悪役姫はひつじを雇う。
「今まで人質をとられたり、城の中だったり……こう、まどろっこしいったらありませんでしたわよね?」
「そ、そうか?」
「そうですわ。ところがどっこい、アドバンテージを何もかも無くした雑魚が、少しだけ歯ごたえまでつけて倒してくれと叫んでいる……まるでディナーの様ではなくって?」
「いや、叫んじゃないと思うがな? ちょっといったん止まらないか?」
「なんで止めるんです?」
「ここで止めなきゃマズイ流れな気がした」
「そんなことありませんわ。むしろ国の危機をさくっと救う神展開ですわ!」
「どーだろーなぁ」
そんな、今から景気よく行こうというのにつれない相棒である。
まぁ、つれないダークは放っておいて、ミリアリアはカッと踵を鳴らして、まっすぐ魔王相手に向かってゆく。
その歩みは決して速くはない。
しかし魔王は近づくミリアリアを前にして、ほんの少したじろいだ。
「あら? たじろぎますの?」
「そんなことはない!」
「なら、堂々となさいませ。残念ながらイベント展開上、仕方なく勝ちイベなんて救済……ここではありませんわよ?」
「わけのわからぬことを! ……返り討ちにしてくれるわ!」
吼えた魔王の波動が迸り、突風が周囲を破壊する。
コロコロ転がっていく騎士達を横目にミリアリアは涼しい顔で行動を開始した。
そんな吼え方では全然足りない。これは手本が必要だった。
「チャッピー! まずはアイツの動きを止めるんですわ!」
「きゃん!」
チャッピーは駆け出し、魔王の前に立ちふさがる。
そして一声吼えた。
「―――!」
「!!!」
チャッピーの得意技パワーハウル。
ダメージはないが力の込められた咆哮で、相手の動きを一定時間止める技だ。
止めていられるのはわずかな時間だが、戦闘ではこの時間が実に役立つ。
「ダーク! 周りの城が邪魔ですわ! もう少し広げてくださるかしら?」
「わかった……任せておけ!」
腹をくくったらしいダークは術を解き放つ。
それは周囲の被害を抑えるためにダークが作った術だった。
何でこんな術が必要だったのかと言えば……それはミリアリアの名誉のために伏せよう。
「虚無よ―――仮初の世界で塗りつぶせ……ふんぬ!」
空間をダークは両腕を突っ込んで左右に割いた。
するとダークを中心に空間が割れて、押し広げられる。
気が付けばミリアリア達の立つ場所は城ではなく、ただの地面になっていて、障害物はガレキも含めて何もなくなった。
「なぁ!」
流石に驚愕している魔王はこの状況を想定してはいなかったようだ。
だがそうだと言うのならもはや魔王に勝ち目はない。
精霊術とは自由なもの。
闇属性の先達たる魔王ともあろうものが、それを忘れて驚いていては底が知れるというものだった。
「いい感じですわ……ならばわたくしもきっちり決めるとしましょう」
ミリアリアは魔王を前にして扇をパンと広げた。
ようやくパワーハウルの硬直から回復した魔王はミリアリアを前に叫んだ。
「ミリアリア!」
魔王の両腕に闇色の光が灯る。
そこだけぽっかりと穴が開いたように漆黒のそれは魔王の頭の上で膨れ上がっていた。
おそらくは闇の精霊術、アンクラシアが来る。
しかもただの一撃ではなさそうだ。
流石は闇の精霊術師の元祖というべきか、パラメーターさえ補えば実にらしいことをしてくれると、ミリアリアは感心した。
「ならばこちらも、教わったばかりの秘技を披露するとしましょうか?」
さっと扇を振るったミリアリアの頭上からキャリーバッグがテレポートして呼び出された。
そしてバッグを全開にして、ぐるりと一周振り回すと、飛び出した数百の鉄球が重い音を立てて地面に落下した。
その光景は奇妙に映ったのか、魔王も思わず声を漏らす。
「な、なんだ? 鉄球?」
「気を抜かない方がいいですわよ? でなければ、マジで一瞬ですわ」
「何を馬鹿なことを……ならば魔王の絶技を前にして、真の絶望を知るがいい!」
魔王の作るアンクラシアはすでに凝縮し、解き放たれる時を待っている。
あんなレベルの精霊術が解き放たれれば、王都くらいは綺麗さっぱり消えてなくなるかもしれない。
「フー……」
だがミリアリアは、構わず精神を研ぎ澄ます。
語り掛けるのは自分の中にある数多の意識達。
自らの意識をほんの少しだけいつもより開放して、パスを繋げた。
するとミリアリアの足元の影がものすごい速度で円形に広がり、そして地面に落ちた鉄球はすべて、中に沈んでいった。
「さようならだ!」
魔王の叫びに、ミリアリアは微笑み―――そして号令代わりに、扇を振りかざした。
「では今度はわたくしが、闇属性の真髄を見せてあげますわ!」
広く。広く。伸びた真っ黒な影から、ポコリと漆黒の泡が空中に浮かび上がった。
泡の一つはミリアリアを守るように前に出ると、鉄球が闇を纏ってモコモコと膨れ、一声鳴いた。
「メー」
「は?」
ミリアリアが形を与えたモノ。それはデフォルメされた黒い羊のようだった。
蝶ネクタイをした、枕にしたらちょうどよさそうな丸い羊が口を開くと、迫るアンクラシアが炸裂する前に喰らいついていた。
「は?」
黒い羊が闇を吸い尽くすまで、ほんの数秒である。
「ゲプ」
炸裂するはずだった精霊術はもしゃもしゃと咀嚼され、気が付けば完全に消失していた。