悪役姫は挑発する。
クリスタニア女王が何らかの方法で無力化されたのは想定外。
しかし完全に手遅れというわけではないのは救いだった。
主人公を乗っ取ったり、ストーリーを前倒したりとこの魔王自由過ぎである。
目の前の悪霊を憎々しげに睨むミリアリアに、ライラの体を使う魔王は、余裕の態度で告げた。
「もはやこの国は手中にあると言っていい。だがだからこそ不満なのだ。今の体は光の素養が強すぎて相性が良くない。外敵がいない今、更なる完璧を求めるのは、自然なことだとは思わないか?」
「まぁそうですわね。でもそれ、わたくしに関係あります?」
「はは、当然あるとも。ライラの知る中で尤も強大な闇の力を秘めた体を我が手にすれば、状況は動く」
「へぇ……それがわたくしであると?」
「そうとも、ミリアリア。さぁお前の体を明け渡せ。このライラの命を救いたいと思うのならな」
「ふーん」
気のないミリアリアに、魔王は手を差し伸べた。
「何をためらうことがあるミリアリア? お前とてハミング王国には恨みがあるだろう? 正当に評価されず、国を追われたお前に、我は力を与えることが出来る。もちろんお前が素直に体を差し出すというのであれば妹のライラは解放するとも」
「信用できるとでも?」
「万全の力を発揮できればあの忌々しい魔獣を排除し、女王クリスタニアの息の根を止めることなどたやすい」
「……そう」
さて困った、ミリアリアはこのなんとも的外れな魔王に、態度を決めかねていた。
力任せはライラが危ない、ただ、言われっぱなしも癪である。
「一つ訂正させていただきますわ。わたくしは自らの意思でこの国を出たのです。決して追い出されたわけではありませんわ」
「ほほう? そうなのか? だがそんなことはどうでもいいことだろう? 我もこの国の事はすでに把握している。それだけの闇の資質だ、さぞこの国は居づらかっただろう? ミリアリア」
「……」
ミリアリアは露骨にため息を吐き、首を横に振る。
そして、魔王を見た。
「全く口上の多いこと。それとも体を乗っ取るのには、同意でも必要なのかしら? 魔王様はずいぶんと面倒くさい術をたくさん知っているようですわね」
「……ほう、知っているのか?」
「知らんですわ。そんなことだろうと思っただけです。だからね? ここはシンプルに行きましょう」
「なんだと?」
尋ねる魔王に、ミリアリアは右手を付きだし、挑発気味に手招きした。
「かかってこいと言っているのです。わたくしの体が必要なら差し上げますわ。ただし―――奪い取ることが出来るなら」
「……ほう、ずいぶんあっさりと決めるのだな? 何か企んでいるのか?」
「企んでいるのはあなたでしょうに? 簡単なことですわ。弱肉強食は世の常。弱い方がすべてを失う。大事な妹の体を無断使用している寄生虫と一つ、勝負をしてみたくなっただけです。魔王なのでしょう? その力、わたくしに見せてくださるかしら?」
その瞬間ザワリと闇の気配がライラから湧きたつのを、ミリアリアは肌で感じた。
積み重ねた、怨念と怒りの闇はとても深く強い。
きっとこれだけは、ゲームだけでは体感できない感覚の世界だった。
「ふはは! ……なんとも自信過剰なことだな。いいだろう! では今からお前が我の体だ!」
立ち上った闇色の霧がミリアリアに飛んでくる。
「身の程知らずが……今すぐその魂消し去ってくれる」
「返り討ちにして差し上げますわ!」
黒い靄は、ミリアリアの体を包み込み、吸い込まれていった。