい力を発揮して、荒れた土地に作物を実らせ、雨を呼び、地を温め、様々なモノを作り出し、人心を集めた。
人々も神の様な力を振るう彼を敬い、愛し、ルークを中心に国が作られていった。
だがそこで精霊王様は悲しそうに声を落とした。
『そこまでは順調だったんだ。彼は幸せだった。でも、それ以外の人間はルーク達を妬んだんだ。その発展は精霊の愛子あってのものだ、我々にもその子をよこせとね』
場面は変わる。
ルークをめぐって人々が争っている。
一面の炎と、崩れ去る国。倒れる人々。
それはもうひどいものでミリアリアは顔をしかめた。
『攻め込んだ人間は恐怖でルークを支配しようとしたのだろうね。そんなことで何が出来るわけもないのに』
「それでルークはどうなったんですの?」
『なんのことはない、当り前のことが起きたのさ。平等で純真無垢だったルークの感情の天秤は傾いたんだよ。それはそれは強大な闇の力にね』
「……」
それからルークは攻めてきた人間をすべて滅ぼした。
今まで穏やかな海のようだった優しいルークは嵐のように荒れ狂い、瞬く間に周囲の国までも破壊した。
その時、一番彼と仲が良かった精霊は闇の属性の化身となってルークと共に戦っていた。
ミリアリアにはその精霊に見覚えがあった。
『そうして怒りのままに暴れたルークはね、何時しか本当の名前も忘れられてしまって、別の名前で呼ばれるようになったんだ』
「なんだか嫌な流れですわね……それでルークはなんて呼ばれましたの?」
『もちろん―――「魔王」だよ』
「ですわよねー」
それ以外が出て来ていたら逆に驚いてしまう。
ミリアリアは頭を抱えた。
『そしてもうわかっているとは思うけど、魔王のそばにいた精霊の名はダーク。今君の側にいるダークなんだよ』
精霊王様の視線を感じる。
その感情はどことなく硬い声からもうかがい知れた。
『君はこの話を聞いて何を思う? ダークの事が怖くなったかい?』
「……そうですわね」
だがそう尋ねられてミリアリアは閉じた扇を唇に当てる。
言うべきか悩んだが、言わずにはいられない。
ミリアリアは息を大きく吸い込んで、瞳を閉じ、口を開いた。
「では、とりあえず。今の話を聞いて言いたいことが一つありますわ」
『うん。聞こうか』
「闇属性の風評被害も甚だしいですわ!」
「…………」
だがミリアリアとしてはそのあたり重要なところを声高に主張した。