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後編

 景明(かげあかし)の術を会得した時、トラは数日の間は退屈をすることが無かった。

 レムテルを有している者に現れる(かげ)は言葉では表せない美しさを持つ芸術作品そのものであり、それぞれのレムテルで見た目も違い、同僚と会って景を見るたびに秘境を冒険している気分になったものだ。

 そうなると噂でしか聞かなかった槿花(きんか)の景への期待は、トラにとって人生の目的の1つと言っても過言ではなかった。


「なんだよ……その景……」


 アーサーが背負っていた景は残酷な傷痕がつけられて本来の美しさを失っており、それだけでなくトラに息が詰まるほどの嫌悪感を抱かせた。


「バルドの、ミカヅキさんの影響なのか?」


 見たこともない景の異常を前に、レムテルを構成する要素であるバルドが影響を与えているものだと、トラはアーサーの元へ近寄っていく。


「……違う。わしのバルドはルナじゃ」

「何言ってるんだ。……辛いだろうけど、ルナさんはもう……」

「いや、ルナを失った時、わしには震えるほどの喪失感が襲ってきた。それからしばらくレムテルが発現できなくなった」

「なら、なんで今は」

「原因はわかっておる。レムテルが……わしが抑え込んでいた欲望がささやきかけてきたんじゃ」


 槿花の景はアーサーの慟哭に合わせて、古い電子機器の画面表示のように細かく揺れる。


「レムテルの根源は怒りや正義感などの熱く、強い感情。バルドを失ってひとりでに暴走をした。それは本能につながっていて所持者の人間性そのもの……わしが望んでいるのだ。前へと進まないことを。姿を変えぬまま、同じ日々、同じ時間を繰り返すようにと……」

「ミカヅキさんに対して若いままの姿……槿花の真覚醒のことか」


 トラはアーサーが真覚醒を絶えず発動させることでミカヅキを残したまま成長を止めていることに気づく。


「ああ、だから真覚醒を発動せざるを得なかったのか。けどきちんとバット達は助けようとした」


 トラは、バットとリュウを抱えて森を抜け出した後でアーサーが森を再生させた理由に納得をした。


「ったく、俺のことはまあ、様子を見に来て介抱したから許してやる。しかしな……」


 アーサーとミカヅキの間の事情をすべて把握したトラは頭を抱える。

 どうやって何をすれば円満に解決できるかがわからないのだ。

 真覚醒を得た後でも悩み続けている様から、予想されるのは必要となる鮮明な記憶が無いか、槿花の能力による再生の対象は存命の人間に限り、死亡してしまった人間は手の施しが無いかだ。

 たとえ後者の方法で死者を蘇生できたとしても、トラは人間の命をまるで神かのように容易に扱うつもりは無かった。

 レムテルを集結させた「強大な力」であってもだ。

 迷った末、トラは必ず正しいと信じたことから踏み切る。


「アーサー。お前を縛ってるそのレムテルは俺が回収する……ぶへえっ!」


 膝を抱えて落ち込んでいたアーサーの腕を掴んでそう告げたトラは、思いもよらず反撃を浴びる。


「いやじゃ。これは必ずミカヅキに渡すと決めている」

「あのな……察しろよ! そのミカヅキさんがああなってるから、俺が憎まれ役を買って出ていい感じにしようと……」

「見え透いた厚意を押しつけるなよ……」

「それはお前もだろ! なんでたった一言が言えない。黙ったままミカヅキさんに力を注ぎ続けて、見た限りだと何十年間、どれだけ憎まれ役になってるんだ!」


 トラの指摘が図星であったアーサーは、背けた視線がミカヅキの目と合うとすぐさまそっぽを向く。


「言えよ。『助けてほしい』って」

「トラの小僧……」

「ミカヅキさん。後は任せますよ、俺はもう限界なんで」


 短くそれだけ口にした後、トラはレムテルを解いてへたりこんだ。


「……ありがとう、トラ」

「それは俺に言うことじゃないですよ。もちろん謝るのもです」


 アーサーへ歩み寄っていくミカヅキの頬には一筋の涙が伝っていた。


「ミカヅキ。こんなわしを、助けてくれないか……?」

「当たり前だ、アーサー。また一緒に行こう。いっぱい話したいことがあるんだ」

「ああ……」


 ミカヅキによりアーサーの肉体から槿花のレムテルは回収された。

 能力を失ったアーサーはその日の夜を迎えると、今までループさせていた年月が一気に体の変化として現れ、老人の姿で一晩中関節の痛みに悶えることとなる。

 そんなアーサーは、主にトラに当たり散らしながらも活き活きした顔だった。

 それから数日後、ミカヅキはアーサーを講師として組織に招き、あることを始めていた。


『だ、だから、2つも真覚醒なんて無理だって』


 槿花のレムテルは現在、ミカヅキからトラに移されていた。

 代わりの人材が見つかるまでの間、最も脅威にならない人選だというミカヅキの決定だ。


「今日は俺の番だな。誰かが言う根性論よりも経験に基づく論理的な特訓が効果的だと証明してやろう」


 トラは手にした2つのレムテルごとで指導する相手がつき、厳しい特訓の日々を送っていた。


「おい、何が根性論だって? ごちゃごちゃしたものより直感的でわかりやすい教え方じゃろうが」

「根性論と言われる自覚はあるらしいな」

「むっ、屁理屈じじいめが」

「お前もじじいだろ。……ふふ」


 アーサーとミカヅキは、再会してから間も無く定着したやり取りをするとけらけらと笑い合った。


「ちぇっ、これが恩人の俺に対する態度かよ……まあ、もろもろの処分はチャラにしてもらったけどさ」


 賞賛や名誉を得ることは無かったが、トラは体の奥からレムテルとは別の温かい力が湧いてくる気分がしていた。


「よおし。それじゃあ今日も新しい1日の始まりっすね」

「やれやれ。今日はそのやる気がいつまで続くのか」

「はは。いいぞトラ、何事も考え過ぎずがむしゃらじゃ」


 トラ達にまた1つ、始まりの朝の風景が深く胸に刻まれるのであった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

前作の本編では真覚醒を得なかった3人がもしそれを習得していたらどうなったのか、と想像するとまだまだ面白くなりそうだなと思いました。

設定が既にあると筆が速くて楽しかったです。

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