悪役姫は心を開放する。
「はっはっはっ! まさか本当に憑りつかせるとは! 愚かな!」
ミリアリアの精神の中を、魔王は進む。
魔王は精神を支配することにかけては、絶対の自信を持っていた。
かつて編み出した術は、人の精神の奥深くに潜り込み、完全に体を乗っ取ることが出来る。
ただの洗脳とは一線を画す、黄泉がえりのための秘術である。
「あとは……持ち主の精神を掌握すればこの身体は我のものだ!」
そしてやって来た真っ白な空間に、一人立つドレス姿の少女の姿を見つけて、魔王は笑みを深めた。
「見つけたぞ。―――これでお前は終わりだ」
少女は振り向く。
扇で顔半分を隠し、目だけで笑う少女は魔王を見て挨拶の言葉を口にした。
「こんにちは。貴方が魔王さん? 思ったよりも普通の人ですわね。ようこそわたくしの領域に。歓迎しますわ」
そう言って、少女が扇を一振りすると、精神世界は一変する。
それは漆黒の神殿の様だった。
少女は自分の後ろに現れた玉座に腰を掛けると、足を組む。
あまりに余裕に満ち溢れた所作と、精神世界を自在に操る技に魔王は目を見開いた。
「ほぅ。中々使うようだ……。だが、いつまで持つかな?」
「ホーッホッホッホッホ! それはこちらのセリフですわ! 貴方がどこの誰だろうと……ここはわたくしのテリトリー」
「何だと?」
「そしてわたくしが王様ですわ」
本来であれば二十にも満たない子どもの精神など数百年を魂だけで過ごした自分に制す事が出来ない訳がない。
「だがそれも今日までの様だな!」
魔王はその魂を握り潰すべく襲い掛かろうとしたが……何かにそれを阻まれていた。
「え?」
だが精神世界は意識の世界。
一対一しかありえず、阻まれるなんてことは本来あり得ないのに。
「な、何だ?」
何が起こっているのか全く分かっていない魔王の目の前で、ポコリ、ポコリと泡のようにそれは浮き上がってきて、どんどん増えていった。
泡は完全に少女と魔王の間を隔て、近づくことさえ許さない。
そして泡の一つ一つから魔王が感じていたのは、確かな意志と視線だった。
「ミリアリア以外に……誰かいる?」
それは本来あり得ない事だ。
しかもその数は尋常ではない。
何時しかミリアリアの姿は見えなくなり、あまりにも多くの視線が自分を見ていた。
むき出しの魂は、渦巻く念を直に感じる。
『魔王ってあの魔王?』
『すべての元凶……』
『呪いとか悪霊みたいなやつじゃなかったっけ?』
『ニワカ乙』
『つまり……』
『『『『敵ってことだよね?』』』』
「……ヒィ!」
刺すような。鋭い視線が数千、数万。
それが自然に敵意をむき出しにする。
まぁ原作準拠でも間違いなく敵。まして明確にこちらに敵意を向けているのは精神世界ではバレバレである。
そしてそれは双方同じことだ。むき出しの敵意は刃のように魔王の魂に突き刺さる。
「は、ヒヒヒッギャアアアアア!!」
「あら怖ーい」
余裕たっぷりのミリアリアの声を魔王は最後に聴いた。