光姫はそうして外れる。
ライラが学園長室にやってくると、長いひげと妙にダブっとしたローブを着た老人が出迎えた。
「おおよく来てくれました、ライラ様」
「ごきげんよう。学院長」
ライラは頭を下げて、部屋へと入った。
学園長はお菓子とお茶付きでライラ達をもてなす。
学園長と生徒という立場ではあるが、第一王女ともなれば礼を尽くされる。
ライラがミリアリアがいなくなったことで得たものはとても大きく、ライラもそれに慣れてきていた。
「わざわざご足労いただいて申し訳ない。実は貴女に見てほしいアイテムがあるのですよ」
そして、ライラに差し出されたのは古びた一冊の書物だった。
ライラは目を細めてそれを見る。
おそらくは古いものなのだろうが一目見てわかるほどその本には濃い闇の気配がまとわりついているのが分かった。
こんなものをどうしろというのか?
訝しむライラに、学園長は慌てて説明した。
「先日、とある遺跡からこの本が発掘されましてのぅ。強い力を持っている事はわかるのですが、わ
たくし共では解析どころか、本を開くことも出来ないありさまでして……光の属性は見通すことに長けていると聞き及んでおります。ライラ様ならばこの書物について何かわかるのではないかと」
「そうですか? じゃあ、見てみますけど、あまり期待しないでくださいね?」
「ええ。わかっておりますとも」
ライラは首をかしげて本を受け取る。
そして深呼吸して集中すると、その本をじっくりと観察した。
自分の力と反発するような濃い闇の気配は、ライラに反応を示しているようにも感じたが、よくわからないと言うのが本音だった。
「確かに……何か特別な品だということはわかりますけど、私には―――」
だがそう言いかけた瞬間、頭の中にその声は響いた。
本を開け。
「え?」
本を開くのだ……さすればお前に力をやろう。
「……」
ライラは黙り込む。
声は本から聞こえていた。
だがこれだけハッキリと聞こえているのに、周囲の人間にそれが聞こえている様子はない。
どう考えても普通ではない。
だけど―――とてもよく知っている力に近いものを感じたライラは、声に応えた。
あなたから強い闇の精霊力を感じます。
そうとも。だが闇を恐れる必要などない―――
私は闇を恐れないわ。むしろ憧れそのものよ。
……それは素晴らしい。ならば受け入れるがいい。今とは比較にならない力が欲しくはないか?
当然私は力が欲しい、それこそ喉から手が出るほど。あなたは本当に与えてくれるの? ―――お姉様に並び立つ力を。
ああ、造作もない。
……なら受け入れるわ。私に力をよこしなさい。
いいだろう。契約成立だ。では―――本を開くがいい。
「―――」
声は幻聴のようだが、そうではないとライラには確信があった。
そしてこの無視できない停滞感を打破できる力を本当にくれると言うのなら、手を伸ばすリスクも厭わない。
ライラは本の表紙に力を込めた。
「おお……」
学園長の感嘆の声はライラの耳にも届いた。
誰がどんなに力を入れても開けなかった本は、それがまるで嘘だったかのようにペラリと簡単に開かれた。
「本が開いた! 一体何が! ライラ様、大丈夫ですか!?」
学園長が驚き、座っていた椅子から立ち上がる。
ライラはジッと本を見つめていたが、すぐに本から顔を上げてニッコリと微笑んだ。
「……ええ。大丈夫ですよ、学園長」
「そうですかな? ……いやぁ流石ライラ様です。素晴らしい精霊の加護をお持ちだ」
「ありがとうございます。この本、封印はされていたようだけれどどうということはないものみたい。もう少しこの本を預からせていただいてもいいかしら? 何かまた発見することがあるかもしれないわ」
「え、ええ。それは構いません。こちらからお願いしたことですので」
「ありがとうございます、学園長。では―――私、少しだけ力を使いすぎてしまったようです。本日はお暇させていただきますね」
「はい。ありがとうございました」
その時はこれで終わった。
ただ古びた本が一冊開かれただけだと誰もがそう思ったはずだ。
歯車は大きく狂い始める。
ただ歯車の位置が狂っていたとしても―――一度動き出した、運命は止まりはしない。