親友は御曹司
「そういえば、竜緋は?」
「坊ちゃまでしたら、「途中まで歩くから一尋様を迎えに行ってくれと」と言われまして、
今まさに学校へ向かっております」
専属運転士の轟は愉快そうにそう言った。
雇い主が居ないのに、友人だけを迎えに行くのはどんな気持ちなんだろうと考えながら
一尋はため息を吐く。
「はぁ、すみません。轟さん」
「何をおっしゃるのですか。坊ちゃまと一尋様の関係です。何も問題ございません」
轟きは一切のブレを感じさせないドライブテクニックで学校への道を順調に進んでいく。
都心部の通勤ラッシュにいらだつ素振りも無く、背筋を伸ばして職務を全うする。
対する一尋は、今日から2年生として初のクラス発表が気になって夜も眠れず
完璧に寝不足だった。
失礼だと分かっていながら、大きな欠伸をしてうす暗い窓の外を見る。
温かい日差しが眩しくて眼を瞑る。空気も晴れやかで、目を覚ますには丁度いい。
「おや、あれは坊ちゃまですな」
「あ、本当だ」
車に揺られて10分が経ったぐらいで、自分と同じ制服を着た友人が舗装されたばかりの
大きな歩道を歩いているのを見つけ、轟きが車を脇に止める。
それに気づいた坊ちゃまと言われた青年がこちらへと近づき、自分で後部席の扉を開けた。
「すまん、轟。遠回りをさせたか?」
「いえいえ。一尋様と楽しいドライブをしておりました」
「それは何よりだ。一尋、おはよう」
「あぁ、おはよう。竜緋」
乗車してきたのは轟の雇い主で、貿易業で一財を成した【天邦財閥】の御曹司。
次期総帥と称されている「天邦 竜緋」(あまくに りゅうひ)。一尋の親友だ。
規則性の無い黒ベースの髪に赤メッシュを入れたキツメの美男子で、猛禽の様な鋭い
金色の瞳を向けて挨拶した。
「む・・・。少し隈が出来ているが、寝不足か?」
「まぁ、ね。なんか寝れなくて」
「気持ちは分かる。今日から新しいクラスで、期待や不安があるのだろう。無理も無い」
本当に同い年かと思う年季の入った口調で竜緋は心配そうに一尋を見つめる。
初対面ならその気迫と怜悧さで間違いなく委縮してしまうが、その瞳の中にきちんと
人間らしさがあるのを一尋は知っている。
「1年の時は、お前と同じクラスにはなれなかったが・・・今年はどうなるか」
「俺も友達と一緒が良いよ」
「あぁ。砂地もいれば、完璧なんだがな」
「・・・あぁ、スナッチね?」
スナッチというのは、一尋のもう1人の友人で竜緋よりも付き合いが長い腐れ縁。
1年生の頃から情報通として裏で色々と金儲けをしているらしく、1年生の時は
同じクラスだった。
本名は砂地 介という名前なのだが、情報屋気取りで「スナッチ」と
周りの人間に呼ばせている。
「その呼び名は、やはり慣れんな。なぜ親からもらった名前を隠すような真似を」
「あいつは変わり者だからね」
そんな話をしている内に、轟の車がゆっくりとスピードを落とし、目的地へと
到着した様子だった。
「竜緋様。一尋様、到着いたしました」
エンジンを切り、車から降りて竜緋側からドアを開ける。
ドアの向こうには赤レンガ基調で国内最大級の敷地面積を持つ私立高校
「雲仙東陵」学園があり、ここが一尋と竜緋の通い先である。
ここでも一尋は普通とは思えない光景を目にする。
まずは校門から校舎へかけての道。
颯爽と降りた竜緋の足元に、レッドカーペットが敷かれている。
普通の高校にこんなものは存在しないし、あったら逆に不自然だ。
しかしこの学園ではこんなものはまだ序の口である。
「行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
轟に礼を言い、一尋は竜緋の後ろについてレッドカーペットの上に立つ。
しかし後ろめたい気持ちが勝って、すぐに距離を取って校舎へと向かう。
「一尋、なぜ距離を取る?」
「いや、だって俺・・・【ノーマル】だし」
「それがどうした。お前は俺の友で、俺と共に通学している。ならばこの布の上を
歩く事を、誰が咎める?」
学園の暗黙の了解。竜緋の立つレッドカーペットは、この学園内の校則で決められた
とある階級の人間しか歩いてはいけない。それは身分の象徴でもあり、
付き添いや従者なら一応許される程度の物。故に、一尋と竜緋以外の学生は
レッドカーペットを避ける様に普通の地面を歩いて校舎へと向かっており、
特別階級でない一尋は少しばかり奇異の眼で見られていた。
(・・・視線が痛い)