悪役姫は手綱を握る。
「馬の代わりを取ってきましたわ!」
「ガオ!」
「―――」
バタンと、泡を吹いて倒れたマクシミリアンが意識を取り戻すまで時間がかかったが、ミリアリア専用馬車……もといゴールデンライオン車は真の意味で完成した。
とにかく丈夫そうで意匠も品がある。
ミリアリアが連れて来たゴールデンレオが何よりゴージャスだった。
「これはご馳走ですわね……自分にご褒美は必須です」
だがこうして目の前に現物があると、使ってみたくなってくるのは避けられなかった。
「メアリー……これでどこかに出かけ」
「ダメです」
「せっかく作ったのに……」
「絶対ダメです」
くっ、最後の手段のおねだりもダメとは、これ全然ダメですわね。
お出かけはもう少し綿密に計画を練ってから、こっそり実行するとしよう。
ミリアリアが密かに覚悟を固めていると、メアリーがジト目を向けて来た。
「何か変なことを考えていませんか? ……今日は御来客がある予定ですのでお忘れなく」
「え? わたくし聞いていないのですが?」
そんないきなり客が来るなんてという顔をすると、メアリーには肩をすくめられてしまった。
「この獅子を探しにどこかへ行っていたからでは? 最近お嬢様はテレポートを使いすぎです」
「腐らせておくには惜しい術ですもの。当然使い倒しますわ!」
なんてミリアリアが断言すると、白い目を向けられてしまった。
それにしても自分を訪ねてくるなんて誰だろう?
心当たりのなかったミリアリアは首をかしげたが、会いに来た人物と顔を合わせると、これまた見覚えがなくって首を傾げることになった。
ふわふわの金髪に、青い瞳。
まぁそれは天使のようにかわいらしい、おそらく男の子だったのだ。
「おうこれは中々強烈なかわいいオーラ……誰だったかしら?」
本気で疑問に思っていると、すさまじく慌てたメアリーが小声で耳打ちしてきた。
「エドワード様です! 公爵家のご子息の!」
「……!」
そうだった。思い出した。
ミリアリアは一瞬で血の気が引いて行く音が聞こえた気がした。
あ、あの焼き鳥の時のヒヨコ君ではないですか!
おう……メインルートの攻略対象がなぜここに?
ミリアリアの人生においてヒロインに次ぐ歩く死亡フラグは、憎らしいほどかわいらしい。
ニコニコ笑う男の子のこの笑顔に、元のミリアリアは恋焦がれて身を滅ぼした。
気を引き締めねば一瞬でもっていかれる魔性の笑みである。
「……これはエドワード様。ご機嫌麗しゅう。今日はいかがいたしましたか?」
だがミリアリアもまたラスボスらしく完璧な笑顔で彼を迎え入れた。
さて、どう出てくるかと身構えるミリアリアに、ヒヨコ君はもじもじと恥ずかしそうに身をよじり、控えめに尋ねた。
「あの……ミリアリア様はもうアレはお作りになられないのですか?」
「アレ? アレとは?」
「はい……その、ヤキトリという」
「ああ! 焼き鳥!」
アレは確かにおいしかった。
そしてヒヨコ君は期待に胸を膨らませているようだった。
「……気に入りましたの?」
「はい!」
ミリアリアが尋ねるとヒヨコ君は素直に頷く。
うぐ! 素直だ! 汚れた心が洗われてしまう!
だが、登場人物の襲来に備えて、ミリアリアには秘策があった。
尊みオーラにやられそうになった時、発動する新たな奥の手である。
パッとミリアリアが一瞬後に現れたのは上空6000メートルの上空だった。
「……尊いなぁ! 畜生―――!」
秘儀、打ち上げ式緊急回避! すごい寒い!
この技はのぼせ上った頭を急速冷凍して、ついでに声を出して発散できるという荒業だった。
誰も聞かれないところで雄叫び。
そして高高度の極寒の風が茹った頭を完全に冷ました頃、迫る地面で背筋が寒くなるという二段構えが売りである。
ちなみに恋愛感情ではない。尊味が深いだけだ。
ショートテレポートを繰り返すことで減速し、最終的に横にベクトルを変化させ勢いを完全に殺す。
横スライドしながら着地したミリアリアを見るみんなの目は、残念ながら点であった。
「……サプラーイズ!」
おどけて言ったら、点が元に戻りはしないだろうか?
ミリアリアはドッと一沸きくらいすると思っていたのだがそう言うわけにもいかないらしい。
相変わらずの寒々しい空気に、ミリアリアは扇を広げて顔を隠し、コホンと咳払いした。
「うおっほん。失礼、軽いウォーミングアップですわ! ……頭も冷えたところで、焼き鳥でしたかしら? 申し訳ありませんが、生憎と今日は新鮮な食材がありませんので」
だが焼き鳥がないと聞いて、ヒヨコ君はしょんぼりと肩を落としていた。
「そうですか……」
「ですので今から捕ってきますわ!」
ミリアリアは一瞬で言葉を付け足した。
いくら発散したところで、基本的に好感度が高いのは仕方がない。
そんなに残念そうな顔をされるとお姉さん頑張りたくなっちゃうというものだった。
「え? いいのですか?」
「ミリアリア様!?」
「止めないでメアリー! お客様のリクエストだから! そう! しょうがないのですわ!」
「最近お客様をダシに使う作戦を多用しすぎです! 多方面に迷惑が掛かるだけなのでやめてください!」
「そう言うんじゃないですわ!」
おっと気づかれていたか、メアリーのくせに鋭い。
だがそんなことで止まるミリアリアではなかった。
異世界定番の味は、王子様の心をも掴んだようで大いに結構。
かわいい男の子が、きらきらした目で自分の料理に感動しているとなれば、腕を振るうことに躊躇する理由がない。
そしてちょっと強引な外出にも大いに都合が良い。
ミリアリアはヒヨコ君の手を掴み、テレポートで新しい馬車に取りつく。
「ミリアリア様!」
メアリーの悲鳴混じりの声が聞こえる。
「え? どこにいかれるのですか!?」
横で驚いているヒヨコ君は、強引に馬車に押し込んで黙らせた。
「ウォーミングアップはすんだと言いましたわ! 次は実技で本番です! ちょっと出かけてきますわ! すぐに戻ります!」
あえて馬車、というか黄金の獅子車に乗って手綱を握る。
向かうは冒険者へのお知らせで見つけた、モンスターの発生地点である。
「さぁ行きますわよ!」
「がう!」
その走りはその辺の馬など問題にならないほど力強い。
何せ町中の人間が遠目からでも道を譲り、遠巻きに見ても何事だと目を点にしていた。
ゴールデンライオン暴走事件。
見ていた人がどうにか説明しようとしたけど、誰一人現実味のある説明ができなかったそれは伝説となった。
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