悪役姫はムカデと出会う。
ごつごつとした岩ばかりの山道のワイルドな風景を眺めながら一時間ほど。
驚くほどモンスターにエンカウントせずにスムーズに進めたわけはすぐにわかった。
ひとまずこっそりと岩陰に隠れて様子をうかがうミリアリアは、口に扇を当て感想を口にした。
「うわーマジヤバですわー。近くで見るとでっかいですわねー」
「……!!!」
赤毛君が声も出ないほどビビっている。
そりゃあ確かに、どでかいムカデがクマを長い体で絡め取り、頭からモリモリ食べている光景はかなりショッキングだった。
狙い通り見事な大ムカデにミリアリアがヒューと口笛を吹く。
その傍らで必死にミリアリアの袖を引っ張る赤毛君は顔色を真っ青にしていた。
「のんきか! 逃げるぞ!」
「馬鹿ですか? あれに勝った方が決闘の勝者ですよ?」
「……そんなのいいから! 俺の負けでいいから! 逃げるぞ!」
「あら、まぁ。ラッキーで勝ちを拾っちゃいましたわ。では心置きなくやったりましょう」
「だから何でだ!」
そんなこと言ったって逃げるのならもう遅い。
大ムカデはメインディッシュは食べ終わったが、まだ胃袋は満たされていないらしい。
今はちょうど良い具合に現れたデザートに視線がロックオン済みである。
「ヒッ!」
赤毛君の声が聞こえる。
足をぎちぎち動かして、こちらに向かって突っ込んでくるまで3秒もかかるまい……いや来ましたわ。
ミリアリアは扇を構えて、戦闘準備は万全だった。
赤毛君を蹴飛ばして、攻撃をぎりぎりまで引き付けて、かわす。
そしてすれ違いざまに扇で軽く一撃するとガキンと硬質な音が響いた。
「……硬いですわね!」
その外殻はミリアリアでも腕がしびれるほどだが、それでもミリアリアの一撃を受ければ罅くらいは入る。
しかし大ムカデは堪えた様子はなく、打ち据えた傷は瞬時に泡に包まれて、ふさがってゆくのが見えた。
「なるほど、これが超再生か……ここまで早いと笑えますわね!」
「そんなこと言ってる場合か!?」
赤毛君は地面に転がってはいるものの、かろうじて叫んでいるから結構タフだと認めてもいい。
しかしここにきてぎゃんぎゃん騒ぐのはいただけない。
「ちょっとお黙りなさい。わたくし今少し忙しいんですのよ。せめて邪魔だけはしないように静かに隠れていなさいな」
「な!」
楽しくなるのはここからなんだから、水を差されちゃかなわない。
ミリアリアはミリアリアで、舌なめずりして獲物としての大ムカデを品定めする。
「さて……ここから本気で頑張りますわよ!」
ミリアリアは仁王立ちしたままパンと扇を開いた。
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