悪役姫は閃く。
「本当に大丈夫ですか? ミリアリア様」
「大丈夫でしてよ、このくらいどうということはありませんわ!」
ベッドの中からミリアリアは元気に返事を返して大丈夫ですアピールした。
心配そうな顔でミリアリアを覗き込む侍女の顔はよく知っている。
ミリアリアの専属の侍女、メアリーはわがままなミリアリアに忠誠を誓う、とても良い侍女である。
この献身を日頃の感謝も含めてすぐにでも褒め讃えたいところではあったが、ミリアリアはちょっぴりベッドの中からメアリーの心配そうな顔を見ていると、ウズウズが収まらなかった。
身体はどういうわけかすこぶる元気で、ケガもないのはチェック済みなのだ。
となると、いつまでも病人でいるわけにもいかない。
ここはゲームの世界―――いや、自らの行きつく先が漠然と示された世界とでもいうべきか。
しかし待ち受けているのはハッピーエンドなどではなくこのまま自分が悪役として、ひどい目にあうエンディングである。
流石にそれはミリアリア的にも納得できるわけがない。
となれば運命に立ち向かうためにミリアリアには一分一秒とて無駄にできる時間はないはずである。
ここは作戦を変更して、元気アピールではなくちょっと弱々しく頭を押さえてみる。
「メアリー……やっぱりわたくしちょっと混乱しているみたいです。本当にありがとうね、少し一人にしてもらえるかしら?」
「ああ、ミリアリア様がお礼の言葉を口にするなんて。……おいたわしや。ゆっくりお休みください」
おや? あんがいおちょろい?
やっぱり頭が……などと呟いて、すさまじくかわいそうな目をして退出するメアリーにちょっと傷ついてしまいそうだけれども。
バタンと扉が閉じた瞬間、ベッドから飛び出てミリアリアは気合を入れて、実はちょっと混乱気味の記憶と知識を整理すべく日記帳を手に取った。
「さぁどうしましょう! やばいですわ!」
この「光姫のコンチェルト」というゲーム、甘いシナリオと思いの他しっかりしたRPGパートで人気を博した女性向けシリーズである。
そして元祖ミリアリアの記憶がその事実を肯定している以上、メタ的な要素を生かさない手はミリアリアにはなかった。
「考えようによってはまさに世界の真理ですわ。未来を予知できるようなものなんですもの」
ミリアリアはほくそ笑む。ちょっと極端なものの見方であるが、この世界が何を中心にして動いているか知っているような気分にミリアリアはなった。
「この世界は女性向け恋愛シミュレーションRPG……。つまり、このゲームの要点は、美形のキャラといちゃいちゃすること! これっきゃありませ―――いえ、待って。そうじゃありませんわ」
だがミリアリアはそう結論しかけて、危ういところで踏みとどまった。
恋愛が世界の真理……それはある意味では正しいだろう。
しかしそれは主人公と攻略対象の恋愛であってミリアリアの恋愛ではない。
ミリアリアは悪役のラスボスだ。
忘れてはいけないポイントである。
「むしろ……ひょっとすると。恋愛ってわたくしの地雷なんじゃありません?」
改めて記憶を確認すると我がことながらストーリー上のミリアリアは……それはもうがっかりな女だった。
現在のちびっ子ハートでは恋心なんてまだまだ分からなくても、これだけはわかる。
ありゃダメである。
「恋は盲目とか言っても、限度ってものがありますわよね……」
ミリアリアは我がことながらしょんぼりと肩を落として唇を尖らせた。
ノーマルなミリアリアとて赤子の時からラスボスってわけじゃない。
それまでは性格はともかく、第一王女の地位が保てるほどには優秀だったのだ。
そんなミリアリアがラスボスルートに入った瞬間があるとすれば、それは攻略対象達に恋をしたその瞬間だろう。
主人公と仲を深める攻略対象に恋心を抱き、嫉妬の炎を燃え上がらせた。
まぁ理由としては、自分の婚約者が恋慕したり、ひとめぼれだったり、主人公に対する対抗心だったりと様々だがおおよそそう言うことである。
最終的にたどり着いた姿がラスボスである。
攻略対象のパターンは数あれど、そのどれもが死という同じ道を進むというのだから頭が痛い。
恋をすればああなるのだというのなら、ミリアリアは一歩立ち止まって考えねばならなかった。
ミリアリアは腕を組んでうーんと唸り、考えた末に脳裏にふと閃きがあった。
恋愛パートは確かに重要だ。しかし……もう一つこのゲームには売りがあったはずだと。
「RPG……そうですわ! その手がありました!! 鍛えに鍛えたキャラで敵をなぎたおすこともまた重要な要素です! ならば強さを極めることもまた攻略のカギ! ましてやわたくしはラスボス……伸びしろは抜群ですわ!」
ミリアリアは自分の閃きに歓喜して身もだえする。
ミリアリア的に自分のビジュアルは抜群だと自負していたがそいつは罠だ。
恋愛はやべぇくらい向いていないこと間違いなし。しかし戦闘能力の将来性はすさまじい。
確か本来のミリアリアは、かつての魔王の悪霊に憑りつかれてしまった果てに力を発揮していた気がするけれどもアレだって潜在能力ありきに違いない。
「アレもアレでわたくしですわ。作中ペット枠の犬のチャッピーだって単騎裏ボス討伐していましたもの。わたくしがやってやれないことはありませんわ!」
主人公であるライラという少女の仲間だった犬のチャッピーは作中仲間に出来る癒し枠。
しかしやりこんで鍛えれば、裏ボスだって討伐できる頼もしい仲間だった。
まさか犬に出来て今の自分ができないってことはないはず。
今となっては、最悪の展開の中差し込む木漏れ日のような存在である。
「うん決めましたわ! わたくしこれからバトルジャンキーとして計画的に暴れるとしましょう!」
口に出してみてなんか違うかな? と思わなくはなかった。
だがこういうのは勢いである。方向としては間違ってないだろうとミリアリアは細かいことは気にしないことにした。
「ミリアリア様! どうしましたか!」
「……」
ベッドから飛び出して騒いでいたのを見つかったらしこたま叱られたけど、間違いではないはずである。
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