悪役姫は原点に立ち返る。
「ふぅ。さてこれで一件落着……とはいかないですわよね」
ざわざわと何が起こっているのかわかっていない周囲の混乱の中でミリアリアは、重い腰を上げた。
このままテレポートでも使って逃げた方が絶対いい。
そう思いながらも、まだここにいるのは、盛大にちゃぶ台をひっくり返した気まずさと、1ファンとしての矜持ゆえだった。
「まだ何かするつもりか?」
そんな様子に気が付いたダークに見とがめられたが、それも仕方ないと今は思えた。
「この惨状を見なさいな。放っておくのもばつが悪いでしょう?」
「いいんじゃないか? もうほっとこう」
「まぁまぁ」
ダークはため息を吐く。
それにミリアリア的にはこのまま放置するにはどうしても一つだけ、強烈な心残りが後ろ髪を引いているのだ。
ちらりと、ミリアリアはこちらに走って来るライラを見る。
そう、このリカバリーの難しい局面を少しばかり改善していかなければ何も始まらない。
ならばほんの少しだけ悪役姫に出来ることはあるはずだった。
「じゃあダーク、チャッピー? わたくしに合わせてくれるかしら?」
「なに?」
「お姉様!」
ミリアリアは走り寄るライラの腕を取り、力強く引き寄せた。
「キャ! お、お姉様?」
「大人しくなさいライラ。貴女は今から人質ですわ」
「え?」
戸惑うライラを腕に抱き、ミリアリアはニヒルに笑みを浮かべると、先ほどの魔王など比べ物にならないほどの精霊力をオーラとなして、まき散らした。
体から吹き出し、闇の柱にも見えるそれは誰の目にも見える目印となることだろう。
十分に民衆の目を引きつけ、ミリアリアは声を張る。
「聞きなさいお前達! もはや我が脅威はこの国には存在しませんわ! クリスタニア女王は破れ、謎の魔王はこの通り、そして―――現女王は我が掌中にある!」
ミリアリアは左手で持った扇を天にかざすと、黒々とした雷雲が現れる。
「つまり―――わたくしの天下ですわ!」
カカッと雷光が天を照らし、雷鳴が大地を揺らした。
そう、もうミリアリアは腹を決めた。
どうせ消えるのなら悪感情だけは全部貰ってゆく。
本来の役割通り、光差す道を作るため、夜明け前の闇になってやる。
なに、原作よりやることは簡単だった。
「逆らえるものならばかかっていらっしゃい! すべて返り討ちにしてあげますわ!」
ミリアリアはパチリとウインクしてダークに合図。
ダークは信じられねぇと言う視線を向けた後、特大のため息を吐いて消え、他の仲間達をなぜか召還した。
「え? なんですかこれ? 何が起こったんです?」
影からぬるりと召喚されたのは我が腹心の侍女だった。
ダークはメアリーの陰に飛び込み、十分に注目を集めたところでメアリーの下から黄金の獅子と、巨大な鎧を出現させた。
ああなるほど、一人で巻き込まれるのが嫌だったわけですわね。
そこにチャッピーが加わって、ミリアリア陣営のフルメンバー勢ぞろいである。
混乱しまくっているお城の人々に、まずはしっかりと現状を理解させねばなるまい。
「チャッピー。パワーハウルよろしくて?」
「キャン!」
チャッピーは小柄な体で前に出た。
何だこれ? という視線を一身に浴びたチャッピーは、豹変して牙を剥く。
「――――!!!!!」
その咆哮はまさに魔王に魔獣と恐れられた迫力だった。
戦闘職も混ざっているギャラリーは一瞬で体がすくみ、その場にガクリと膝を落とす。
そんな彼らを見下ろすのは闇の女王というわけである。
作戦はこうだ。
ミリアリアの有り余る悪役力を利用して、無理やり勧善懲悪のストーリーを再構築する。
ライラが悪役ポジションに居たから強行できなかったが、ライラが解放された今だからこそ出来る。
あふれ出る主人公力によって、元の流れに戻ろうとする修正力が唸るはずである。
任せておきなさい。多少の粗はパワーで補う!
ミリアリアは己の悪役力を全開にした。
ズンとその場の空気が物理的に震える。
こんなことまでできるようになった、悪役系第一王女の力をとくと見せてやろう。
「闇の時代の到来ですわ――――さぁ、跪きなさい」
ミリアリアは、ライラを掴む腕に力を込めた。
そしてこうしてヒロインであるライラが分かりやすくピンチなら、ヒーロー共は黙ってはいられまい。
「ふん、怖かろうですわ。さぁ助けを呼ぶのですライラ……そうすれば」
とはいえ、ここで盛り上げるためにヒロインから一声くらい欲しい。
ほんの少し締め付ける腕から力を抜くと、ライラは赤い顔で何ごとか呟いていた。
「はひ! フヒヒ……手が」
「……ん? 何か言いましたか?」
「何も言ってません!」
なんだか今ライラがヒロインらしからぬ表情を浮かべていた気がしたのだけれど気のせいか?
ミリアリアは気を取りなおして、ヒーローの到着を待った。
来るべき時にやってくること、それがヒーローの条件というものだろう。
それすら満たせぬようでは妹はやれぬ。
ミリアリアは、まず大声で叫んでいる誰かの方へ視線を向けた。
「うおおおおお! さすがミリアリア様だ! だれも成し遂げられないようなことを平然とやってのける! 憧れるぜ!」
見たことのある赤毛が、洗脳から解放されてモブっぽいことを言っていた。
いやちょっと頑張ったわたくしの迫真の悪役っぷりをよく見なさい。話をよく聞くのです。
チャッピーの威圧に耐えて、空気を読まないことを叫んでいられることは評価するけど、アレはもうだめだ。
きっとライラの好感度が足りなかったんだなと、ミリアリアは憐憫の視線を向けておいた。
他に誰かいないか?
ミリアリアは少しだけ慌てて周囲に視線を巡らせる。
ただそこで見つけたのは、四つん這いで何か探している、水色髪のイケメンだった。
「メガネメガネ……」
「……」
メガネを取ったシリウスの顔は想像を絶する美少年のはずなのに、その目はなぜか3に見えた。
どうやらどさくさで無くしてしまった、メガネを探しているらしい。
正直すまんかったが、この局面でメガネを無くすのはどうかと思う。
いや、無くしたとしてもメガネがないままでも、こちらを睨んでくれればそれでよかったはずなのだ。
きっとライラの好感度が低かったんだろうなと、厚いフラグ未成立の壁にミリアリアは落胆した。
まぁわかっていた。
久しぶりに顔を合わせた時に無事イケメンに育ってはいたのに、二人同時に相手をした時点で、かませ臭いなとちょっと思っていたよ。
しかし―――ミリアリアには秘策があった。
こういう時のために打った手はヒーローだからこそ、劇的な薬として機能してくれるとミリアリアは信じていた。
「待て!」
そんな叫びが聞こえたことでミリアリアは勝ちを確信した。
「誰ですの!?」
わかっているが、あえて腕を振りかざし、オーバーアクション気味に答えてみる。
スラリと伸びた長い脚。
そして遠目からでも際立つ輝かんばかりのルックス。
更に白を基調とした、王子様を意識したその衣裳を見間違えるわけがない。
ジャストタイミングですわね……ヒーロー!
颯爽と現れた、ミリアリア渾身の仕掛けは、この世界のナンバーワンヒーロー。
ベストオブプリンスエドワードである。
しかも、ミリアリアの魔改造の結果、無駄な脂肪が一切消滅したパーフェクトプリンス形態とくれば、もはや死角はない。
前の二人に資格がなければわずかばかりにフラグが立っているのはエドワードと見た。
険しい表情で颯爽と現れたエドワードは真っすぐこちらに向かって来た。
そんな彼にミリアリアは不敵な笑みを浮かべて用意していたキメ台詞を披露した。
「よく来てくださいましたわねエドワード!……さぁライラの―――」
「ライラ! 何を企んでいるか知らないが、ミリアリア様から離れるんだ!」
「……なんですって?」
かぶせ気味にミリアリアのキメ台詞は打ち消された。