悪役姫はシナジーを感じる。
「……ぬー……もうちょっと。もうちょっとだと思うんですのよー。もうほとんど骨組みしか残ってない状態でしたしー……」
もっともゴーレムはミリアリアの打ち止めでモリモリマッチョに戻っていったが。
現状ゴリ押しでは突破できないと証明してしまったようなものだった。
「あとちょっとで、どうにかなると思うんですがねー」
微々たる工夫で乗り切れそうな、そんな気がしないでもない。
技に期待していたが初期技以降、いくら殴っても閃きがないのが困りものである。
とりあえず思いつく火力アップは宝石のがん積みだが……。
指という指に宝石をはめ、ブレスレットにネックレスをありったけはめてみて姿見で自分を見たミリアリアは、どうにも恐ろしいダサさに愕然とした。
震える手で頭を抱え、鏡から目を逸らす。
「これは……美学に反しますわ。いえ、負けっぱなしも十分美学に反するんですけど……。まぁしばらくはめて優雅に動く練習でもしてみましょうか? いやしかし……」
ひょっとするとこのけばけばしさをも、凌駕する優雅さが身につくかもしれない。
だが、ちょっとダメっぽいので、代案も考えておくとしよう。
妙な記憶が頭の中にあっても、実際の技術のすり合わせが必要な場合がある。
こういう時、王城の図書館は最強だった。
蔵書量、質ともに最高品質で、調べものに関してはここ以上はない。
ミリアリアもそれなりに利用しているのだが、意気揚々とミリアリアが図書館に向かうと、本日は先客がいた。
かわいらしいメガネの少年がでっかい本を一生懸命読んでいる。
放っておこうかとも思ったが、メガネ君が読んでいる本が見たことない精霊術の本だと気が付いたミリアリアは、なんとなく声をかけた。
「それは精霊術の本ですの?」
「……そうですよ。何か?」
「いえ、わたくしも精霊術の調べものをしていまして」
「君が精霊術を?」
そう言って不躾な視線を向けてくるメガネ君がふんと鼻を鳴らした。
「僕には君が真剣に学ぼうとしているようには見えないけど? そんなにアクセサリーをじゃらじゃらつけて、趣味も悪い」
何だろうこの小生意気な生物。
気分を害したらしいメガネ君は、生意気可愛かった。
だが的確に嫌なところを突いてきて恥ずかしい。
ミリアリアとしても意味もなくこうして宝石をつけていると思われるのは心外である。
だからミリアリアは扇で口元を隠して、鼻で笑い返した。
「えぇ? あなた精霊術使いなんですわよね? この宝石の意味が分かりませんの? 本気で言ってます? まさかジョークですわよね?」
よくもまぁここまで小ばかにするような声が出たものだと、ミリアリアは自らの悪役潜在能力に自分で驚愕した。
そしてそれは効いたらしく、心底苛立たし気にメガネ君は顔を上げた。
「それは……どういう意味?」
「え? 教えてあげませんわ?」
「……なぜ?」
「だって、これって結構なお役立ち情報ですし。教えるなら金貨とか積んで欲しいですわ」
「……ならいい。どうせ大したことじゃない」
憮然として本に視線を戻すメガネ君だったが、ミリアリアはひょいっと彼の読んでいる本を取り上げて、代案と扇を突き付けた。
「まぁ金貨ではなく別の物でもいいですわよ? 例えば情報とか。わたくしが知りたい情報をあなたが持っているのなら、教えてもいいですわ」
宝石のバフ効果は侮れない。
世間の人はあまり知らないようなので、これくらいのことは言ってもいいだろう。
胸を張り、自信満々のミリアリアにメガネ君は困惑していたが、軽くため息を吐く。
好奇心に負けたらしい。
「……僕の知っていることなら」
「そう来なくては面白くありませんわ! 実はわたくし、精霊術の威力を底上げする方法を探しているんですの! 何か小技があれば教えていただけません?」
「そんな都合のいい話あるわけない……精霊術は地道に訓練するしかないよ」
「そう! それなんですのよ! でも決まった術を撃ち続けたって、威力は上がらないでしょう? 色々と調べてみてもどうも精神論が多くて、漠然としている気がしますのよ」
ミリアリアは横目で積んである本を眺めながら、ふぅとため息を漏らした。
こう、アプローチが精霊術をより簡単に安定して使う方法を考えるのが主流のようで消極的なのだ。
敵を倒せばレベルが上がって、威力が上昇するのは間違いない。
どうにもそれが訓練すると威力が上がるにすり替わっている気がミリアリアにはしていた。
訓練があるなら本番があるものだ。
訓練をしてモンスターを倒したのなら、つらかった方に意味を見いだすのが人の性というものなのかもしれない。
ミリアリアが明かしたくない情報は伏せて答えるとメガネ君はいつの間にか本から目を離して、ミリアリアを見上げていた。
「で、ちょっとした工夫の話です。属性の乗った攻撃しか効果がないモンスターを短時間で倒す方法が知りたいんですが……」
「何それ? なぞなぞ?」
「似たようなものです。何かあります?」
ミリアリアは答えにあまり期待はしていなかったが、ぶつぶつと何か呟いていたメガネ君はきちんと答えた。
「属性攻撃……そうだな……一つだけ知っているかもしれない」
「ホントですの!?」
意外にあっさり出てきたことに思わず興奮してメガネ君の肩を掴むと、メガネ君は目を白黒させて、何度も頷いた。
「ホ、ホントだよ!……君は荒っぽいな」
「そんなことはどうでもいいです! それで! その方法って!」
手を放し聞く体勢に入ったミリアリアに、メガネ君は着崩れた服を直しながら語った。
「……騎士が使う技があるだろう? あれに精霊術を上乗せさせることでより高度な技に進化することがあるらしい。そう言う技は精霊術よりも疲れず威力が大きいそうだ」
「……え?」
「技には……特殊な効果があるものがあるんだ。剣を振って炎が出たり水が出たり。そんなこと精霊術じゃないと不可能だろ? あれは攻撃に属性を乗せているって言えるんじゃないかな?」
「!!!!」
言われてみれば確かに! レベルの高い技には派手なエフェクトついてましたわ!
むろんミリアリアとて技は知っていたが、目からうろこが落ちた気分だった。
別のものだと思うあまり分けて考えてしまっていた。
しかし確かに光姫のコンチェルトにおいてキャラクターの使う技は、使える精霊術の属性とエフェクトが連動していた。
炎の精霊術の高い適性のあるキャラクターは剣を振って炎が出る技を高確率で覚える。
つまりあのエフェクトは精霊術判定の可能性があるわけだ。
「習得も……ひょっとするとその辺意識していけばひらめくかも?」
「最低限の実力は必要だと思うけど、精霊術を意識して技をひらめいた者は多いそうだよ。……少し要望とは違うかもしれないけれど」
「いえ! 十分ですわ! やりますわね!」
ミリアリアはメガネ君の肩を荒々しく叩いた。
道理で初期技を覚えた後、叩いても叩いても次のスキルを覚えないからおかしいなと思っていたのだ。
てっきりラスボスだから、想定されていない仕様なのかもと納得して候補から外していたのだが、知識が邪魔をしていたとしたら残念過ぎる。
もし技があいつに通る様になれば確実に手数が増える。要は総合的なダメージがゴーレムのHPと回復速度を上回ればいいわけだ。
「これは……ダメ押しになりますわね!」
「何のダメ押しか知らないけど……君も教えてくれるの?」
興奮しているミリアリアに、ちょっと怯えているメガネ君。
それでも好奇心を優先するあたり筋金入りである。
悪いことをしたなと反省したミリアリアはとっておきの情報を渡すことにした。
「ちなみに、精霊術の得意属性はなんですの?」
「……水」
「水ですか……ならちょうどいいですわ」
ミリアリアは頷いて、身に着けている宝石の中からサファイアの指輪をメガネ君に手渡した。
水属性を増幅する他にHPをわずかに回復する効果があるアイテムだが、きちんと水属性を持っている主人の方が指輪も喜ぶに違いない。
「今回のご褒美に差し上げますわ! わたくしの小ネタはきちんとしたアクセサリーを身につけると、特殊な効果があるということです。特に宝石は、精霊術の威力を上げますわ。だいたい質によって15パーセントから30パーセントの間くらいですね。上質なものほど実感できるくらい変化があるはずですわ!」
精霊術を手っ取り早く強くするなら一番お手軽だと思う。
それを聞いたメガネ君は驚くほど大きな目を見開いて、手渡したサファイアをじっと見ていた。
「そんなこと……聞いたことがない」
「ええ。みんな知らないみたいですわね」
確かに誰かが同じことを言っているのを聞いたことがない。
ミリアリアは自分のブラックダイヤに精霊力を流して見せる。
するとミリアリアの精霊力を帯びたブラックダイヤは力強く輝き始めた。
「コツは宝石を経由して、循環するイメージですわ。力が増幅するのが分かるはずです」
「こ、これは……本当に?」
「貴方も、その宝石で試してみるといいですわよ!」
「いや! さすがにこんな……」
「なんですって?」
メガネ君の言葉が聞こえなかったミリアリアはズズイと顔を近づけた。
するとウッと怯んだメガネ君は慌てて視線を逸らすと赤い顔で呟いた。
「そ、その……なんかありがとう」
いきなりデレましたわこの美少年!
一瞬で尊くなったメガネ君にミリアリアは戦慄した。
しかしこの程度の不意打ち、回避する術は編み出している。
「気にしないでよろしくってよ―――!」
簡単な言葉だけ残して、スゥっとミリアリアはゆっくり消えながら退避した。
これぞ必殺昇天エスケープ! まるで幽霊が消えるように、言いたいことだけ言って消える猶予だけある、テレポートの荒業である。
メガネ君が何か言っていたがミリアリア的には構っている暇がない。
新しい技がミリアリアをまた一つ上のステージに連れて行ってくれるかもしれない。
そう思うと居ても立ってもいられなかった。
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