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悪役姫は自重しない。

 まぁお家に帰っただけなんですけどね!


 目標を達成したミリアリアはすぐさま迷宮から帰宅した。


 一回帰らないとボスはリポップしないからしかたがない。


 ミリアリアはまだまだ貧弱な自分が、あのヤベー迷宮で生き残れるとは思っていなかった。


 しばらくコソコソする日々が続くのは確定である。


 しかしいったい自分がどんなことになっているのか確かめない訳にはいかない―――というわけで。


「ホーッホッホッホッホッ! さぁ! 精霊術のレッスンを始めましょうか!」


「……そうですなミリアリア様。では初歩の練習から始めましょう」


「よくってよ!」


 パンとミリアリアが勢いよく開いた鉄扇がギラリと輝く。


 ちっこくて、非力な手では開くだけでも難しかったはずのそれをたやすく開閉するこの快感が最高だとミリアリアは頬を緩ませた。


 さてレッスンである。


 まだまだよちよち歩きの未熟な精霊術師の授業は、基礎の反復が主な内容だ。


 属性に合った基本的な精霊術を覚えたら、きちんと使えるように毎日頑張るわけだ。


 そして初歩とは属性以外の術をさす。


 物を浮かせたり、身体能力を上げたりなんてものがそうだが、全ては体内をめぐる精霊術を自在に操ることで行える、いわば筋トレのようなものだった。


 本来であればミリアリアとて、まだ女児である。


 物を浮かそうと思えば腕力程度を数秒維持するのが限界。


 身体強化に至っては、万一にでも筋肉が付くのが嫌だからとほとんど試したこともない。


 しかし、そんなものはすでに過去の話だった。


 ちょっと見栄を張って恥ずかしさをごまかすミリアリアはダンジョンで消えたのだ。


「ではこのレンガを持ち上げて維持してください」


「わかりましたわ」


 ミリアリアは精霊術の教師であるホイピン先生の指示に頷き、鉄扇をレンガに向かって振り下ろす。


 そして浮遊を念じた。


 するとレンガは軽々と浮かび上がって2メートル上空で止まった。


 ミリアリアはにやりと笑い、鉄扇で口元を隠した。


 ホイピン先生は大喜びだ。


「おお! 素晴らしいです! ここまで安定した浮遊を使いこなすとは!」


「よくってよ。この程度は造作もありませんわ!」


 謙遜などせずミリアリアは当然だと胸を張った。


 この程度、今の精霊力なら一分二分どころか何時間だって維持できる。


 ワイトエンペラーを倒した今のレベルは軽く30を超えているだろう。


 この数値は城の騎士とてそうはいない、歴戦の猛者レベルのやばい数値だった。


 たしかエンディングまでの推奨レベルが50ほどと考えると、中盤程度は戦えることになる。


 しかしこの基礎魔法の授業を怠る理由はミリアリアには全くなかった。


 むしろこの基礎こそが今後の生命線だと考えていたほどである。


「先生。わたくし特に浮遊は頑張りたいと思っていますのよ? どうやったら持てる重量を底上げできるか教えてくださらないかしら?」


「おお、それは素晴らしい。基礎はしっかりと身に着けておいて損はありません。ここをおろそかにしなければよい精霊術師に……」


「いえ、いい精霊術師が何たるかとかではなく。具体的にはパワーの上げ方です。持ち上げられる重量を多くしたいのですわ、それに安定感や正確さも」


「ほ? ……そうですね。日々精霊術を操る訓練を欠かさぬことです。自在に操るには自分でコツを掴むしかありませんので。あとは……根拠は乏しいですが、体を鍛えるといいかもしれませんね。浮遊の限界はよく腕力で例えられます」


「ぬー……そうですか。そっちもほどほどに頑張りますわ」


 なんとなく地道にやるしかないことはわかっていたが、実際言われるとため息もでる。


 もちろん精霊術を重点に鍛えはするが、腕立てくらいは頑張ってみるかと、ため息交じりにミリアリアは決意した。


「そのまましばらく維持してみましょう。いいですか? 精霊術の力の根源は「念」だと言われています。魂の最も根源的な部分より生じる、大いなる力の源です。精霊術師は「念」を引き出し、精霊力となして術を行使します。鍛えればより強い念を引き出し、強大な精霊術を使いこなせるでしょう」


 ホイピン先生のレッスンは毎回このようなものだ。


 基礎訓練をしながら、念仏のように精霊術の教えを説く。


 元のミリアリアは、このレッスンを蛇蝎のごとく嫌っていた。


 しかし今のミリアリアは少し違う。


 今まで聞き逃していたところに、更なる可能性が眠っているのではないかと、割と必死で聞いていた。


 その調子で浮遊を10分ほど維持していると、ホイピン先生がパンと手を叩きミリアリアはゆっくりレンガを地面に下ろした。


「素晴らしい! さすがはミリアリア様! ずいぶん上達なされていますよ!」


「当然ですわ!」


 ちょっと涙ぐみながら強めに拍手が飛んでくるのは日々の積み重ねがひどかったからか?


 ちょっくら反省せねばとミリアリアはちょっぴり精神的に大人になった。


 そしてお待ちかねのイベントはいつも通りなら、まさにこの後すぐだった。


「では―――最後に属性術をやってみてください」


「待っていましたわ!?」


「ひゃい!?」


 おっと、勢いが付きすぎてホイピン先生が驚いておられる。


 ミリアリア反省である。淑女としても今のはさすがに品がなかった。


 コホンと咳払いをして仕切り直しミリアリアは落ち着きを取り戻すと、鉄扇で口元を覆って頷いた。


「失礼。わかりましたわ。実は今日は新しく習得した術をお披露目したいのですがよろしくて?」


「新しく習得した術ですか? ええ、それはぜひお見せいただきたいですね」


「よくってよ!」


 ミリアリアはくるりと精霊術用の的に身体を向けて両足を軽く開いて構えた。


 手を前に突き出し、深く精神統一する。


 使ってみるのはあのピリリとしょぼい新属性の雷だ。


 レベルが上がったことでミリアリアは雷属性の新しい精霊術を習得した。


 ゴロア ゴロンド ゴロアドン


 精霊術はおおよそ三つの段階にわかれていて、その威力に応じて名前が異なる。


 試すのは最大威力。落ち着いて撃てるのだからゴロアドンを使ってみるとしよう。


「ふぅ……」


 「念」とはゲーム的に言ってしまえばMPとかSPとか言われるものに近い。


 これを燃料に精霊力……つまりINT、かしこさ、魔法攻撃力とか言われるものに応じて術の威力が決定する。


 ミリアリアは、爆発的に高まった念を的に向かって導いて行く。


 パリッと周囲の空気が帯電し、周囲では燐光を帯びた小石が浮き上がっていた。


 その時点で、ホイピン先生が狼狽え始めた。


「あの、……ミリアリア様? ミリアリア様??」


「―――」


 だが初めて使う術中にそんな言葉が聞けるわけもない。


 だんだんと周囲の音さえ聞こえなくなってきて、集中力が極限に研ぎ澄まされた瞬間、精霊の言葉が口から紡がれる。


「轟きたまえ―――天の雷よ! ゴロアドン!!!」


 青く抜けた空に雷雲が渦を巻き、天から撃ち出された閃光が空を切り裂いた。


 着弾点はもちろんミリアリアの住む離宮、その訓練場である。


 キュゴッっと音が聞こえたかと思ったら、爆発。


 離宮そのものが震え、窓という窓が衝撃波で弾け飛ぶ。


 白く霞む視界は最初、目がつぶれたかとミリアリアは思った。


 砂塵が巻き上がる中、キーンという高い音と共に視覚と聴覚が戻って来る。


 そこでミリアリアが見たのは、申し訳程度にさしてあった的が消えてなくなった更地と、腰を抜かしてへたり込むホイピン先生の悲鳴だった。


「ひぃぃ!」


 おやおやこれはひどい。離宮が城の敷地の中でも端の方でよかったなって感じである。


 しかし成果は上々だった。


 狼狽えてもよかったがかっこ悪いのでミリアリアは冷や汗を無理やり引っ込める。


 そして腕を組んで言ってやった。


「ゲホゲホッ……ヒョーッホッホホ! おやおや。手加減したつもりでしたが、少々やりすぎてしまったかしら?」


 いやまぁ自分でも心底度肝は抜かれていたけれど。笑い方もちょっと外したし。


 ミリアリアの記憶も、こう「少しは自重しろ!」とでも訴えているようだったがいやいや、自重なんてどうなのか?


 こんな見世物、自慢してなんぼだと思うのだが。


 ミリアリアは鉄扇で引きつる口元を隠して、得意げな笑い声をただただ響かせるのだった。


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