悪役姫は買い物をする。
「ええっとあれでもないこれでもない……」
ミリアリアは自分の収納部屋の中をあさっていた。
しかしいらないものが出るわ出るわ。自分で見てみると、覚えていないものが大半なのが救いようがない。
よくもまぁこれだけ集めたものだと、ミリアリアは我ながら呆れつつ、いるものといらないものを分別していく。
ミリアリアの物欲はもちろん溢れんばかりに旺盛である、それは今でも変わらない。
しかしこれから手に入れる(予定)の宝を考えるとゴミまで集める余裕はない。
着る衣装も装備もこれからは厳選した、最高のモノを。
強く美しくそしてスタイリッシュにが新生ミリアリアのモットーである。
だがそんな中にどうにもミリアリアの趣味とはちょっと違う革製の肩掛けバッグを見つけて、ミリアリアは小首をかしげた。
「メアリー? これは何だったかしら?」
そう尋ねるとメアリーはああそれはと解説した。
「それはダンジョンなどで見つかる、マジカルバッグですよ。100個までアイテムを入れられる、とても便利なアイテムです」
だが軽めに返って来たメアリーの説明にミリアリアはぎょっとした。
「な……なんでそんなアイテムがここに置いてあるのかしら?」
「ミリアリア様が、面白いからと買い取ったのではないですか」
「……そう言えばぼんやりそんな記憶がありますわ」
そうだった。
ミリアリアはしかしこの最高の仕事に内心喝さいを上げていた。
思わぬ宝物との出会いも掃除の醍醐味だ。
ミリアリアはそんな調子で猛烈な勢いで分別を続けるのだった。
そして数日後、ミリアリアの部屋には若干丸っこいおじさまがニコニコ笑ってやって来た。
「お久しぶりでございます。ミリアリア王女」
「よく来てくれました。では早速頼みたいことがあるのでよろしくて?」
笑みさえ浮かべて歓迎するミリアリアにマクシミリアンは驚いたようだったが、さすがは商人。
すぐに穏やかに商談に移った。
「ええ。もちろんです。必ずやミリアリア様のご要望にお応えして見せましょう。新しいドレスでしょうか? 貴族のお嬢様方の間で流行している香水などいかがですか?」
「……今はいらないですわ。ですが要望ならばあります。まずエメラルドを一つ用意なさい」
「おお、宝石でございましたか! しかしエメラルドでございますか? 僭越ながらお嬢様は緑の宝石をあまり好まれていなかったのでは?」
「だから持っていないんですわ。お願いできますわよね?」
ぐっと鋭いミリアリアの眼光に射すくめられて、マクシミリアンはひるんでいた。
でも、気合がこもってしまうくらい重要なことなのだから仕方がない。
この世界において実は宝石はただの装飾品ではない。
いや、現在この世界では装飾品としか認知されていないが、ゲーム中ではしっかり効果のある別枠の装備品だったのだ。
だが特殊な効果が宝石にあるなんて話、ミリアリアは今まで聞いたことがなかった。
おそらく宝石の効果は、お金が多く手に入るだの、術の効果が15パーセント上昇だの、気のせいで収まるような効果が多いためだろうとミリアリアは予想していた。
だが特殊だからこそ馬鹿にできない価値がある。
そしてエメラルドの持つ効果は経験値の増加だ。
浪費癖のあったミリアリアなら当然持っているかと思いきや、以前は緑は好みじゃないとエメラルドは買っていなかった期待外れのミリアリアだった。
正直今は、最初だからこそ喉から手が出るほど欲しい。
さてリクエストを聞いたマクシミリアンは、もとよりつぶらな目を更に点にしていたが、対応は早かった。
「もちろん用意させていただきます。ええっと……では他には……。そうです! 今月発売されたばかりの白粉などはいかかでしょう! 伸びが良く大変評判が良いものなのですが!」
「いらないですわ。……それより白粉とか、まさかそれ鉛とか入ってないでしょうね?」
「おお! 知っているとはさすが王女殿下! 最新の素材でとても肌が白く見えると評判でして!」
「は? ほんとに入ってるんですの? それちょっとお城に売るのは中止なさい。これ以降城に持ち込んだら追い出しますわよ?」
「えぇ……」
ミリアリアが眉を顰めてそう言うと、マクシミリアンは勢いを無くし、なぜだか横のメアリーは愕然としていた。
そんな定番のネタをぶち込まれても困る。そして買ったなメアリーよ。
城の化粧品を大改革とかミリアリアにやっている暇はない―――いや待て、これ使えるんでなくって?
その瞬間、ミリアリアの中の悪役の脳細胞が一気に活性化したが、ここはぐっと我慢した。
今根拠もなく騒ぎ立てても意味がない。ただ騒いでも子供の癇癪で終わるとミリアリアは理解していた。
今は欲しいものを手に入れることを優先すべきである。
「……それよりも薬です! EXポーションが欲しいの、あと聖水ですわ!」
「い、EXポーションですか?」
「聖水とセットでひとまずそれぞれ3ダース。よろしくて?」
「そんなに!? 何と戦う気なんですか!?」
驚愕に目を見開くマクシミリアンのなんと面白い事。
EXポーションは終盤で使うような最高級品の回復薬で、実世界では手足が切り飛ばされようが綺麗に元に戻る強力なポーションだ。
しかし町の薬屋で出す物を出せば買える代物のはずだった。
ただ、使い方とか説明しろと言われたら困る。
こういう時は速攻で決める! ミリアリアの強権発動である。
「必要だからほしいと言っているんです。つべこべ言わず用意なさいな?」
「その……EXポーションは効果が高く冒険者の様な方々に優先的に販売されていまして……」
「持ってきなさい。わたくしも有効に使いますわ。というか賞味期限切れのやつでもいいからとにかく持ってこれるだけ持ってきなさい。王女命令です」
ミリアリアの圧に負けて、マクシミリアンは言葉に詰まるが、すぐに観念して頷いた。
「……わ、わかりました。もちろんお持ちいたします!」
「よくってよ!」
大慌てで背筋をびしっと伸ばしたマクシミリアンには少々無理でも都合をつけてもらわねばならない。
さて大事な買い物はおおよそこんなところだ。
とすれば次は今後のためにやるべきこともあった。
「ではメアリー、アレをもっていらっしゃい」
「はい……ミリアリア様」
メアリーに命じると、ドレスや装飾品の数々が部屋の中に運び込まれてくる。
それは前もって用意していた、ミリアリアの私物だった。
「少々持ち物の整理をしようと思いまして。こちらを買い取っていただけないかしら?」
今までため込むだけため込んでほとんど着もしていなかったドレスと装飾品の一斉処分だ。
よく考えもせずに集めたアイテムは少々これからに差し障る。
もちろん特殊効果がないものに限定して、サイズが合わなくなったものもバイバイだ。
ちょっとジョグレス進化したミリアリアの感性には合わないのだからしかたがない。
これからはもっとスマートに自分なりに美を追求していくつもりである。
「これらの売り上げも、今回の購入資金に充てたいのだけれどよろしくて?」
「は、はぁ……よろしいのですか?」
「もちろん。ああそれと、七日ほどしたらもう一度ここに顔を出してくださるかしら?」
にっこり笑って告げると、マクシミリアンは特に抵抗することもなくコクリと頷いた。
さてマクシミリアンとの商談が終わり、ほっと一息ついたミリアリアは横に控えていたメアリーに手を差し出す。
「出しなさいメアリー」
「……いやです」
「メアリー……安易に美しさを求めると墓穴を掘りますわよ?」
「そうでしょうか? きっと些細な努力の積み重ねが報われるものではないかと」
「白粉は別のやつを買ってあげるから、それはやめなさい」
「……勘弁してください。私のお給料の一か月分ですよ?」
「3倍量のあるやつ買ってあげるから」
「……お得じゃない奴なら」
なんともしぶといメアリーは、しぶしぶだが白粉を差し出してきてミリアリアは即ゴミ箱にそれを投げた。
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