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信頼は絆より薄く、不信は血よりも濃かったから

 四人と言うべきか、三人と一匹と言うべきか。

 あるいは一人と一人と一人と一匹と言うべきか。


 私たちは仲間のように見えて、しかし結束にはほど遠い。表層を漂う生暖かい信頼の底には冷たい不信が流れている。そう考えているのは私だけだろうか。

 私は誰も信じていない。如月真白は何を考えているかわからない。夜兎は私の不信と真白の背信に気づいている。ギルガメッシュはこの状況を飲み込むのに精一杯だ。


 私たちは仲間のように見えて仲間ではない。群れのように見えて群れではない。この関係は、ただ利害の一致という一点において成り立っている。

 ……私は、そう思っているのだけど。


「後ろから二体、前から三体。才羽海音は後ろの相手、ジャックは如月真白に近づく個体の足止め。倒す必要はない、時間を稼いでくれたらこちらで仕留める」

「うーい」


 夜兎の指示に従って後ろのゾンビを相手する。相手は二体。私一人なら撤退も視野に入るが、時間を稼ぐだけでいいなら簡単だ。


「おい、夜兎。お前一人で前の三体をやるつもりか」

「夜兎の心配はしなくていいよ。それよりギルガメッシュは真白を守ってあげて」


 距離を取りながら、近づくゾンビの脚を槍で刈り取る。その奥にいたもう一体は、ギルガメッシュの雷撃で崩れ落ちた。

 私たちの仕事はこれだけだ。前の三体を手早く仕留めてきた夜兎が、私と猫の間を抜けて躍り出る。もがくゾンビの手をステップでかわしながら、高周波単分子ブレードで的確に脳を刺し貫いた。


「……終わりました?」


 真白はきょろきょろと周りを見回す。夜兎は展開していたブレードを収納した。もういないらしい。


「びくとり」

「上出来だ妹よ。査定を上げてやろう」

「頭をなでていただいても?」

「ここから出たらね」


 私と黒猫が時間を稼ぎ、夜兎が排除する。仲間ではないとかなんとか言いつつ、私たちの即興コンビネーションはうまく機能していた。

 やはりこいつら、戦力としては当てになる。私一人で五体のゾンビを相手するのはかなり厳しかっただろう。単独行動が許されない理由がここにあった。


「それにしても、お前らって本当に仲いいな」


 黒猫氏から大変に心外なお言葉を頂いてしまった。


「そうかな」

「そうだよ。こんな状況で何のんきにじゃれあってんだ。もうちょっと緊張感持て」

「じゃれあってない」

「は? やーぴょん的には、この程度じゃれあったうちにならないのだが?」


 夜兎がすり寄ってくる。膝蹴りを食わせてみた。合金皮下装甲に阻まれて、ガインといい音が鳴った。


「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」

「膝が……。私の膝が……」

「なんか、ごめん」


 忘れていた、この女も半分人間辞めているのだ。

 数多の生体モジュールを搭載した人型超合金ロボ・夜兎。蹴り飛ばした感触は、まるで鋼のようだった。


「本当に仲いいな、お前ら」

「まろん、この二人はずっとこんな感じです。時々二人で内緒話してたりもするんですよ。妬いちゃいますよね」

「如月。腹、撫でるか?」

「猫のくせに気を使わないでください。撫でます」


 帰りたいな、と真白はぼやく。あっちはあっちで仲良くやっていた。なんなんだ、もう。私はちっとも仲良くしたくなんかはないのに。

 そんなとぼけた寸劇をしながらも探索は続く。ダクトが張り巡らされた通路を抜け、生体標本が並んだ部屋を通り、アリの巣めいた混沌とした施設をさまよって。

 偶然のように、私たちはその部屋に行き着いた。


「……兵装準備室?」


 セキュリティ付きの物々しい鉄扉の上に、簡素なプレートがかけられていた。

 兵装準備室と言うからにはこの中には兵装があるのだろう。要は武器庫だ。この状況において、今もっとも必要とされているものかもしれない。


「夜兎。これって」

「お宝部屋かも?」

「アサルトライフルとか弾薬とかがあったり?」

「タクティカルヘッドセットにナイトビジョンゴーグルなんかもあるかも?」


 私と夜兎は手を取り合ってきゃっきゃと喜んだ。なかよしなので。感情のない女と感情表現が乏しい女の戯れである。


「あの……。この先は、やめておいたほうがいいかもしれません」


 感情がある女がおずおずと口を挟んだ。


「真白? どうして?」

「えっと……。その、ですね。なんとなく。なんとなーく、嫌な予感がするんです」

「……どうして?」

「なんとなく……。すみません、詳しいことは……」


 具体性のない警告。その意図は測りかねた。

 真白はこの先に何があるのかを知っているのだろう。その上で彼女はここには入らないほうがいいと警告している。

 それは善意か、それとも悪意か。この先にある危険を知って警告をくれているのか、あるいは。


 如月真白を信じるか否か。信頼か、不信か。

 今ここで選択しなければならない。


「真白」


 槍の柄を短く持つ。どちらを選ぶかなんて決まりきっていた。


「セキュリティ、開けてくれる?」

「海音さん……?」

「お願い」


 ――夜兎。真白の後ろに回って。


 アイコンタクトを送ると、夜兎はびくりと体を跳ねさせた。

 セキュリティを開けられるのは真白だけなのだ。抵抗するなら言うことを聞いてもらわねばならない。そのためには、もちろん夜兎にも協力してもらう。


「海音さん……。どういう、つもり、ですか……?」

「どういうも何も、言葉の通りだけど。セキュリティを開けてほしいってお願いしてるの」

「もし開けなかったら……?」


 返事はしなかった。異変を察した黒猫が、これは一体何事かと訊く。誰も答えない。夜兎はただ辛そうな顔をしていた。


「……わかりました。あなたがそう言うなら、そうしましょう」


 真白はおとなしく従ってくれた。

 都合がいい。如月真白はコントロール下にある。少なくとも、今はまだ。

 できるなら殺す時までおとなしくしていてもらいたい。


「海音さん。二つ、言っておくことがあります」


 真白はセキュリティの前に立ち、私たちに背を向けた。


「一つ。確かに私は読唇術を知りませんが、内緒話をしていることくらいはわかります。何か、私に隠していることがあるんですよね」


 私は顔色を変えない。夜兎は体を震わせてうつむいた。

 それで黒猫も察したようだ。私たちの間に冷たいものが流れていることを。


「もう一つ」


 セキュリティロックのランプが緑に光り、稼働音が鳴り響いた。


「信じてもらえなくて、残念です」


 扉は開く。その奥にあるのは広大な部屋だ。

 壁に並んだラックには、拳銃からライフルまで大小様々な銃が揃えられている。部屋の中央には大きなテーブルが一つあって、大きな機関銃が置かれていた。


 機関銃と言っても、セーラー服を着た少女が片手に持つようなものではない。屈強な米兵が雄叫びを上げながら乱射するような、銃架のついた設置型の重機関銃だ。

 銃架にはタレットのような駆動部があり、自動で旋回した銃口は私たちに向いた。


 ――Enemy detected.


 短い警告が響く。最初に動いたのは夜兎と真白だ。右と左に散った彼女らは、素早くドアの横に隠れた。

 一歩遅れて私が反応する。すぐに回避行動を取れば間に合ったのかもしれない。

 だが、私の足元には、まだ反応できていないギルガメッシュがいた。


 それで迷ってしまった。この猫を助けるか否か。

 LIEは確かに論理的な思考を増強してくれるが、本能的な反応まではサポートしてくれない。考えた末に黒猫よりも自分の身の安全を優先するべきだと結論づけたが、そのタイムラグはあまりにも致命的だった。


 ――Fire.


 機銃が火を吹く。7.62ミリ弾の雨が私の体を刺し貫く。

 何発、あるいは何十発被弾したのかはわからない。まあ、何発だって同じことだ。その末に訪れる死という結末は揺るがない。


 とても残念な結末だ。死に直面したこの状況でもそんな冷めた感想が出てきてしまう。LIEってのは本当に嫌なやつだとつくづく思った。


 もしも私が思考ではなく本能に身をゆだねていたら、私は黒猫を見捨てて自分の身を守れたのだろうか。

 それとも彼を助けようとして、結局撃ち殺されてしまっていたのだろうか。


 LIEに思考を歪められていない、本物の才羽海音ならどうしたのだろう。


 無性にそれが気になって。

 しかし答えを得られることはなく。

 私の命は散り果てた。

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