悪役姫は派手にやる。
嫌われ者の第一王女が、自分から王位を放棄するって言うんだから喜ぶんじゃない?なんて思っていたミリアリアは首を傾げた。
まぁ前振りがなかったからか、混乱の方が勝ったんだろう。
なんとも困った方々だった。
「静まれ!」
ここで一括したのは我らが女王、クリスタニア=ハミングだ。
さすがお母様カリスマ素敵すぎる。
そして彼女は女王の顔でミリアリアに言った。
「ミリアリア……冗談でも度が過ぎているぞ?」
思いの外重めのプレッシャーがミリアリアに届くが、これは冗談でも何でもない。
ミリアリアは挑戦的な微笑を浮かべて、大仰に頭を下げる。
「これは女王陛下。わたくしまじめな方ではありませんけれど、こんなことを冗談では言いませんわ」
「ならば本気だと?」
「その通りです。わたくしは完全に王家とは縁を切り、王都からも出ることにいたしましょう」
「……」
緊張が高まってゆく。
高まっていくのは緊張だけでなく、異常というほどの精霊力が高まっているのを感じて会場ではすでに逃げ出している人間もいた。
クリスタニアがミリアリアを睨みつけると、彼女の周囲の空気が振動し、光の粒が攻撃的にその周囲で弾けた。
「それを―――私が許すと思うか?」
「あら? 許可をいただきたいなどとわたくしが言いましたかしら?」
クリスタニアは右手を軽く上げる。
すると完全装備の兵士達がどこからかやってきて、クリスタニアは彼らに指示を飛ばす。
「ミリアリアを捕らえよ。多少荒っぽくても構わない」
女王の命令は絶対である。
兵士達は一斉に武器を構えて、ミリアリアに殺到する。
だが離宮に踏み入られる前に、ミリアリアはバルコニーから中庭に飛び降りて彼らの行く道に立ちふさがった。
まずは小手調べ。浮遊術応用編で相手をしよう。
「邪魔ですわ」
ミリアリアは兵士達に手のひらをかざした。
「「「「うわああああ!!!」」」」
すると全員がふわりと宙を舞って吹っ飛ばされた。
「……! 何をしたミリアリア?」
「簡単な術の応用ですわ」
まったく。昔から薄々思っていたが、この国の騎士は歯ごたえがない。
わずかに後ろ髪を引かれてしまうが、今は都合が良いということにしておこう。
だがそこに赤毛の男が真っ赤な剣を持って飛び出してきた。
「どういうつもりだミリアリア!」
「……?」
はて、このとんでもない美形はどなた様?
色々と知っている人の特徴は持っているのだが、どうにも全体的にデカかった。
筋肉。そう筋肉の騎士がそこにはいた。
赤毛がどうとかは些細な問題の彼にミリアリアは扇を向ける。
「そこをどきなさい。今日のわたくしは遠慮などしませんわよ?」
「……俺は、あの日のお前に憧れて、己を鍛え続けて来た……もう、あの日みたいな無様をお前の前でさらさねぇために! フレアザンーーー」
「知らねーですわ」
トンと首筋を扇で一撃。
手加減も楽ではない。
筋肉は意識を飛ばされ、崩れ落ちた。
「筋肉をつければいいってわけじゃありませんわ」
隙を突かれた時の反応速度が遅すぎる。やはり理想的な肉体と精霊術のバランスは常に探っていかねばなるまい。
「でも……私もひょっとしたら彼のようになっていたかもしれませんわね」
ゴリゴリのマッチョは回避できたが、バトルジャンキーに両足を突っ込んでいる自覚はある。
少しでも塩梅を間違えればミリアリアとて筋肉を崇拝していたことだろう。
美少女も楽ではない。
完全に白目をむいた筋肉騎士を倒すと、今度はメガネをかけたやたら美形の青年がミリアリアの前に飛び出してきた。
「ミリアリア! やめてくれ! こんなのは君の本意ではないだろう!」
「……!?」
彼は確かに美形だった。しかしどうにもじゃらじゃらと全身に身に着けた宝飾品が目に痛い。
宝石にメガネが埋もれて、もはやこいつは宝石がメガネをつけて歩いていた。
「君は僕が止めて見せる―――水よ! 拘束せ―――」
「遅せぇですわ」
ノーモーションで飛んで行ったミリアリアの無詠唱アンクは、宝石ごとメガネを押し潰した。
硬そうだから本体を狙うのは仕方がない。
あの砕けたメガネでは復活まで時間がかかることだろう。
「精霊術よりもまずファッションに気を使いなさいな」
でもあの姿もまたミリアリアが通り過ぎて来た道だった。
ファッションの研究は失敗の連続。潤沢な資金がある今、一歩間違えればミリアリアもケバめな美少女となっていたかもしれない。
悪役ともなればこちらの方が危険だと、ミリアリアは鳥肌が立った。
「うぅ。これからも身だしなみには気を使いましょう」
ミリアリアが自らを戒めていると、今度はなんだか金髪の誰かがミリアリアの前に飛び出してきた。
ミリアリアは、その顔に目をやって思った。
まぁ、目鼻立ちは整っている。
整っているが全体的に丸い誰かがそこにいた。
「ミリアリア様! 待ってください! 私は貴方と共に究極の食を探求するのが夢なのです! 食文化のカリスマと呼ばれたあなたと―――!」
「……!!?」
圧倒的な皮下脂肪の彼を、ミリアリアはなんかとりあえず叩き潰した。
「申し訳ないけど人違いですわ。おいしいものはこれから食べに行く予定なのです」
「……それは本当ですか!?」
「しぶといですわね」
弱雷で一撃。
「あががが……」
「痩せたら何かおごってあげますわ」
とりあえずこれで無力化は完了した。
こいつはやべぇ。ミリアリアの女子の美学が、その脂肪を否定する。
そいつは自分の中に輸入してはならねぇ。厳正なる徹底管理が必要な美容の敵だった。
さて己の中の様々な敵を具現化したような男達が何なのかはわからないが、すべて倒したので問題ない。
まだ兵士は残っていたが完全に及び腰で、今のところ襲ってくる気配はなかった。
全員術で押さえてもいいが、今一番怖いのは兵士じゃないとミリアリアは理解していた。
本当の脅威はすぐそばにいる。
光の化身の様な神々しい威圧感を放つ我が母、クリスタニアは無表情だが殺気の混じる視線でミリアリアを見ていた。
「面白い……しかし少々の工夫で私には勝てないとわかっているか?」
年を経ても威圧感は増すばかりのクリスタニアの前では意識を保っていることさえも難しい。
しかし彼女の前で意識を保っていることさえ出来ないのなら、運命になんて抗えるはずもない。
「ええ、もちろんですわ。女王陛下。そのために自分を磨き上げて来たんですもの」
「そのようだな……ずいぶんと美しく育ったものだ」
「貴女にいただいた宝石に見劣りしないように頑張りましたので」
クリスタニアとミリアリアは向かい合い、言葉を交わす。
初の顔合わせの時は、本当の意味で向かい合うことなど叶わなかったが、少なくとも今のミリアリアは女王の前に立てていた。
「だからこそ。お前の望みは適わんぞ?」
「そうでしょうか? これを見てもそう言えますか? 女王陛下?」
ミリアリアは扇を掲げ、その名を呼んだ。
「出番ですよダーク!」
「待ちくたびれたぞミリアリア!」
ドカンと隕石のように空から落ちて来たそれは離宮を破壊して大穴を開ける。
「な……!」
流石のクリスタニアも、濛々と立ち込める砂煙を割って出て来たモノには茫然としていた。
それは3メートルはありそうな鎧だった。
装飾にずいぶんと趣向を凝らしたらしいその鎧は不思議な輝きを宿し、全身から黒い波動が迸っている。
「どうですダーク? 新しい体は?」
「素晴らしい……素晴らしいなミリアリア! 私はこれほどまでに高揚した記憶はない!」
「それはよかったですわ。この日のために奮発しましたものね!」
ダークは精霊鋼を大量に集めて作ったその鎧をずいぶん気に入ってくれたらしい。
時間があるって恐ろしい。
ついついやらなくてもいいことまでやってしまう、そんな創作意欲を持て余し気味なオトシゴロなのもまずかった。
だが異様な風体だとしても、ダークの正体をクリスタニアだけはわかったはずだ。
そしてクリスタニアにさえ理解できれば、それで何の問題もない。
「まぁそう言うことです、申し訳ありません」
にっこり微笑むミリアリアだが、目を丸くしていたクリスタニアは、いつの間にか見たこともないような顔で笑っていて、ミリアリアが逆に驚いてしまった。
「ハ、ハハハ……なるほど。なるほど……我が娘ながらめちゃくちゃだな」
「お、お母様? どうしました?」
つい心配したミリアリアに、クリスタニアは鼻を鳴らす。
そして笑いを引っ込めて尋ねた。
「お前こそだ。正気は保っているのだな?」
「もちろん。ダークはわたくしの相棒ですの」
「相棒か……だが私は笑顔でお前を送り出すわけにはいかん」
「ええ、存じております。では―――ごきげんようお母様」
ミリアリアは優雅に一礼した後キャリーバッグをひょいと抱えあげて、ダークの腕の中に収まり、浮かび上がる。
「惜しいな……だが乗ってやろう」
見上げるクリスタニアの体からは圧倒的な光の波動が迸り、ミリアリアに向けて特大の殺気を放っていた。
ああなんて恐ろしい。
ミリアリアが魔王になんてならなければ、この先もきっとこの輝きは衰えることはないだろう。
それほどまでに女王クリスタニアの輝きは未だ陰りが見えはしない。
「精霊神の名において、真なる闇を現出せよ―――」
「精霊神の名において、真なる光の威光を示せ―――」
二人は示し合わせた様に契約の言葉を紡ぐ。
精霊神と自らの精神力を用いて破壊の力を引き出す合体技は、精霊神の加護がなければ操れない奥の手だ。
普通の人間ならば触れただけで消えてしまいそうなほどの精霊力が地面を揺らす。
漆黒と純白の輝きは極限まで高まり、次の瞬間ぶつかった。
「炸裂なさい! ダークネス!」
「光となれ! シャイン!」
黒と白が交じり合う。
圧倒的な破壊力同士の激突は性質が反発しあい、眩い柱となって視界を飲み込んだ。
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