悪役姫はお土産を拾う。
「……ああ、ミリアリア様」
メアリーの聞いたこともないような絶望の声が妙に耳に残る。
そしてミリアリアもまた……頭の中の記憶がすさまじい勢いでメッセージを伝えていた。
ホーンベア。
中級クラスのモンスター。タフでパワーがあるが精霊術は使わない。
肉は若干硬めだが絶品。右手が甘くておいしいのははちみつの味。
毛皮を一部愛好家が高額で取引している。毛皮の傷が少なければ少ないほどよく、頭の角が無傷ならより高額。
つまり―――極上のお土産である。
「騎士達! いったん後退なさい! 毛皮を傷つけるんじゃありませんわよ!」
ミリアリアは大慌てで叫んだ。
ミリアリアの声は甲高くよく通った。
ホーンベアはぎろりとこちらを睨み、警護の騎士達は血相を変えた。
「なぜお嬢様を外に出した!」
「何が何でも止めろ!」
ずいぶん取り乱しているようだが、毛皮を傷つけるなと言っているのに剣を構えるとは指示を聞き逃すのはいただけない。
ミリアリアはまっすぐホーンベアを眺めて、ぺろりと赤い唇を舐める。
慌てふためいて狼狽えるなんて品がない。
こういう時こそ落ち着いて優雅に最大の成果を上げるのが、美しい強者の余裕というものだ。
「おどきなさいな」
剣を構えてモンスターに襲い掛かろうとした命令違反者を目視し、捕まえるのは騎士達それぞれの陰から生えた触手である。
新開発、自由に編める闇の繊維の応用技である。
そしてホーンベアの動きさえ触手ががっちりと拘束して、これ以上暴れて傷つくのを抑えつける。
拘束する魔法を作っておいてよかった。実戦で使うのは初めてだが、これは中々使えそうだ。
いかにデカかろうと地上のモンスターなど隠しダンジョンの一階雑魚にも劣る。
ミリアリアはきっちりと動きを止めたホーンベアの体をざっと眺めて、出来る限り一撃で仕留めるよう愛用の鉄球を転移し、構えた。
「初めまして。ではごきげんよう! ―――ファイア!」
にっこり笑ってズドンと心臓を一撃である。
その一撃でホーンベアは仕留めたが、ダンジョンと違って消えることはなかった。
「……素晴らしい。これでおじい様達へのいいお土産が出来ましたわね♪」
ミリアリアは上機嫌で振り向く。
するとものすごい雰囲気の自分の従者達がいて、ミリアリアは首を傾げた。
そしてこの空気の原因を思い返して、ああと手を打った。
「お仕事の邪魔をしてごめんなさいね。おじい様へのお土産を用意できないか考えていた物だからこの毛皮と肉が欲しくって。もちろん運搬はわたくしも手伝いますわよ?」
「そういうことじゃないです!」
「じゃあ何ですの?」
騎士隊隊長のレミントンがキレのいいツッコミを披露していたが、一仕事終わったのだから喜べばいいだろうに?
獲物を狩ったその時が、ハンターの至福のひと時である。
だがこの時ミリアリアは完全に忘れていた。
自分がハンターではなくお姫様だということを。
そしてレッスンでさんざん実力を披露した気になっていたが、実践のそれとはまったく意味合いが違うということをである。
全員が呆ける中、ミリアリアだけが仕留めた獲物の大きさに小躍りしていた。
よしよし、向こうからお土産がやってきてくれるとは幸先がいい。
危険なイベントもこれくらい順調ならいいのにと、ミリアリアは適当な馬車の天井に仕留めたホーンベアを術で括り付けた。
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