悪役姫は食べたいものを作る。
カラカラカラカラ……。
パン粉の揚がるとてもいい音がここちよい。
ミリアリアは突発的にキッチンを占領して料理に励んでいた。
襲撃、食材の摘発、権力を振りかざしての職場の占拠はコックたちを嘆かせる。
唯一そばでミリアリアを監視していたのはメアリーだった。
「お嬢様……そんなに油を使ってしまって。食べ物で遊んではいけませんよ?」
「ちゃうでございますわよ、おばかちん。わたくしは今日、揚げ物を食べねば死ぬのです」
「また妙なことをおっしゃらないでください。そもそもなぜ料理など? コックがまた泣きますよ?」
「残念ながら、豚肉を強奪して泣かせてしまったわ。あとでとんかつを食べさせてあげましょう」
「はぁ……しかし大丈夫なんですかそれ? すごい音がしてますが?」
「よくってよ。油も脂身から作った特製ですわ。おいしくない訳がありません」
メアリーの心配をよそに、ミリアリアは静かに耳を澄まし、その時を待った。
よし食べごろ!
ミリアリアは見切り、神業的タイミングでとんかつを取り出す。
最高のきつね色をしたカツはすさまじい存在感で皿の上に盛られていた。
キャベツとレモンを切ってそえ、ゴマたっぷりケチャップベースのなんちゃってトンカツソースを添えれば完成である。
「フッ。……また一つ素敵なものをこの世に生み出してしまいましたわ。ではいただきましょう!」
「これは……おいしそうですね。悔しいですが」
「でしょう?」
メアリーの侍女としての沽券を保つためにも、よだれが垂れる前に食事を始めなければなるまい。
熱いうちに食べないと、わざわざまずくして食べるなんてこの完成された芸術に対する冒とくである。
ミリアリアが厚いカツに、ざっくりと歯を立てると極上のブタの油が口いっぱいに広がった。
言葉にならない歓喜がミリアリアの体を身もだえさせた。
うまいうまいとじたばたするミリアリアに、メアリーもゴクリと喉を鳴らす。
「えーっと。……私も食べていいでしょうか?」
「あら? わたくしの作る料理はお遊びで、不安なのではなくて?」
「もう、意地悪ですよミリアリア様」
せっかく揚げ物をするのだ、もちろんメアリーのぶんも作ってあるとも。
メアリーは差し出された皿を嬉しそうに受け取って、ミリアリアの真似をしてレモンを絞る。
軽い触感に仕上がった衣にメアリーが歯をたてるとザックリと小気味の良い音が響き、メアリーの瞳が見開かれた。
「~~~こ、これは確かにおいしいですね」
「でしょう!」
うむうむやはり、このうまさは格別だろう。また一つ異世界人ノルマを果たしてしまった。
ミリアリアが満足感に満たされていたその時である。
この試作料理に何か建設的なことを言おうとしたらしいメアリーは首をかしげて言った。
「ええっと……でも私はこのすっぱい汁はいれない方がいいと思います。それに飾りの葉っぱは、ぱりぱりした皮が湿ってしまうのでいらないのではないですか?」
バチッ!
「何です!?」
「イエナンデモアリマセン……ケンセツテキナイケンアリガトウゴザイマスワ。ちょっと火花が散ってしまっただけです」
いけないいけないちょっと雷が暴発してしまった。
ほほー、そんなこと言っちゃうのかメアリー、世界が世界なら戦争が始まっちゃうよ?
それはともかくミリアリアはコックのトムに出来上がったカツを持っていくと更に泣かれてしまった、不思議と悲しそうではなかったが。
一体とんかつの何が彼の涙腺を刺激したのだろう? きっとマスタードの効きすぎだとミリアリアは思った。
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