悪役姫は夢の一つをかなえる。
精霊は万物の根源としているくせに、攻撃目的にしかそれを使わない事こそ不敬なのでは? なんて思わなくもないミリアリアは、遠慮なく異端な使い方をバンバン試していた。
特に応用幅が広いのは闇属性。
こいつは本当に思いついたら何でもできるんじゃないかと思うほどに応用幅が広すぎる。
そして今日もまた一つ素敵な術が完成へと到達してしまったと、ミリアリアは自画自賛した。
目の前には丸い水槽に蛇口が付いたウォーターサーバーみたいなものが五つほど並んでいて、メアリーが興味深そうにそれを眺めていた。
「ミリアリア様? これは何なのです?」
「ふふん。これは職人のおじさま方に作っていただいたものです。蛇口の作り方と、美少女の魅力の合わせ技ですわ!」
子どもが持ち込んだ未知の技術など、そう簡単に現物にはしてもらえまい。
仮に図面と、闇の精霊術で現物を一時的に再現できるとしても、作ってもらえたのは美少女であることが重大であったとミリアリアは確信していた。
「そこで本日の本題ですわ。メアリー。精霊術のすごい奴ができたんだけど見るかしら?」
「おめでとうございます。それで……どのようなものなんですか?」
「まぁ見ていなさい」
ミリアリアはしたり顔で頷き唱えた。
「暗黒液体」
ウォーターサーバーに手をかざし、新術を唱えると、5台のウォーターサーバーはみるみる真っ黒な液体に満たされていく。
そのうちの一つにカップを当て蛇口をひねると、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がった。
「どうかしら?」
「……見た目最悪なのに、妙にいい香りなのが腹立たしいです」
「えー」
なんだか非常に心外な評価だった。
ここ最近のミリアリアの夜の冒険を支えてくれた自信作なのに。
ミリアリアは出した液体を啜ってみると、完全に味はブラックコーヒーである。
「うん。上出来ですわね! メアリーもいかがかし……どうしたのメアリー? すごい顔でしてよ?」
「いえ、あの、……その液体、飲んでいい物なんですか?」
恐々尋ねるメアリーだが、ミリアリアは自信満々で断言した。
「大丈夫ですわよ! 体に悪いどころか様々な効果で助けてくれる優れものです! 術で出した水は飲めるじゃないですの。闇属性でも大丈夫です」
「いえ……その理屈は少々無理があるのではないかと。火属性でマグマが出て来てたらどうするんですか?」
「心配性ねメアリー。適当なモンスターでも試してみましたわ。自分で飲んでみてゴーサインでしてよ?」
「それって何か証明できたことになるのでしょうか?」
「? わたくしも試したと言っているでしょう? 飲めば眠気が覚め、活力を得られます! 軽い興奮作用もあるかしら? トイレが近くなるのが欠点と言えば欠点ね」
「あの……その説明、危険な香りしかしないのですが?」
「そう? 心配ならこっちになさい」
すまし顔で、ミリアリアは闇コーヒーをすすりながら、もう一つの黒い液体を飲むようにメアリーに促す。
そちらの黒い液体は、ぷつぷつとたくさんの泡が下から上に立ち上っていた。
「……より、得体が知れないのですが?」
「甘くておいしいですわよ。命令です、飲みなさい」
「ミリアリア様ぁ。……わかりました」
ちょっと強引にガラスのコップに泡の液体を入れる。
もちろん再現したのはコーラである。好みがあるのでこちらは3種類ほど用意してみた。
最後の一つはウーロン茶なので口直しにしてほしい。
泡の立つ液体をメアリーが恐々見つめるのをミリアリアはニヤニヤしながら眺めていた。
さてどんな反応をするのかしら? きっと感激してくれるに違いない。
メアリーはコップを口に運び、勢いで一気に煽り。
そして爆発した。
「どういうことなのメアリー!」
「ンゴッホ!……ごほげほ!」
口と鼻から黒い液体を流しながらのたうち回るメアリーはようやく苦しそうに声を出す。
「く、口の中で爆発を! 毒なのでは!? 死ぬほど鼻が痛いです!…………あ、でも甘いですね」
「くっふっふっふ……。炭酸なんだから当たり前ですわ。害はありませんよ。甘くておいしいから今度はゆっくり飲んでみなさいな」
「は、はい……」
二度目は炭酸の刺激を考慮してゆっくり飲めば、変な顔をしていたが飲みなれればおいしいようだ。
炭酸は周知が必要だが、ミリアリア以外が飲んでも大丈夫と結論しておくことにする。
「まぁ試飲会は成功ですわね。どれも上出来です。そのうち城に蛇口をつけて何時でも飲めるようにしてあげましょうか?」
「それは……城中で噴水が上がりそうなのでご遠慮ください」
「あらそう? とある場所では子供たちの夢の一つなんですけれどね。ならしばらくは部屋の前に置いておくことにしますわ。お友達にも勧めてみなさい。ミリアリアの部屋限定飲料ですわ」
「……ミリアリア汁。いえ、なんでもありません。ところでミリアリア様? メアリーめは一つ疑問があるのですが?」
「よくってよ? 何かしら?」
「何でどれも真っ黒なのでしょう」
「そりゃあ……闇属性だからですわ?」
オーラが黒ければ出来上がるものも黒くなる。
なぜだか知らないが、それは仕方がないのだ。ミリアリアとて闇に付いてはわからないことだらけなのだ。
「でも不思議ですわよね。闇属性。液体や固体はもちろん、靄のような気体にもなるし、よくわからないエネルギーのようにもなる。調べた話では洗脳なんかもできるらしいですわよ?」
「洗脳ですか!?……じゃあこの液体にも?」
「オバカチン。そんなことしてないですわ。疲労回復の効果を噛みしめなさい。いつまでも闇属性は不吉なんてバカなこと言って、拗ねてばかりは建設的ではないでしょう? 変えられないなら有効に使うまでですわ」
「……ミリアリア様。ご立派になられて」
涙目になる感情の起伏の激しいメアリーに、ミリアリアは自信満々で頷いて見せた。
「当然ですわ。で、使ってみたら本気で色々出来てマジ便利って感じです。もっと面白いアプローチがないか模索中といったところですわ」
飲み物にしても、最初の頃は味がひどかったが今は香りも豊かで、やろうと思えばミルクの味すら加味出来る。
後でメアリーにはしこたま樽にでも詰めてプレゼントすることにしよう。
というように応用幅の広い闇なのだが何分光同様持ってる人間が少なくて、試行錯誤しか出来ていないのが現状だった。
そして闇属性が禁忌であるという思想が根深いせいで、本も極端に少ないのがミリアリア的には不満でしかたがない。
「……誰か手本になる人でもいればいいんですけどね。中々ままならないものですわ……いや。いないこともないですか」
「ミリアリア様?」
ミリアリアはふと思いつく。
それは一番最初に思いついてもよさそうなものだったが、意図的になんとなく避けていたとも言えるかもしれない。
光姫のコンチェルトにおいて、最も闇属性の精霊術に長けていた人物を思い出したのだ。
だがイメージがすこぶる悪い。
せっかくいい気分だったのにと肩を落としたミリアリアだったが、ただでさえ足がかりが少ない以上検証は有効かもしれないと思い直して切り替えた。
さて闇コーヒーも飲んで、バッチリ元気も出てきたことだし、活動的に行くとしよう。
頭に?と浮かべているメアリーに、ミリアリアは扇を突き付けた。
「ではメアリー! さっそく商人を呼びなさい! ほしいものがありますわ!」
「はい。すぐに連絡します」
「あら、今回は反対しませんのメアリー?」
快い即答に目を丸くしたミリアリアだったが、メアリーは当然だと頷く。
「白粉の一件もありますから。前回姫様が提案されたキャリーバッグの売れ行きも好調の様でして。女王様からある程度は好きにやらせるようにと仰せつかっていますので」
「え? 何それ? 販売してますの? 初耳なんですけれど?」
「そうなのですか?」
「くっ……マクシミリアンめ。ずいぶんと勝手をしてくれるものですわね。そう言えば不良品を掴まされた件もまだ文句を言っていませんでしたわ。今度はもっとわがままを聞いていただきましょうか」
好都合だけど釈然としない微妙な心地でミリアリアは自分の手のひらを扇で叩いた。
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