ミリアリアはゆく。
「ふぅ! 一仕事終わりましたわね! いやーやっぱりやりますわねお母様! これなら我が国は安泰でしょう!」
一仕事終わり、空に飛び去ったミリアリアは待機させていた馬車に合流して額の汗を拭っていた。
「うむ! 待たせたなレオンよ!」
「ガウ」
馬車を引く黄金のライオンは鎧姿になっていて、キラキラした目の子供が熱心に話しかけている。
ダークの着る精霊鋼の鎧は普段使っていない時はこのように金色の獅子に纏わせる仕様なのだ。
「うむ! 何度見ても装着シーンはかっこよい! 私が与えた獅子暗黒戦衣の名は伊達ではないな!」
「楽しんでいるようで何よりですわ。ダーク」
ミリアリアが話しかけると、黒い子供姿のダークは、本当に子どもにしか見えない無邪気な顔で大きく頷いた。
「うむ! やはりレオンも着れるようにしたのは正解であった!」
「前もすごかったのによりごっつくなりましたわね」
「だめか?」
「いいえ。わたくしも好きだからどんどんやってしまいましょう。かっこいいですわ」
「だな!」
職人が手塩にかけて作った鎧は黄金の獅子と合わさると迫力がすごくて最高である。
ダークも楽しんでいるようだからそれが何よりだった。
「ではみんなご苦労様でした。うまくやってくれて助かりましたわ!」
そして今日の茶番に付き合ってくれた彼に礼を言うと、なぜかダークは複雑そうな顔になった。
「しかしあそこまでする必要あったのか?」
そう尋ねたダークに、ミリアリアは仕方ないと深く頷いた。
「必要はありましたわね。あそこまで派手にやれば物理的に愛想もつかされるはずです」
第一王女という肩書はそう簡単には覆らないが、あそこまで派手にやれば大丈夫だろう。
闇の属性を持った長女と光の属性を持った次女という構図がそもそもまずかったのだ。
気に入らない人間は多いだろうし、その肩書きが妙に力があるものだからやたらと周囲の野心を煽って、火種になること必至である。
しかしこう派手にバランスを壊してやれば、もめる要素もすっきりと整理されるはずだった。
ライラには悪役のいなくなったクリーンな学校で勉学と恋愛に励んでもらいたいものだとミリアリアは満足げに頷いた。
「しかしだな。お前はこの世界を楽しむのだろう? ならば王女のままの方が色々と都合がよかったのではないか? この先、祖国からの追手もかかるであろうし……」
しかしダークの方は今一納得がいっていないらしい。
そんなダークにミリアリアは余裕たっぷりの態度で言った。
「追われて何か怖いことがありますか? 文句があるなら受けて立ちますわ。いい運動になりますわよ」
「いや、しかしだな? ……あの女王は近いうちに亡くなるというじゃないか。本当にいいのか?」
「……」
ダークはミリアリアを気遣ってくれているのがよくわかる。
だからミリアリアはそろそろいいかと、ふうとため息を一つ吐くとダークに今後起こるはずだったことを説明した。
「それはまぁたぶん大丈夫ですわ。お母様……女王クリスタニアを殺すはずだったのはわたくしですから」
「……!」
ダークが目を見開き身じろぎする。
これは情報を整理しているうちにわかった主人公がライラ視点であるためにあまり詳しく語られていない部分だ。
「公式設定資料参照です。学園入学から半年ほどで、わたくしは魔王の残した禁書に導かれます。そこで魔王の怨霊に憑りつかれて、現女王クリスタニアを暗殺するのですわ」
衝撃の事実だが、あの母上が病気で死ぬと言われるよりはいくらか納得したミリアリアだった。
「い、いやしかし……そんなことが可能なのか? あの女王は相当に強い。お前とはいえ鍛えてもいないミリアリアと、たかが人間の悪霊などに負けると言うのか?」
「まぁ、実際負けるのかどうかはわかりませんけどね……すべてはもしもの話ですし」
「それはそうか……」
そう、それはまだ起こっていない話だからなんとも言えない。
だが手合わせしたミリアリアには断言出来た。
女王クリスタニアはラスボスミリアリアより圧倒的に強かった。
ではなぜ? 女王クリスタニアは負けたのか?
ミリアリアは長い事考えて、とある可能性に行きついた。
お母様は憑りつかれたのがミリアリアであったから、殺せなかったのではないかと。
本当の事はわからないし、同じ事件はもう起こらない。
だけど実際手合わせした母は強く。感じた気遣いは気のせいなどではないだろう。
ミリアリアの結論は人には言えないけれど、どこかほっこりと心に温かいものが満ちるのは悪くなかった。
「ミリアリア自身も知らずに完全に操られてそれは行われるようです。わたくしは元々闇の素養が高いですから、しばらくは抗って……時折飛ぶ記憶に悩まされるようですね。そしてヒロインが女王候補として入学、婚約者がヒロインになびいて黒い感情が爆発して完全に闇落ち。ハミング王国第一王女は魔王に乗っ取られ、洗脳を駆使して一気に国の乗っ取りに成功するという流れですわ」
「うわぁ―――」
「まぁもしもの話ですよ、もしもの」
最悪だなぁと呻くダークにミリアリアも全面的に同意だった。
「……まぁそうだな。だが……そうだ、恋愛はいいのか? 美しい男達との駆け引きがこの世界において最も重要なことではないのか?」
これで納得してくれただろうと思ったミリアリアだったが、ダークは今度はずいぶんメタ的な視点も交えて来た。
確かにミリアリアの知るゲームでは恋愛要素が欠かせなかったが。
「ずいぶん食い下がりますわね」
「それはそうだ。今ならば、大抵のことは覆せるだろう? 直接手を下したくないというのなら私が……」
そう言いかけたダークを、ミリアリアは額をツンと小突いて止めた。
「そうですね……色々と理由はありますが」
ただミリアリアには、色々と考えて来て、一つ確信したことがあった。
「……今まで四苦八苦してきて思うのですが」
「うん」
「どうやらわたくし、推しが恋愛してるのを眺めてる方が楽しいみたいです」
「……うーん」
ダークから同情の色が完全に消えたのは気のせいじゃない。
後に残った困惑の視線にミリアリアは抗議した。
「絶妙に残念なオーラを感じますわ! いや……そうでなくとも、わたくしにとっての地雷って……根本的に恋愛臭くありません?」
「……あー」
ダークはぶっちゃけたミリアリアの言葉に対して悩まし気に呻く。
もし仮にミリアリアに運命というモノがあり、その破滅の引き金があるのだとすれば、まさにそこが疑わしい。
例え運命なんてものが存在しなかったとしても、思い込みが激しく視野が狭くなる性格は生まれ持ったものなのだからお察しである。
「それにです。わたくしもメタ的なことを言わせてもらいますが、光姫のコンチェルトのハッピーエンドってわかりますか?」
「……いや」
「この物語はね? お母様という光が闇に呑まれ、新たな光が人々を良い方向に導く物語なんですわ」
主人公達に焦点が当たっているからわかりにくいが、ストーリーの肝は壮大な代替わりの話だとミリアリアは考えていた。
「ヒロインは強い光の属性を持つ少女です。女王としての資質は十分。まぁルートを間違えて女王として能力が足りなくなっても優秀で素敵な旦那様を見つければ何とかなるでしょう。雨降って地固まる。ハミング王国は更なる繁栄を約束されるのですわ」
そこで彼らを引き立てるために敵役となるのが魔王inミリアリアというとても分かりやすい配役だ。
そんな流れはミリアリアが暴れなくても、たぶん変わらない。
「その通りにならなくても、わたくしがいる限り似たような面倒事はいつか起こりますよ。戦闘力で解決できない分もっと悲惨かもしれませんわ」
「……ミリアリア」
あ、マズイ。ダークがしょんぼりしてしまった。
だがミリアリアは別に悲観しているわけではなかった。
「まぁ。それが分かっていてわざわざ敵役なんてわたくしがそれやらなくっちゃいけません? という話です」
「そ、そうだな」
「それにもうやらかしちゃったんですから。ぐだぐだ言っても手遅れですわ」
「……それもそうだ」
「心配せずともここまでくれば大丈夫。せっかくフラグを根元から断ったんです。しばらくは、恋愛以外で楽しむとしましょう。美少年など眺めて愛でる程度で満足するのがそもそもよいのです」
これでもおのれの望む最善の道だとミリアリアは自負していた。
「そ、それでいいのか?」
「ま、世の中恋愛がすべてではありませんからね。切り替えていきましょう」
まずは旅行がてら食べ歩きでもしてみようか?
どこかにいるであろう、闇と光以外の精霊神を探してみるのも面白いかもしれない。
何なら危険なモンスターを探して大冒険というのも楽しそうだ。
「さぁ! 旅は始まったばかりですわよ! 最初から盛り下がっている暇なんてありませんわ!」
ミリアリアが適当な方向を指さすとダークはようやく切り替えて頷いた。
それでいいのだ。暗い空気など晴れやかな旅立ちにはふさわしくない。
「よし! じゃあ出発しますわよ!」
「いや、待てミリアリア」
「……どうしました?」
だが、いざ車を出発する寸前にダークから止められる。
何事かとミリアリアが手を止めて周囲の様子をうかがうと、聞き覚えのある声が遠くから聞こえて来た。
「ミリアリアサマー! いらっしゃるんでしょー! お待ちくださーい!」
それは間違いなくメアリーの声で、ミリアリアは苦笑した。
合流すると面倒くさそうだが、さてどうするか?
「まったく……仕方がないですわね!」
まぁ実際来るかどうかは本人次第であるが、これから楽しい世界を回るのだから旅の道連れが多くなるのは悪くない。
「ちなみにダークはどこか行きたい所はあるかしら?」
ミリアリアは最初の旅の相棒にも希望を聞くとダークはしばし唸って口にする。
「そうだな……そう言えば、この世のどこかに精霊宮というダンジョンがあると聞いたことがある。そこにはすべての精霊の故郷があるのだとか。一度行ってみたいと思っていた」
「何ですそれ……マジヤバですわね!」
これはまた面白ダンジョン情報が出て来たものだった。
ミリアリアはこいつは挑まなければならないと目を輝かせる。
どう転んでもこの先楽しくなるのは間違いないなとミリアリアは未来の旅路を夢に見た。
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