悪役姫はフェスを開催する。
「うん! 中々かわいいですわね!」
「な! なんなんだこいつは!」
「何を言うんです、お嬢様にひつじは必要でしょう?」
動揺する魔王の言葉を、待っていたとミリアリアは高笑いした。
「ホーッホッホッホッホッ! 彼らはいわゆる助っ人ですわ! わたくしが形を与えた依り代に、どことも知れない場所にいる誰かさんの意識を掬い取った者……彼らはわたくし達より高い次元に住んでいる、とてもお強い方々ですわ!」
「な、何を言ってる?」
「言葉で言っても伝わるものではないでしょう? 彼らから直接教えてもらいなさいな」
「おい……おいおいおい!」
理解できる説明ではないことを、ミリアリアだってわかっている。
しかしこの場合、魔王にとって大切な情報はそんなに多くはないだろう。
例えば、「彼」ではなく「彼ら」である事なんてどうだろうか?
数の情報はきっとこれから起こることで魔王が負うダメージに直結するのではないだろうか?
ポコポコとそれこそ泡のように、影に鉄球が沈んだ分だけ黒い球体は浮かび上がってくる。
「メー」
「メー」
「メー」
「……ッッッ!」
見渡す限りプリティな羊の群れを見て、ご機嫌のミリアリアはくるりとその場で回転し、頭を下げて挨拶した。
今日初めて実体を得たお客さま方には最大の礼を尽くすべきだった。
「ごきげんよう皆様がた? わたくしが言いたいことはただ一つ―――敵を倒してスッキリしていきませんこと?」
そしてミリアリアは敵を指し示す。
羊達はミリアリアの指さした方向に一斉にクリッとした視線を向けた。
一人一人が強大な精霊力を持つ異世界からのゲスト、その一斉攻撃が始まる。
「ディープラバースフェス。~ひつじ達の宴~開演ですわ!」
「「「「メー!」」」」」
そして号令に合わせ、楽し気に一声鳴いた羊達の口が一斉にまばゆく輝いた。
「ギヤアアアアア!」
羊の鳴き声と共に放たれる光線と、短い手足のパンチとキックでぼっこぼこにされる巨大な鎧を観察して、ミリアリアは恍惚としたため息を吐いた。
なぜか仲間たちが、恐ろしいものを見るように羊達の猛攻を見ていたが、実際羊達一匹一匹はミリアリアから見ても大した強さなのは間違いなかった。
「ねぇダーク? なんであの羊たちは、口からビームが出るのかしら?」
「……それを尋ねるのか? いや、お前が知らなきゃ誰もわからんだろう?」
「そんなこと言われても知っているけど知らないような……妙な感覚ですのよ? でも彼らは私達の世界よりも一個高いところからこちらを覗いているんですわ」
「なんだそれは? 神か何かなのか?」
「いえ、そうではなく……こちらが3次元だとしたら4次元というか……いえ、こちらが2次元だとしたら、向こうが3次元というか……みたいな感じですわ。説明するのが難しいですけど、一般の方ですわよ」
「よくわからん」
「ねー」
自分で言っててなんだが、ミリアリアだって言語化するのはとても難しい感覚のお話である。
ただこの光景を見れば誰にでもわかるのは、異世界の人々はとても強いということだった。
無数の精霊砲撃とも言うべき砲火にさらされて、膝をつく魔王はもはや限界で巨大な体をカタカタと震わせていた。
「ばっ……かな! これだけの力を手にして、なぜ勝てない!」
しかし追い詰められて出てきた疑問をミリアリアは愚問としか思えなかった。
「なぜ? まだわかりませんの? 貴方が切り札にしているものはわたくしの用意したもの……そんなもの、脅威でも何でもありませんわ」
「な、なんだと?」
「すべてはわたくしの手のひらの上。……まぁ、悪女ってそう言うものですわよね?」
「認められるかこの小娘が! 我が……我こそが最強なのだ!」
追い詰められて、圧倒的な差を見せつけてなお、魔王の敵意は揺るがない。
そしてさすがと言うか、完全に予定通りには終わらなかった。
ひび割れたその体からあふれ出る精霊力は、減るどころか増しているようにも見えたのだ。
「なんですのこの力……やっぱり強すぎますわね」
「いや……アレは……まさか!」
しかし中にいたものが溢れてくれば、さすがにミリアリア達もその正体に見当はついた。
そしてダークは特に、その力に覚えがあるらしい。
魔王の憑りつく以前から鎧に潜んでいたモノは、魔王が中に入ることで意識を得たのか。
感じる力があまりにも強すぎるとは思っていたが、その正体は今まで出会った中でも最強の存在が、裏に控えていたということか。
ミリアリアは目を細め、かつての強敵を前に眉を顰める。
「「積み重ねし慙愧」……なるほど。そりゃあ強いし、相性もよさそうですわ」