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【悲報】フィッシュフライは見つかりませんでした。

 お使いクエストはつつがなく進行した。

 私と真白が出会った記念すべき物置まで引き返し、詰替え用プルトニウムセルを回収。

 途中で見つけた食堂でゾンビを三体駆除し、オレンジジュースとコーラ缶、サバ缶桃缶レトルトカレー、ビーフジャーキーに飴玉の大袋なんかを仕入れることができた。


「真白。あの人のことどう思う?」

「どうって、どういう意味ですか?」

「信用しても大丈夫なのかなって」


 食堂で集めた物資をバックパックに詰めながら、真白に聞いてみた。

 バイオロイドの少女、夜兎。

 死体に埋め尽くされた階段を軽々と降りてきた、空腹電欠マイペースの女。


 この施設について知っているらしい彼女には聞きたいことが山ほどある。そのためなら多少の助力は喜んでやろう。

 だが、彼女を信用するかどうかは別の話だ。


 機動部隊と名乗っていた通り、彼女からは『戦える』人間の匂いがした。

 私や真白のような民間人ではなく、きちんとした訓練を積んだ、戦うことを生業としている人間。

 死体の山をまったく動じず踏み越えた足取りは、それを裏付ける実力を感じさせた。


 だからこそ警戒しなければならない。もしもあの女が牙を剥いたら、私の力で彼女を無力化するのは難しいだろう。

 対策を講じるなら空腹で力を失っている今かもしれない。


「まあ、変な人でしたけど。大丈夫なんじゃないですか?」

「……そう思う?」

「はい。むしろ、疑う理由もないかなって思いますけど」


 何を脳天気な、と言いかけて思いとどまった。

 真白の言うとおりだ。夜兎を疑う理由はなにもない。

 信じるにしろ疑うにしろ、私たちの間にはそもそものコミュニケーションが成立していない。


 彼女は敵か。ノー。

 彼女は味方か。それもノー。

 今のところ夜兎はただの他人だ。この異常な閉鎖空間の中ですれ違っただけの、赤の他人だ。

 そこに利害関係なんてものはない。


 行き過ぎた警戒心を自覚する。

 確かに彼女は戦える人間かもしれない。死体の山を平然と踏み潰すような、極めて特殊な精神性の持ち主かもしれない。付け加えて、こんなきな臭い施設の関係者なのかもしれない。


 だが、いくらなんでもそれだけの理由で悪感情を向けるのは――あれ、結構正当なのでは? あの女、怪しさ満点なのでは?


「いや待って。あいつ、普通に怪しいじゃん」

「それはそうですね」

「気をつけたほうがよくない?」

「気をつけたほうがいいかもしれません」


 意見は一致した。

 とりあえず気をつけましょう。そんな小学生の反省レベルの対策方針が私たちの間で可決された。


 食料品をバックパックに詰め込んで、再度非常口へと向かう。

 初めてこの道を歩いた時の過剰な警戒心はもうない。今の私には知識と経験がある。その二つがあれば暗闇から恐怖は消え去った。


 夜兎は同じ場所に座り込んでいた。

 姿勢はまるで変わらない。変わったものと言えば、一体のゾンビが今まさに彼女に覆いかぶさろうとしていることだ。


「夜兎さん!」


 真白が叫ぶ。私は槍を構え、走り出した。

 踏み込んで横薙ぎの殴打。鈍い衝撃が手に伝わる。ゾンビの腹がくの字に曲がり、数歩よろめいた。


 夜兎とゾンビの間に距離を作ることには成功したが、はっきり言って状況は悪い。

 痛みを感じないゾンビの腹をいくら殴ったってダメージはない。骨を折るか、筋肉を断つか、脳を砕くか。それ以外の手段で有効打は与えられない。


 舌打ちを一つ。奇襲というアドバンテージは失った。近くに足を引っ掛けられそうな障害物はない。夜兎がいる以上、逃げることもできない。


 ゾンビは弱点が多いと言え、無策での正面戦闘はさすがに危険だ。身体能力は向こうに分がある。仮に倒せたとて反撃を受けるリスクはいくらでもある。


 選択肢は三つ。

 このまま槍で戦う。隠し持っていた銃を使う。そして、夜兎を見捨てる、だ。

 ゆっくり考える時間はない。私が選んだのは二番目の選択肢。ジャケットの懐に手を突っ込み、ベルトに挟んでいた銃を引き抜こうとした。


 鈴が鳴るような音がして、夜兎が目を開いた。


 くん、と夜兎が体を引き起こす。壁にもたれかかって座った状態から、足だけを地につけてメトロノームのように立ち上がる。腹筋だとか体幹だとかそんなレベルではない、人間には不可能な動きだ。


 鈴の音が強くなる。夜兎の右手の甲に、銀色の刃が生まれた。刃渡りにして20センチほどのショートブレード。その刃は高速で振動し、鈴の音色を甲高く放った。


 肉眼で捉えられる極限の速度で、夜兎は動いた。

 動いた、ということはわかった。だが何をしたかまではわからなかった。

 気がつけばゾンビの鼻から上はすっぱりと断ち切られ、ひらりと宙に舞った脳と頭蓋は夜兎の美脚に蹴り飛ばされる。

 粘質な音と共に、壁に赤黒い染みが一つ増えた。


 瞬きする間もない早業。

 ゾンビの体が崩れ落ちた時にはもう、夜兎の腕にブレードはない。


「んぁー」


 寝起きの声で夜兎が鳴く。

 初めて見た時と同じ、無感情な顔をしていた。


「ご飯まだ?」



 *****



 夜兎は食べた。よく食べた。

 缶詰をかたっぱしから開き、もくもくとフォークを動かし続ける。

 缶詰九個とレトルトカレー四袋、ジュース缶を五本飲み干し、今はビーフジャーキーをもぐもぐと咀嚼している。


 さすがに死体だらけの廊下で食事をするのは嫌だったので、私たちは食堂に移動していた。

 食堂のテーブルに山と積まれる空の缶詰と空き缶(この両者の形而上学的な差異にはいささか興味がある)の数は、ちょっとしたタワーが作れそうなほどだ。


 私と真白も桃缶をつつくなどしていたが、夜兎ほど箸は進んでいない。私はそんなにおなかが空いていないし、真白はそもそも食欲がなさそうだ。なんだかんだこの子も状況に参っているのかもしれない。


 ひとしきり食事を終えた夜兎は、ようやくフォークを置いて一息ついた。


「ママぁ……」

「ママではない」


 世迷い言が甚だしい。


「ご飯を食べておなかいっぱいなので、夜兎は幸せです」

「それはよかった」

「懐き度があがりました」

「そういうシステムなんだ」

「好き」

「ありがとう」

「こちら機動部隊『庭師の鋏』、隊員十三号。個体識別名は夜兎。あなたは?」

「才羽海音。こっちは如月真白。よろしく」


 この子のテンポにだんだんと慣れてきた自分がいた。話半分に聞き流すくらいが丁度いい。


「才羽数人の娘?」


 夜兎が出した名前に数奇なめぐり合わせを感じた。

 それは、間違いなく私の父の名だ。


「そうだけど。父さんのこと知ってるの?」

「うん。パパだから」


 パパ。パパと来たか。あの男、世帯を持つ身でありながら次世代型援助交際にまんまと引っかかっていやがった。


「……複雑かも」

「面目ない」

「いやまあ、別に。人生って色々あるよね。実父がパパ活に手を出していたくらい、今更なんだって感じ」

「パパ活ではない。生みの親」

「貴様、妹だったのか」

「違うけど、なんかそんな感じ」


 なんかそんな感じらしい。

 気になるような気もしたけれど、そこまで興味がないと言うのが本音だ。


 才羽数人。血縁上は私の父にあたる人物。

 しかし、才羽海音と才羽数人が築いた親子の情は限りなく薄い。


 父ではあるが、あの男が家に帰ってくるのは年に数回だけ。その数回だって一時間と留まることなく、私と母の顔を見るだけ見たらすぐに出ていってしまう。それが私と父の唯一の接点だ。


 はたから見れば冷え切った家族仲だったかもしれないが、才羽家に不都合があるかと言えばそうでもなかった。

 父と母の関係が不仲だったわけではないし、一人娘の私も別に父がいないからと寂しがるような子ではなかったからだ。


 母は病に倒れたりすることなく元気そのもの。暇を持て余した祖父母が割と頻繁に構ってくれる。

 たまに父が帰ってきた時も、ああ、父にあたる人物がこの家を訪れたんだな、くらいの感想になってしまう。


 学園ドラマチックな展開なんてそうそう起こることもない。それが私にとっての現実だった。


 好きでも嫌いでもない、血縁上は父にあたる男。それが私にとっての才羽数人。

 だからその名前を出されると、どうにも消化不良な気持ちになってしまう。


「才羽数人……。国内生体モジュール開発の第一人者、でしたか」


 間合いをはかりきれないやり取りに口を挟んだのは真白だった。


「真白も父さんのこと知ってるの?」

「少しだけですけどね。この十数年で生体モジュールは目覚ましい進歩を遂げ、実用レベルへと至りました。その立役者が、才羽数人だったと」

「……ふうん?」


 真白が語った父の功績は、私が知る父の姿と上手に結びつかず、非現実めいて上滑りしていった。


 私は父の仕事を詳しくは知らない。

 そもそも親子の会話すら満足にできていないのだ。仕事が忙しいとは聞いていたが、それ以上のことは知ろうとも思ってこなかった。

 そんな父が一角の人物であったなどと聞かされても、どう受け止めたものか困ってしまう。


「付け加えるなら、バイオロイドの臨床実験に携わっているのも才羽数人。あの人がいなければ生体モジュールの普及は十年は遠ざかったし、今の私もない」


 夜兎は飴玉を四つ口に放り込んだ。


「先端生体モジュール開発研究所にようこそ、お姉ちゃん。この施設では生体モジュールの開発及び、バイオロイドの運用試験を行っている」

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