悪役姫は下調べする。
この世界のお勉強をいつも以上の熱心さで学び、ダンスとピアノのレッスンに加えて剣のお稽古にまで首を突っ込んだミリアリアは、ついに確信に至っていた。
「……あれ? わたくしってば天才過ぎません?」
自室でミリアリアはなんとなしに呟いた。
妙な記憶が頭に入っているせいか、学習のスムーズさがすさまじくよくわかる。
記憶のどこかから怨嗟の念が聞こえた気がしたくらいだ。
一回聞けば大抵のことは頭にすんなり入り、ダンスや音楽のお稽古も聞いただけで体が動くのだ。
思えば、この簡単さが今までの不真面目さの原因でもあった気がするのだがもったいない。
ここではないどこかの記憶のおかげで欠片もなかった興味がいくらでも湧いてくるのが素晴らしい。
なんで今までこんな面白いものをどうでもいいと放り投げていたのかとミリアリアは悔やんだ。
「あーでも……考えてみると9歳にこれってちょっと詰め込みすぎな感じもありますわねー。与えればスポンジみたいに吸収するから期待されちゃったのかもしれないですわー」
その結果ちょっとつんけんしたおてんば女王が誕生したとしても仕方がないのではあるまいか?
自己分析に勤しみながらも手を止めずに真っ白なページにペンを走らせる。
そして書き上げたそれを眺めてミリアリアは目をきらめかせた。
「ま、長い人生そう言うこともありますわ……でもここからは違います!」
アンニュイな時間なんてこのキラキラした世界には似合わない。
反省の結果、このまま真っ当に王女としての教育を続ける方法でも力はつけられそうだとは思う。
しかし真っ当ではきっと最悪の未来を突破出来ないだろうと言う確信もまた存在した。
そこで書き上げたのが、このミリアリア最強育成計画である。
「モンスター情報完全網羅! ちょっとした小ネタから相性のいい装備まで痒い所に手が届く親切仕様ですわ!」
いかにデータがあろうとも、整理しておかねばいざという時に役に立たない。
「こうしてまとめておけば、色々捗るというすんぽーですわ!」
目指すは人外魔境! 英雄の領域である。
しかしそのためにはいくつかの問題が存在した。
「立場的に外をフラフラするわけにもいきませんけど。でもわたくしにしか使えない絶好の狩場に心当たりはあるんですわよねー」
そう、あるにはあるのだ。とても都合のいい場所が。
条件が整うおいしくも恐ろしい場所を今のミリアリアは知っている。
それは王城の地下深くに眠るダンジョン。
そしてそのダンジョンこそが光姫のコンチェルトにおけるラストコンテンツ。
隠しダンジョン闇の墳墓だと。
思い悩んでいたそんな時、コンコンと部屋の扉がノックされて、ミリアリアは野兎のように顔を上げた。
「ミリアリア様……その、お荷物の方届きましたが?」
「すぐに持っていらっしゃい! 部屋に運び込むのです!」
歓声交じりの命令の後、待ちに待っていた荷物が部屋に次々運び込まれる。
それは大きな木箱に入っていて、騎士数人がかりで運び込まれた。
ミリアリアはおもちゃの箱を開けるようにその木箱を開け、中にある鉄球と弾丸を確認するとほおが緩む。
そして別にしてあった自分の武器を震える手に取った。
「素晴らしいですわ……まずは第一歩と言ったところね」
ずっしりと重い鉄扇を開いて、ミリアリアはちょっとよろめいたけれど。
ちなみにその日、ミリアリア宛に届いた謎の鉄球と鉛の玉のせいでより変な娘説の噂が流れるのだがミリアリアはサッパリ気にしていなかった。
コツンコツンと異様に響く足音に緊張しながらミリアリアは石の階段を下る。
夜中城中が寝静まった時間を狙い、部屋を抜け出すことなどテレポートの力を持つミリアリアにはたやすい。
ここまでは順調である。
コソコソと情けない限りだが、ミリアリアちゃん最強育成計画を達成するためにはこの危険だけは冒す必要があった。
「……ついにやってきてしまいましたわ」
ハミング城最大の禁忌にしてコンテンツをすべてやりつくした猛者達にのみ解放される開かずのダンジョン。
闇の墳墓の扉は地下に厳重に封印されている。
それはかつて闇の精霊神が暴走した時、ハミング王国開国の王が地下深くに封印、迷宮を作り、その上に王城を建て子々孫々守護するようにと伝えられる闇のダンジョン……というのが公式設定である。
ラストダンジョンだけに凶悪なレベルのモンスターが闊歩するわけで、入ったらまず生きては帰れない。
しかし同時にそれは、作中でも最高率の修行場であることは間違いなかった。
本編終了後主人公一行が解放のカギを渡され、初めて入れるエンディング後のやりこみ要素である。
本来であれば本編が始まってもいない現在、入る事さえできないはずなのだが……実はこのダンジョン裏技が存在した。
「ええっと……たしか入口の扉の中心から7歩右の壁ですわ」
そこにはバグがあるはずだった。
ゲーム中では壁をすり抜けて、エンディング前にダンジョンの中に入り、うまくすればクリア後でしか手に入らないアイテムの数々を手に入れられたゲームバランスを崩壊させかねないバグ技だ。
しかしここは現実だということも忘れてはならない。
まさか壁をすり抜けるようなことはできないだろうが、ミリアリアは自分の能力の使い道を考えているうちにこの裏技を思い出した。
「……正直生まれてからずっとハズレ能力だとばかり思っていましたが、ここにきて火を噴いてますわね、さてどうなるやら……」
まさかとは思うけど、やってみるならタダである。
失敗したら乙女の尊厳を生贄に子供駄々をこねまくって、効率のいい狩場に無理やり行ってみるだけだ。
ミリアリアは呼吸を正し狙いの壁に手を当てて、気合を入れて呟いた。
「―――テレポート」
そして、シュピンと転移したミリアリアの目の前には、やばいくらいに生存本能がビンビン刺激される薄暗いダンジョンの景色が広がっていた。
「~~~カチカクですわー!」
思わず叫んで、大量の恐ろしい足音がこちらに走ってくる音を聞いてミリアリアは脱兎のごとく逃げ出した。
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