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悪役姫はレベルアップする。

「ついにこの時が来ましたか―――」


 下準備を整えるまでの数週間、いつものレッスンに加えて、色々とやってみたが短期間に訓練で人の実力が極端に変わることはない。


 検証の結果、やはり一段上の実力を手に入れるにはレベルアップという作業が必要だとミリアリアは確信していた。


 下準備は中々に大変だったが、その成果は今日わかる。


 ミリアリアは準備を全て整え、本日も真夜中にダンジョンに忍び込む。


「幼児にはつらい荷物でもこの魔法のバッグさえあれば大丈夫! いやー好奇心で買ったわたくしマジヤバですわね! 断捨離したタイミングもバッチリでしたわ!」


 特製のキャリーバッグは様々なアイテムを重量関係なく詰め込める。


 なんでも詰め込んでいた物持ちの良さが今回の勝因と言ってもいいだろうとミリアリアは噛みしめていた。


 さっそくバッグから取り出した聖水をバシャバシャ頭からかぶれば、突入準備は完了だ。


「では行きますわよ! テレポート!」


 ミリアリアは下調べ通りのルートで壁抜けを行う。


 しかし中に入ってからは今まで以上に慎重な行動が必要だった。


 失敗は即死を意味する。


 ラストダンジョンは文字通り最強のモンスターが配置されていて、そんな中に子供が入ったらそりゃあ死ぬだろう。


 しかし生き残る道はあった。


 このゲームには今のミリアリアにおあつらえ向きの裏技が存在した。


 それがバグなのか、それとも運営が意図的に残したサービスなのかは、意見の分かれるところだ。


 しかし間違いなく、これから更なるやりこみに突入するプレイヤーの救済措置になっていたのは間違いない。


 ミリアリアの目的地は最初のフロアに設置された隠し部屋だった。


 本来その部屋は中のモンスターを倒さなければ外に出ることができないトラップだ。


 だが中のボス、ワイトエンペラーには隠された秘密がある。


 このアンデッドは最初のフロアで出くわすモンスターとしてはとんでもなくレベルが高く、ストーリーをギリギリクリアー出来るレベルでは、間違いなく瞬殺される。


 ここからはやりこみ要素だ出直してきな! とでも言わんばかりの難易度は、本編を終えて隠し部屋を発見したプレイヤーを阿鼻叫喚させたいわくつきの罠だ。


 しかし実は回復薬のみダメージとして通り、EXポーションを使うと固定ダメージで一撃で倒せるのである。


 ゆえにストーリー上で使用していなかったレベル一の状態のキャラクターでも一人で倒せ、膨大な経験値を得ることができる。


 更には最初の一撃までこちらの攻撃を待ってくれる親切設計とくれば、最終的にこれはクリエイターの優しさに違いないと言われていた。


 攻略動画なんかではよくお手軽レベルアップとして紹介されていたあるあるネタである。


「でも、実際やってみると生きた心地がしませんわね……」


 記憶としてはさんざんお世話になった技である。ミリアリアには隠し部屋までのルートが手に取るようにわかっていた。


 頭から聖水を被るとエンカウントが一時的にゼロになる。


 そこまで分かっていても怖いものは怖い。


 聖水の効果で出会ったモンスターは透明人間みたいにミリアリアを認識できなくなるみたいなのだが、こっちからはバッチリ見えている。


 凶悪なモンスターの側を脆弱なちびっ子が息をひそめて通り過ぎるというのは極めてしんどい。


 ミリアリアは克服したおねしょが再発しそうになりながら、ダンジョンの中を進んだ。


「わたくしに掛かればどんなモンスターも恐れるに足らずですわ!」


 とか言っていられたのは開始前1秒だけだった。


 ああ、横を通り過ぎるゾンビトカゲの目玉がでけぇでございますわ。


 ちょっと飛び出た舌から唾液が床に飛び散っただけで煙が出るとかミリアリア的にはやめてほしかった。


 壁に張り付き何とか移動。


 調子に乗っているとこのちびっ子ボディは床トラップの毒とかでも即死する。


 しかしそこは知識と持ち前の運動神経でカバー。結局頼りになるのは体一つである。


 潜在スペックを最大限発揮して、ミリアリアはついに目的の隠し部屋までたどり着いた。


 そこはいかにも怪しい色の少しだけ違う壁になっていて、前に立つと自動で開く。


 中にはこれ見よがしな財宝と―――椅子に座る骸骨がいる。


「……行きますわよ」


 一歩部屋に踏み入るとガツンと背中で扉が閉まった音でミリアリアは覚悟を決めた。


 もう後戻りはできない。


 部屋の一番奥で椅子に座った骸骨目指し、ゆっくりとミリアリアは歩を進めた。


「若干デフォルメされてるのがむかつきますわね。でも……こいつラスボスのわたくしよりも強いんですわよね」


 周りの宝の中はいかにも調べてみたくなるがこの宝を手に取ったが最後、即戦闘に突入である。


 そしてアレが起き上がる前に、EXポーションを一振りすればミッション達成だった。


「……行きますわよ」


 ミリアリアはゴクリとつばを飲み込んだ。


 自身は記憶をギフトだと思っているが、少しでも知識に誤りがあれば、即人生終了だ。


 ミリアリアは人生で一番ドキドキしながら準備を整える。


 あくまで優雅に美しく、ポーションを手に取って狙いをつけた。


 そう優雅なのは大事だ。


 美しいのも大事だ。


 命は大事で、輝いていなければならない。


 それは世界の真理を掴んだ今となっても、ミリアリアの中で今まで以上に大切な信念である。


 気に入らないモノも、立ちふさがるモノも、全部まとめて華麗に突破する。


 その第一歩がこのワンスローだ。


「食らいあそばせ!」


 勢いよく放ったEXポーションは見事にワイトエンペラーに直撃し、回復の効果でその肉体が朽ちてゆく。


「ギエエエエエエエエエエ!!!」


「ひぃ!」


 ダンジョンを震わせるような絶叫に、ミリアリアは耳を押さえてその場に尻もちをついた。


「――――!!!!!」


 そして同時に津波のような力が全身を駆け巡り、胸のエメラルドがぼんやりと熱を持つ。


 膨大な経験値が、今までほとんど空に近かったミリアリアという器に注がれていた。


「お、おおお!」


 ミリアリアは震えた。


 口元はあふれ出る歓喜に吊り上がる。ああこれはクリエイターの優しさだと信じてもいい。


 そう! これがやりたかった! 


 爆発的な成長は、ミリアリアの体に経験値という力を流し込むことでレベルアップがどういうものかを強烈に印象付けた。


 血管という血管が沸騰しそうだと感じる熱さの後にやってくるのは恐ろしいほどの万能感だ。


 ミリアリアはゆっくりと立ち上がって、空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「ハァ―――」


 体から湯気が立ち上り、全身が汗で滲む。


 若干痛みすら感じたが、こういう時こそふさわしい姿を取らねばならない。


「カ……カチカクですわね!」


 今は強がりでもいずれ本物にする。


 汗で湿る髪をミリアリアはさっと払う。


 そしてこの瞬間、我がままなだけで死の運命に突き進むミリアリアは生まれ変わったのだと、そう示すように歩きだした。


楽しいなと思っていただけたらブックマーク、評価、いいねなどしていただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 開始から徐々に物語の展開力があがり、一段階を超えたように。ここで終わらず一層の高みを期待します。
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