悪役姫は吹っ切れる。
城を破壊され、今にも暴れ出しそうな魔王は大きな問題だった。
しかも根本の原因がミリアリアにあると知られたら……とてもとてもまずい。というか気まずい。
そんな結論がミリアリアの脳裏に過った。
「はわわわわ……せっかく回避した処刑ルートまっしぐらですわ!」
「落ち着け。大丈夫だ。今のお前ならギロチンの刃だって砕けるさ」
「……そう言う問題ですの? まぁそういう問題かもしれませんわね」
ついミリアリアの本能で青ざめてしまったミリアリアだったがすでに通り過ぎたはずのイベントの再発など御免こうむりたいところである。
ただ、隠しようもない罪の証は、城を踏みつけにして相変わらずの高笑いだった。
「はっはっはっは! 力が溢れるな!」
ドラゴンよりも巨大な鎧が、城を破壊する様はあまりファンタジーの絵面ではないなと笑いが込み上げて来たミリアリアである。
周りに沢山人もいるしどうしようかなとミリアリアが首をかしげていると、その時か細い声が聞こえて。
ミリアリアはこっちの方が死神の鎌を首筋に押し当てられたような気がした。
「お姉様……」
「ラ、ライラ?」
聞き覚えのある声にミリアリアは恐る恐る振り返る。
そこには意識を取り戻したライラの姿があって、思わずミリアリアはビクッとした。
でもそんなこと認めない。だからミリアリアは最高の笑顔で喜びを表現した。
「ライラ! 目を覚ましたんですわね!」
一方、魔王の支配から解放されたらしいライラは頭を押さえて痛みを堪えているようだった。
「ええ……でもいったいこれは? あんなものが城の地下にあったなんて……」
おや? アレをご存じない?
ミリアリアは少し考えて、それが当たり前のことだと思い出した。
だって地下のダンジョンの扉はずっと閉ざされていたのだ。
最後に開いたのはきっと、封印された頃だろう。
そしてダンジョンの中に何が眠っているかなんて知っている人間は、とうの昔に墓の中にいなければおかしいくらいの年月が経っている。
正確に知っているのはミリアリアと、ダーク。そして鎧を見て真相にたどり着きそうなのは、職人のアーノルドと、メイドのメアリーくらいのものか。
ミリアリアは、内心ドキドキしていた動悸の種類が変わるのを自覚した。
「そ、そうですわね。きっと何らかの古代アイテムとかそんなのに違いありませんわ?」
「そうなんですね! さすがはお姉様です!」
「……よくってよ!」
これはいけそうだ。
ニヤリとミリアリアは微笑んで。邪悪な笑みを扇で隠した。
ライラの目から純粋な尊敬を感じて心が痛いけれど、扇はすべてを覆い隠してくれる。
ただまさしくヒロインにしか許されないその澄んだ視線は、しかしミリアリアに一つの真理をもたらした。
これはヒロインさえいれば、案外何とかなるかもしれない。それがどんな危機的状況でもだ。
何でこんな簡単なことに気が付かなかったんだろうとミリアリアは肩の荷がすっと下りた心地だった。
まったくヒロインというのは、話を進める天才である。
ミリアリアがライラをじっと見つめると、さっと目を逸らすあたり、まだまだミリアリアの悪役っぷりも捨てたものではないようだった。
「どうした? さっきから顔を赤くしたり青くしたり。このまま逃げてもいいんじゃないか?」
そんな情けないことを言う闇の精霊神に、ミリアリアはパンと扇を広げて答えた。
「愚問ですわ。このミリアリアが、敵を前にして逃げる? 馬鹿をいうものではありませんわ!」
「そうか」
「アレに立ち向かわれるのですか! いくらミリアリアお姉様でも無理です!」
悲痛な叫びを上げるライラに、ミリアリアはツカツカと歩み寄ると、扇をライラの顎に当てクイッと上げた。
「ライラ。……そんな風に声を荒げるものではないわ。せっかくの美人が台無しですわ」
「ひゃ……ひゃい! お、お姉様……」
「女王たるもの常に堂々としていなさいな。大丈夫……何も恐れることなんてないのだから」
今後の展開は、ヒロインに対する立ち回り次第。つまりアドリブがモノを言う。
ならばこれ以上ボロが出る前に、早々に方をつけるのが最善策と見た。
事態が沈静化して、鍛冶師のアーノルド辺りに問い合わせが行けば、まぁ、断片的な情報でも洩れるだろうが、その時までに国から消えていれば、何の問題もない。
少なくとも安全に逃げられるまでの時間は稼ぎたい。
ミリアリアはさっと手を上げ率先して前に進み出ると、腕を組んで堂々と言い放った。
「アレが何であろうとも……この国の平和を乱すものは見逃すわけにはいきませんわ!」
扇をバシッと振りかざし、ミリアリアは宣言する。
あまりにも堂々としすぎて、ミリアリアの声はよく通る。
誰もが振り向き、そして魔王ですらミリアリアを睨んで視線が集まった。
「ここは任せて逃げなさい! このわたくし! ミリアリア=ハミングが! この化け物を退治して見せますわ!」
「ミリアリア様?」
「ミリアリア様!」
ざわざわとミリアリアの名前が囁かれているのが聞こえてくる。
おそらくはあの体を手に入れて、洗脳の必要なしと判断したのだろう。
そして―――おそらくは余計なことに力を使わないという意味もあるか。
振り向いた魔王は、鎧の下から見える闇から純度の高い殺気を、ミリアリアにぶつけてきた。
「やはり立ちはだかるか……ミリアリア。だが、もはや我が力は人知の及ぶものではないぞ?」
「ふぅ……これだから拾った力でいきり散らす輩はこまり物ですわね。おでこでお茶が沸きますわ」
「ふん。口の減らないガキだ。ならば止めてみるがいい―――やれるものならな!」
黒いオーラが魔王の周囲で渦を巻き、まるで邪悪の化身の様だ。
わたくしのお小遣いで構成されているくせに生意気である。
そして、今まで溜まっていたうっぷんも併せてミリアリアは笑みを零し、誰にも聞こえないようにポツリとこぼす。
「フフフ……考えてみれば……この状況、最高じゃありません?」
「……え?」
声を上げたのは、傍らのダークだ。
吹っ切れたことが伝わったか、ならばこれから何をするかダークにもわかったに違いない。
流石は相棒。ならばあとは任せて何の問題もないはずである。
だってそうでしょう?
守るべきものはすべて解放され、周囲はガレキだ。
目の前にはいかにも倒してくれと立っている悪の化身ただ一人。
ミリアリアもそろそろ回りに気を遣うのにストレスを感じて来たところだった。
「つまり……今この場に必要なのは純然たるパワーのみ―――カチカクですわ」
「……っ!」
ミリアリアは遠慮なくいくことにした。