表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/28

殺したいのに殺せない

 プロジェクト"D"に関する直接的な資料は見つかるには見つかったが、残念ながらロックがかかっていた。

 ギルガメッシュ曰く、このコンソールからではアクセス権限が足りないらしい。真白に頼めばなんとかしてくれるのかもしれないが、あの女に頼むというのは気が引けた。


 おそらく、如月真白に関わる秘密もプロジェクト"D"に集約する。そう考えるだけの証拠があった。


 検索ワード、『如月真白』。

 ヒット数――97件。


「あの女……。真っ黒じゃねえか」

「おい、才羽。どういうことだこれは」

「ギルガメッシュ、静かに。ここで見たことはあの子に話さないで」


 一つ一つのファイルをざっと流し読みする。真白の名前は、もっぱら実験担当者の欄に出てきていた。

 つまり、如月真白はこの施設の関係者だ。それはもう疑いようがない。


 しかし、彼女はなぜ素性を偽って私の前に現れたのだろう。

 それに如月真白の年齢も気になるところだ。外見的にはどう見ても年下なのに、とてもこんな施設の研究者が務まる年とは思えない。


 可能性は二つ。真白が少女ながらにすさまじい天才か。

 あるいは、XG-029で外見を変えているか、だ。


 ありえない話ではない。人間から猫への変異ができたのだ。少女の姿に変異することだって可能だろう。

 だとしたら、何のためにそんなことを。


「まさか、バ美肉か……?」

「才羽。その言葉、もう死語だぞ」

「2020年ってVtuberとかめっちゃいたけど、あいつらどうなったん?」

「滅んだ」


 滅んだらしい。2033年の時点ですでに。諸行は無常である。


「海音さん海音さん。その子の名前なんですけど――」


 唐突に後ろから話しかけられた。咄嗟のAlt+F4。数多の青少年の命を救ってきた非常用コマンドは、この時代においてもしっかりと威力を発揮してくれた。


「……海音さん。えっちなファイルでも見てました?」

「いや、別に。どうしたの?」

「話そらそうとしてます?」


 如月真白、恐るべき勘の良さと間の悪さである。

 とにかくこの女は怪しい。怪しすぎる。彼女に直接プロジェクト"D"について聞くのは、余計な警戒を呼び起こしかねない。


 こうなってしまった以上、さっさと殺してしまいたいという気持ちがある。しかし、この女が何か情報を握っているのも確かだ。それに生体認証を突破できるのも彼女だけである。


 殺したい。だけど今すぐ殺すことはできない。この女を殺すのは、せめてプロジェクト"D"の詳細を掴んでからにしたい。

 それがわかったらすぐ殺す。


「それで、その子の名前なんですけど。議論の結果、ジャック・まろん・クリストファー・もちょちょ・アレックス・くろ太・ヨハン・みーさん・ジョンソン・ここすけ・アーノルド三世・ちょここに決まりました。ご査収願います」

「だってさギルガメッシュ」

「ころすぞ」


 シンプルな罵倒が来た。真白は意に介さなかった。

 本当に、この女は一体どういうつもりだ。

 年の割に落ち着いているとは思っていたが、外見年齢を逸脱するほどではない。猫を見つけてからの反応はまるで小さな女の子のようだ。

 これもすべて演技なのか、それとも。


「才羽海音。何か見つけた?」


 夜兎に思考が中断される。見つけたと言えば見つけたものはあった。


 ――私もXG-029の変異体だった。アルファ血清ってやつ。心だけじゃなくて、体も人間のものじゃないんだってさ。


 声を出さない唇だけのやり取り。しかし夜兎は首を傾げた。


「……あんまり長いの、わかんない」

「ああ、うん、そう」


 まあ、それもそうか。夜兎の読唇術にも限界があるらしい。

 時間をかければ伝えられるかもしれないが、そこまでするのも手間だった。


「大したことじゃないよ。気にしないで」

「……? そうなの?」

「うん。夜兎には関係ないから」


 そう、夜兎には関係ない。

 これは私の問題であり、父の問題だ。わざわざ伝えるほどのことでもないし、何もかも話すほど夜兎を信頼しているわけでもない。


 ……信頼、か。私はこの先誰かを信頼することがあるのだろうか。

 それとも誰にも背中を預けられず、群れの中にいながら一人孤独を抱えて生きるのだろうか。


 まあ、そんなこと別にどうだっていい。今は不信の方がよっぽど価値がある。羊の群れに狼が混じっているのだから。

 如月真白の疑惑については、夜兎に共有しておく必要があるだろう。


「それよりも夜兎、真白のことなんだけど――」

「関係ないなんて……。そんなこと言わないでよ、お姉ちゃん」


 夜兎は拳を握りしめて、顔をうつむかせていた。


「私は、もっと、才羽海音のことをよく知りたい。何かあったのなら教えてほしい。どんなことでもちゃんと聞くから。だって私は、お姉ちゃんの、妹だから……!」

「じゃあ言うけど、XG-029の変異体は猫舌になりやすいらしいよ。レポートにそう書いてあった」

「めちゃくちゃどうでもいい」

「わかったか妹よ」

「二度と逆らいません姉様」


 嘘は言っていない。読み漁ったレポートの中に実際にそう書いてあった。

 そんなわけで私も猫舌になってしまったのかもしれない。今後温かい食べ物にありつける機会があればの話だが。


「で、夜兎。真白のことなんだけど――」

「おい、才羽」


 話に割り込んだのはギルガメッシュだ。前足でぺしぺしと肩をたたいて、しきりにアピールをしていた。


「才羽、才羽。もしかして俺も猫舌か」

「うん、いや、まあ、それはそうでしょ。猫だし」

「もうラーメン食えないのか……!? なあ、嘘だと言ってくれよ。俺は何のために生きれば良いんだ!? 冗談だろ!? なあ!? あれだけが! クソみたいな仕事の日々の唯一の楽しみだったのに! こんな仕打ちアリかよ、畜生ッ!」


 左肩に乗ったギルガメッシュをひっつかんで投げ捨てる。ちょっと黙ってろお前。


「……夜兎。真白のことなんだけど」

「私がどうかしましたか?」


 挙句の果てに当の本人に気づかれてしまう。さっきからなんなんだもう。まったくもって話ができない。


「こう見えて疲れてるかもしれないから、ちゃんと休憩させてあげたいなって話をしようとしてた。大丈夫?」

「あはは……。お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫なので」

「自分じゃそう言うよね」

「本当ですよ。海音さん、優しいんですね」

「別に。倒れられても困るから」


 こんな話をしたかったわけじゃない。この女の体調なんて知ったことか。どうせ殺すんだ、弱ってくれていたほうが都合がいいに決まっている。

 仕方ないので夜兎の読唇術に頼ることにする。短い内容なら夜兎も読み取ってくれるだろう。


 ――真白、施設の研究員。


 夜兎はこくりと頷く。最初からこうすればよかった。

 まったくもう、人が多いってのは面倒なことだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ