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そろそろゆるふわって言い張るのも無理があるんじゃないですかね

 ここまでのあらすじ。サイボーグ妹が漏らした。


「大丈夫ですよ、海音さん。今は放射能治療の研究も進んでいて、ちゃんとした設備があれば後遺症なく治療できますから。なんとでもなります」

「いやまあ、そうかもしれないけどさあ……」


 期せずして唐突に被曝者となった私たちは、父のことは放っておいて医療設備を探し求めていた。


 目的は二つ。破損した生体反応炉の修復と、体内の放射線除去及び治療だ。

 夜兎が現在放っている放射線は一時間あたり900マイクロシーベルト。このペースで浴びていれば、大体十時間くらいで意識障害、五十時間も浴びれば全身障害で死ぬ量である。


 もう既に胸のあたりに違和感を感じているのは、気のせいだけではないかもしれない。私が生きた時代では、放射線被曝とは限りなく不治の病だった。それに侵されたと聞いて、そうそう落ち着いてもいられない。


 夜兎を先頭に廊下を突き進む。もう足音を気にして慎重に歩くことも、懐中電灯を消して闇に紛れることもない。

 次世代型LED(驚くことに現役である)の強力な光を惜しみなく照射し、煌々と照らされた廊下を速歩きで進んでいた。


 当然気配を撒き散らすものだから、例の奴らにもよく見つかる。今もまた一体のゾンビが、近くの扉を叩き破って私たちの前に立ちふさがった。


「うにゃー」


 鈴の音と共に、夜兎の腕からブレードが現れる。銀の刃がきらりと輝き、死体の脳はどろりと切り裂かれた。

 崩れ落ちる死体は、美脚一閃で廊下の壁に叩きつけられる。この細足で蹴られたとは思えないほどに重々しい音がした。


「才羽海音、如月真白。怪我は?」

「大丈夫。楽させてもらってる」

「ん」


 それだけ確認すると、私たちは再び歩み始めた。

 さっきからずっとこんな調子だ。立ちふさがるものは全て彼女が切り裂くので、私と真白は後ろをついていくだけだった。


「ねえ夜兎。そのブレードってどういうものなの?」


 戦闘時に突如として出現し、敵を排除し終わったら消滅する摩訶不思議なショートブレード。

 実のところ、めちゃくちゃ気になっていた。


「部外者に機密情報を教えるわけには」

「お姉ちゃんだぞ」

「お姉ちゃんなら仕方ないかも」


 仕方ないらしい。彼女の情報セキュリティ意識はゆるゆるだ。


「高周波単分子ブレード・プリンター。高速3Dプリンターにより瞬間的に単分子の刃を生成し、超高速で振動させる実験兵器。使用後のブレードは分子サイズまで分解して再格納が可能」

「ヘイましろん。通訳プリーズ?」

「清々しいほどの速度で理解するのを諦めましたね」


 いやだって、急に高周波単分子ブレードだの高速3Dプリンターだの言われても困ってしまう。私の時代にそんなものはなかった。


「刃は先端が細ければ細いほど鋭いというのはご存知ですよね。単分子ブレードというのは、先端が分子一個分の細さで作られた、極限まで鋭い刃です。で、それを高周波で振動させたのが高周波単分子ブレード。チェーンソーとか超音波カッターとかと同じ原理なんですけど、聞いたことありますか?」

「振動で摩擦力を増やして切れ味を増すやつね。サメ映画で見た」

「サメ映画というのは存じ上げませんが……」


 サメ映画、滅びたらしい。滅びてしかるべきものだったのかもしれないが、幾ばくかの寂寥を覚えた。


「その高周波単分子ブレードを、生体モジュール化した高速3Dプリンターで瞬間的に生成しているっていうことみたいです。最近の3Dプリンターは生成物をマテリアルに分解する機能もあるので、使い終わったブレードは再び材料に戻してしまうこともできます。なので、好きな時に好きなサイズでブレードを生成できるし、もし折れたり鈍ったりしてもすぐに新品のブレードを作りなおせる。だいたいそんな感じだと思いますけど、夜兎さん、合ってますか?」

「君。随分と詳しいね」

「生体モジュールはちょっと調べたことがあるので」


 夜兎は振り向いて目を細めた。


「如月真白が言っていることは正しい。だけど、現場の人間として言わせてもらうと欠陥兵器だ」

「欠陥、なんですか?」

「ブレードを展開する度に電力を消耗するせいで長期の作戦行動に向かない。刃が鋭すぎて展開しっぱなしだと腕部の動作に支障をきたす。高周波駆動時はうるさいから隠密性に欠ける。かと言って高周波駆動せずに単分子ブレードとして扱うには、分子一個分の刃を精密に操る技量が求められる。そもそも刃の艶消しもされていない。切れ味は比類ないけれど、黒塗りのナイフが一本あった方がよっぽど便利」


 長期の作戦行動。隠密性。刃の艶消し。

 それらのワードから、夜兎がどういった用途の刃を求めているのかわかった気がした。


「それ、暗殺用には向かないんだね」

「……喋りすぎたかも」

「聞かなかった方がよかった?」

「あなたたちが気にしないなら、いいけど」


 夜兎は前を向き、再び歩き始める。彼女が言いたいことはなんとなく分かる気がした。

 おそらく夜兎は暗殺兵器の運用試験に携わっていた。実際にそれらの兵器を使うこともあったのかもしれない。

 より直接的な言葉を使うならば、彼女は人殺しだということだ。


 気にするか気にしないかで言うと、私はまったく気にしない。

 この状況において夜兎の武装は役に立つ。その刃が私に向けられる状況にならなければそれでいい。

 横目で見る限り、真白にも気にしている様子はなかった。


「そういえば、夜兎さんに聞きたいことがあって」


 微妙な空気を嫌ったのか、真白は話題を変えた。


「地上の様子ってわかります?」

「知ってるけど。聞かないほうがいいかも」

「そんなに酷いんですか」

「生きてる人、もうほとんどいないよ」


 さすがに、少し驚いた。


「夜兎。詳しく」

「いいけど、言葉通りでしかない。生存者は限りなくゼロ。みんなゾンビになっちゃった」

「警察も軍隊も、みんなゾンビに負けたってこと?」


 言ってしまってはなんだが、ゾンビは弱い。

 性質を理解して武装すれば、私のような素人でもなんとかできる程度にはゾンビは弱い。確かに生身の人間よりは強いかもしれないが、人類を壊滅させられるとはとても思えない。

 ちゃんとした武装と訓練された軍隊があれば、鎮圧は不可能ではない。そう思っていたのだが。


「戦いにすらなってなかったのかも。私たち以外に組織だった抵抗なんてどこにもなかった。散発的な抵抗はあったけれど、時間の経過とともに静かになっていったから」

「警察も軍隊も、ロクな抵抗ができなかった……?」

「集団というもの自体が崩壊していたのかもしれない。ゾンビはあらゆる場所にいた」


 それは……。どういうことだ。

 仮に完璧な組織運営ができていたとしても、ゾンビの流入は防げなかったということだろうか。


 もしそうだとするならば、ゾンビというものは外部からの脅威が拡大するものではなく、内部から自然発生するものなのかもしれない。

 警察や軍隊が態勢を立て直そうとしても、その中にゾンビが発生してしまうのなら、抵抗も何もあったものではないだろう。


「機動部隊『庭師の鋏』に与えられた指令は状況の鎮圧。だけど、七十八時間の作戦行動を経て状況は一向に改善しなかった。救助した生存者も、いつの間にかやつらの仲間になって、今の地上はとても静か。あそこにはもう、生きた人間は誰もいない」

「そう……。地上はそんなことになってるんだ」

「仲間たちともはぐれ、私も電池切れで撤退を余儀なくされた。まさか、この研究所まで機能停止してるとは思わなかったけど」


 思っていた以上に状況が悪い。

 地上がそんなことになっているのなら、私たちはどうすればいいのだろう。

 遠方にはまだ生きている人がいるか。海を渡って隣国まで逃げる必要はあるか。

 それともどこまで行っても死体だらけで、いずれ私たちもその仲間入りをするのだろうか。


 ともあれ、それは施設から脱出した後のことだ。

 今は考えないことにした。

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