悪役姫は筋肉に目覚める。
訓練場を更地にしたらしこたま怒られた。暴れること前提の施設だろうに解せぬ。
ミリアリアはしかし粉々になった窓ガラスで自分の部屋がどえらい惨状になったことで流石に反省した。
何事も派手にすればよいわけではないね。
というわけで気分転換と実益も兼ねた美容の話である。
旧ミリアリアは筋肉の膨れ上がった王女なんて美しくないなんて口にしていたがそれは甘すぎる。
そんなに簡単に見てわかるほどの筋肉なんてつかないし、それどころか衰えると不利益しかないのが筋肉であると今のミリアリアは知っていた。
「ふっふっふっふ……」
助言に従い自室で一生懸命腕立てと腹筋に精を出していると、カランとお盆の落ちる音でミリアリアは顔を上げた。
「メアリー……最近注意力散漫ですわよ? お盆だって安物じゃないのよ? もうボコボコじゃないの」
「いえ、なんというか……予想外の行動をしすぎなお嬢様も悪いと思います」
メアリーが何を言っているのか一瞬わからなかったが、筋トレを指しているんだと気が付いて、ミリアリアは頬を膨らませた。
「何を言うの? 腕立てくらい乙女の嗜みでしょう? 自室で何をしようが咎められる理由はなくってよ」
「……ダイエットでしょうか? お嬢様には必要ないと思うのですが?」
「ううん。筋トレよ。腕力が欲しくて鍛えているのですわ」
「……はい? なんでそのようなことを? 剣術のお稽古を増やしたとも聞いていますし。どうしたのです? 突然筋肉に目覚めてしまわれたのですか?」
「目覚めたと言えば目覚めましたわ。最低限はあって困る物でもないでしょう? 後になって弛んだ脂肪に頭を悩ませるのは御免なのです。インナーマッスルが大事なのです」
「うぅ……耳が痛いことをおっしゃる」
「それにね? これは必要なことなのですよメアリー。協力お願いしますね? わたくしに鳥の胸肉を食べさせなさい。ノンオイルのお魚でもよくってよ? 高タンパクを心がけるのです。さすれば美しい肉体は自ずとついてくるのですメアリー」
「よ、よくわかりませんが、シェフには鶏料理を増やすように言っておきます。そして私も食べてみます!」
おやおや、どうやらまた一人筋肉に目覚めさせてしまったようだとミリアリアは腕立てのペースを速めた。
筋肉こそパワー。それなりに下地というやつは必要である。
おおそうだ、せっかくだから鉄球も浮遊で持ち上げてみよう。そっちの方が目的には近いはずだ。
さてどこか残念なやり取りの後はいたって真面目な特訓である。
地味な訓練のすべては、そろそろ本格化するレベル上げの前段階だった。
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