魔王様魔獣と再会する。
それは最強生物誕生の瞬間だった。
「はぁ……はぁ……まさかあんな化け物だったとは……クソ! ミリアリア! ミリアリアめ!」
魔王はただ目の前に現れた化け物から逃れるために、城内を進んでいた。
目指す場所は、クリスタニア女王が封印されている地下だ。
重大な問題はあったが、逆転の一手を求めて魔王はその場所にやって来た。
「くそ……クリスタニアを人質とすればどうにかなるのか? しかしどうやって……。光の精霊神の結界をすぐに突破はできない。それに……」
魔王が目的の場所に到着すると、さっそく彼を出迎えたのは一匹の獣の鳴き声だ。
忘れもしない濃厚な魔の気配。
その小柄な体に似合わない、圧倒的なプレッシャーを前にすれば、竜すらトカゲに成り下がるだろう。
どうやってこの化け物が生まれてしまったのかはわからない。
しかし生み出した者が仮にいたとするなら、世界を滅ぼしかねない狂人に違いなかった。
「きゃん!」
「ヒィ!」
思わずビクリと震える。
甲高い咆哮は、あの魔獣がそばにいる証だ。
敗北の記憶が、魔王の体を完全に支配して強張った。
ヘッヘッヘッと舌を出しながら、いたぶる様にこちらを見ている獣は、片時もこちらから目を放さない。
魔王は憎々し気に一見すると小型犬にしか見えない相手を睨みつけた。
「ええい……かわいこぶりおって! 貴様の恐ろしさは知っているぞ!」
「グルルルルルル!」
「ヒィ!」
こっちは霊体だと言うのに、あの魔獣は魔王の姿を確実に捉えていた。
その上地下広間にたどり着いた魔王は、最悪の光景に目を向いた。
「ク、クリスタニアが解放されているだと! なぜこんなことになっている!」
光の精霊神によって張られた強固な結晶は砕けて、クリスタニアが解放されていた。
しかもあれだけ凶悪に仕込んだ呪いの術も、綺麗さっぱり消えている。
それをやったのはおそらくあの化け物ではない。
「……なんということだ」
クリスタニアの傍らには、しゃがみ込んでいる侍女の服を着た女がいた。
大して強くもなさそうだが、あの結界を破壊したという一点だけ取っても並みの相手ではないだろう。
「しかし結界が解除されているのは都合がよいか。手間が省けた」
状況は悪いが、悪いばかりでもない。
今なら隙をついてクリスタニアの体を奪えば、逆転の目はあるはずだった。
かなり分の悪い賭けになるがと、魔王は悩む。
しかし謎の侍女が魔獣の視線を辿って、こちらに視線を向けて来た。
「何かいるんですか? チャッピーが吼えてるんですが?」
「んん? ああ……いるな。悪霊だ」
「悪霊ですか? またまた―、私を怖がらせようとしてません? 薄暗いからってそんな演出いりませんよ?」
「いやそうじゃない。いるんだよ悪霊が。……それもこいつは、ずいぶん懐かしい気配だ」
「えぇ?」
声を聴いて、魔王の心がなぜかざわめいた。
けれど謎の侍女から発せられる、あまりにも強大な力に、魔王はすべての思考が吹っ飛んでしまった。
アレは格が違う。
魔獣に負けず劣らない、圧倒的な闇の化身を侍女は体の中に飼っている。
ああ、これはダメなんだな。死んだわ。死後なのに。
魔王は瞬時に諦めた。
実際、隙を突くなんてもはや不可能なのは、相手を見れば理解できた。
「どういうことだ? ミリアリアが相手をしていたはずなんだがな?」
「くっ!」
「キャン!」
「チャッピー待て? ミリアリアの事だから、あえて泳がせている可能性もある。さて、どうするか……」
一瞬で滅ぼされるかと思ったが、そうならないことに魔王は驚いた。
どうやらこの化け物達は何か迷っているらしい。
そしてさらに、幸運は……あるいは別格の不運は、重なる。
背後から魂がすり晴らされるような特別強力な気配が近づいてきていた。
ズンと重くのしかかるようなプレッシャーで、部屋の中が息苦しい。
化け物二人もギョッとして、魔王の背後を見ている。
魔王は恐ろしすぎて振り向くこともできなかったが、何が来ているのかは火を見るよりも明らかだ。
「こーこーでーすーかー?」
「ヒィ!」
もはや魔王より魔王、そんな言葉が頭をよぎる。
しかし必死に探した逃げ道は、唯一の活路であった。