中編
「真覚醒、『流転の月輪』」
体で感じた確かな力に、少女の顔はぱあっと明るくなる。
カンザキ組が所有している、特訓で使用する道場の一角での光景だ。
「ミカヅキさん!」
「ああ、よくやったな。タルト」
「うう、ミカヅキさんのおかげです……なんと感謝をすればいいのか……」
涙を浮かべるタルトに、ミカヅキは拍手を送って労をねぎらった。
「早速で悪いが、わしとレムテルを入れ替えてくれないか」
「は、はい。そうだ……今度は亀甲の真覚醒を習得しないといけないんですよね……」
真覚醒の習得で上機嫌だった時間は短く、タルトは肩を落としている。
「ミカヅキさん、また特訓に付き合ってもらえますか?」
「まったく、タルトはもう少し自信を持て。どういう形であれ確かに自分の手で真覚醒を手にしたんだ。次も上手くいくはず」
「は、はい。頑張ります」
「いや、もっと元気よく、『見せてやります』とでも言ってみろ。ほら」
「み、見せて、やります!」
「よおし、言ったな?」
ミカヅキに焚きつけられたものの、すぐに恥ずかしさが戻ってきたタルトは真っ赤な顔を覆ってその場でしゃがみこんだ。
「はあ、はあ、ミカヅキさーん!」
道場に入って大声をあげたトラを目にすると、ミカヅキは鬼の形相で詰め寄っていく。
「ミカヅキさん……怒ってます?」
「お前にはたっぷりと指導しなくちゃいけないことがあるからな」
「いやいや、そんなことより」
「そんなこと?」
「ほ、本当なんですって、これ」
トラが1枚のメモを差し出すとミカヅキはそれを奪い取る。
「標的だったアーサーから渡されて……」
「アーサーからだと?」
トラからの報告を聞いたミカヅキは、じっとメモの内容を見つめる。
「ミカヅキさん。無断で出た俺が言えたことじゃあないですが、この通り、ミカヅキさんの力を貸していただきたいです」
「せ、先輩。土下座までするなんて……そんなに酷いことが起きているんですか」
トラは誠意を見せるため道場の床に頭をこすりつけ土下座をする。
レムテル使いとして先輩のトラの姿を見たタルトはとても驚いていた。
その価値を安くしないようにと、土下座はレムテルを捨てなくてはならないほどの失態をした場合に限ると公言していたトラが今まさにそれをしていたのだ。
「……俺はともかく、バットとリュウさんが倒されました」
「うそ……先輩も、あの2人までもですか……」
「お願いします」
黙って目をつむっていたミカヅキは、やがてその口を開いた。
「わかった。ただきちんと反省してお前はここに残ること。ほら、顔を上げろ」
ミカヅキはぐいと肩を揺すってトラを起こしてやる。
「ということでタルト。レムテルを戻してくれ」
「……よく馴染んでいるのはわかりますが、亀甲の真覚醒は戦闘向きではないのでしょうか。あ、気になってしまって」
「習得できればわかるさ」
ミカヅキは結局タルトの疑問をうやむやにして、ミカヅキは月輪、タルトは亀甲と、それぞれのレムテルを元に戻した。
そしてミカヅキは道場を後にする。
「……さて」
「先輩。ちゃんとミカヅキさんの話聞いてましたよね」
「何が起きるかを知ってて無視をする……俺はやらない後悔はしたくない」
「ですが……その、先輩を悪く言うわけじゃないことは理解してくださいね。ミカヅキさんの邪魔をしてしまうかもしれないのでは……」
「アーサーはたぶん大丈夫だ。ま、待った、顔が怖いぞ」
温厚なタルトが黙ってむっとしているの見て、トラはあいまいな根拠に慌てて補足をする。
「俺達がみんな無事でいる。あの真覚醒を使う時、きちんとバット達を俺に運ばせたんだ。……あれ? 別に使わなければ良かっただけか……?」
「……先輩」
「と、とにかく俺は行くからな!」
トラは詰め寄ってくるタルトから逃げながら、盗み見ていたメモの場所を目指して道場を飛び出した。
時間を逆行させたアーサーのせいで時間の感覚がおかしくなっていたが、ひとまず夜になってからトラは約束の場所に辿り着いた。
「人気の無い採石場……けどあの真覚醒からしてきっと昔馴染みの場所のはず」
重機や建物の陰に潜みながら辺りの様子を伺っているとよく見慣れた白髪頭を見つけた。
ミカヅキだ。
「アーサー。出てこい」
「……来たか。ミカヅキ」
ミカヅキの声に応え物陰から姿を現したアーサーは、すぐさまレムテルを発現させ、人差し指で天を指す。
「いきなりアレか!?」
舞台の暗幕のように夜空がさっとまくれていき、森の時とは比にならない光線が降り注いだ。
それはトラだけでなく、身を隠していた重機や建物まで、アーサーの当時の光景を再現するために次々と破壊していった。
「うげ……わかっててもきつい攻撃だ……」
能力のタネをわかっていても強力な攻撃で、被弾したトラはなんとか気を失わずに済んだ。
「ん? お主は……いたのか。しかしすでにぼろぼろじゃな」
能力により炙り出されたトラに、アーサーは特に驚いた様子ではない。
相手にとってはそれほど脅威に見られていないことはトラ自身がよくわかっていた。
「すみません、ミカヅキさん。勝手についてきて……あれ?」
「はあ。お前のことだ、縛りつけておかなくちゃならなかったな。……どうした」
「待ってください、今『景明の術』を……」
レムテルを所有している者に現れる紋章、『景』は特殊な術でのみ視認することができる。
景は槿花、亀甲などレムテルごとで判別ができて、月輪の景を背負っているのはミカヅキであるはずだった。
「……誰ですか」
月輪の景を背負っていたのは、ちょうどアーサーぐらいの歳の、ミカヅキと同じスーツを着た黒髪の青年であった。
「なるほど……おい、アーサー。わしまで『逆行』させたな」
「素直にここに来たから承知の上だったじゃろう」
「いいのか? 後悔しても遅いぞ」
髪の毛を触ったり、血色のいい手のひらを見ている青年はアーサーと何やら話をしていた。
置いてけぼりにされたトラは自然とミカヅキの姿を探す。
きっとアーサーの能力に巻き込まれてけがを負っているはずだと。
「おい、トラ。勝手についてきた上に邪魔をするんじゃないぞ」
「なんで俺の名前……な、なあ、ミカヅキさんを知らないか?」
「わしがミカヅキだ。アーサーの能力で肉体が逆行させられた」
「なっ、ええ!?」
「アーサーとはこの場所で会ったことがある。お前が排除されたのに対し、わしはこうして当時の姿に戻されたというわけだ」
「し、知り合いだったんですか」
一通り話が終わったためか、ミカヅキはふいとトラから目を背けた。
「……ああ。昔は知り合いじゃった」
「ま、そうじゃな」
トラは2人の間に不穏な緊張感が走ったのをなんとなく感じた。
しばらくの沈黙を挟み、先に口を開いたのはアーサー。
「それで、あのひ弱な使いをよこしてまで、なんの用事じゃ」
「お前のレムテルを回収しに来た」
「はあ。なぜ今になって……そういえばトラも聞かされておらんようじゃし」
アーサーはミカヅキに質問をしつつ、トラの不安な様子も見逃さない。
「本来、組織の方針でレムテルを複数所持することは禁止されている。強大な力を手にさせないためにな」
「はい。『あらゆる願いを叶えられる』という力、ですね」
「だがわしは知った。真覚醒した、『蓄積の亀甲』によって月輪の真覚醒の秘めた能力をな」
「亀甲の真覚醒って、でもさっきも見たけどもうミカヅキさんのレムテルは元に戻ってるはず……」
「『母なる大海で生命の循環を見届け、日ごとに甲へ記憶を刻む亀』。その真覚醒は歴代の亀甲のレムテルを手にした者の記憶を、その創始者にまで遡って参照できる能力だ。月輪の秘めた能力もそこで知った」
亀甲の能力自体は移行を完了しても、それにより得た知識自体は引き継ぐことができたのだった。
「月輪の真覚醒はレムテルを移し替える管理の特性だけではない。奪い取ったレムテルでもその能力を使用できる」
「力に目がくらんだか。能力が増えるとはいっても、他のレムテル全てを相手にすることになる無謀な計画を立てるとはな」
「はじめはお前から力を奪うと決めていた。いくぞ」
若返ったミカヅキは、普段トラが目にしている以上の迫力を放つレムテルを発現し、そのままアーサーに飛びかかっていく。
ミカヅキの勢いよく風を切る拳の音が絶え間なく続き、一方のアーサーはそれら全てをいなして回避している。
アーサーの防戦一方が続くかと思われたが、現場に落ちていたポールを拾うとわざと大振りで振るった。
そうしてミカヅキにポールを掴ませると、その上から蹴りを入れて体をのけぞらせた。
「相変わらず行儀のいい闘い方じゃな」
「お前こそいつも行き当たりばったりだ」
2人の闘いに見とれていたトラだが、訪れた一時の静寂であることに気づいた。
「若かったミカヅキさんと出会ってたって、アーサーはいくつなんだよ。能力で肉体を戻せるなら自分自身も影響を受けるんだよな」
「呑気なことを言うでない。わしは力の奪い合いに直面しとるんじゃぞ」
「そ、そうだけど」
アーサーから素っ気無い返事をされると次はミカヅキへ話しかける。
「ミカヅキさん。こんな闘いはやめてください。そうまでして今のミカヅキさんは何を願っているんですか」
「お前には関係ない」
「ミカヅキさん……」
戦闘を再開したミカヅキは、今までとは一転してまるで別人のような動きで、アーサーの懐まで踏み込んで胸ぐらを掴む。
「願い……ルナのことか?」
「お前がそれを言うな!」
アーサーの小さなつぶやきにミカヅキは激しい怒号を上げた。
「いいのか。俺はこのまま力を奪ってやるぞ。さっきも見たな、亀甲の能力で人間の何倍もの戦闘経験を得た俺にはもうお前は敵わない」
「……それだけ力を注いだ、そんなお主の望みなら悔いは無い」
「腑抜けた返事をしやがって!」
ミカヅキはすっかり戦意喪失しているアーサーを地面に突き飛ばした。
「それがわしの償いなら甘んじて受け入れる」
「ふざけるな……なされるがまま考えることをやめて、これ以上俺を怒らせるな!」
「ああ、そうじゃ。もっとわしを激しく責め立ててくれ」
「この……」
ミカヅキが拳を振り上げた時、アーサーの前にトラが立ちふさがった。
「ミカヅキさん……やめてください。俺が馬鹿だからかもしれないけど、今のミカヅキさんは私利私欲で動いているように見えません」
「トラ。ミカヅキの邪魔をしてやるな」
「なあ、アーサー。何があったのか聞かせてくれないか」
「……わしはミカヅキの妹、ルナを殺してしまったんじゃ。これはその罰だ」
トラに秘密を告白したアーサーだったが、ミカヅキがすぐさまそれを否定する。
「あれは俺の責任だと言っているだろ」
「いや、わしが槿花の真覚醒さえ習得できていれば」
「違う。月輪の真覚醒を持っておきながら、俺はお前に甘えてしまったからで……」
「先に信じてくれと言ったのはわしじゃ」
「だとしても、逃げ出した俺にはお前を責める資格は無い」
「ならわしだって、逆の立場なら同じ言葉をかけたさ」
「ええい、もういい! レムテルを奪った方が正しい、これでいいな!」
ごちゃごちゃと言い争いをした後でとうとうミカヅキはアーサーを煽った。
しかしそれをトラが止める。
「あの! お互いの主観が混じってて何もわからないんで、きちんと順を追って話を聞きたいんですが」
ミカヅキとアーサーは距離を空けられ、それぞれどういう事情があったかトラが聞いた。
───
青年期のミカヅキは組織に属する前よりレムテルを宿していて、幼なじみのアーサーもまたレムテルを発現できた。
ミカヅキの妹であるルナを含む3人は深い親交があり、アーサーはミカヅキとは日々レムテルの特訓で互いを高めあい、ルナとは恋仲でもあった。
しかしある日、ルナが不治の病に侵され命の危機に瀕することとなる。
槿花の真覚醒ならば病気を初期状態まで逆行させ治療ができるが、当時のアーサーは習得できていなかった。
一方でミカヅキは月輪の真覚醒を得ており、ある案が浮かんだ。
アーサーに代わり、多少なり真覚醒の経験があるミカヅキがレムテルを入れ替えて真覚醒を習得するという考えだ。
───
「今お前が見ている通り、レムテルは一切入れ替えなかった」
ミカヅキ達の選択はその一言とトラの目に映った景により明らかであった。
「ルナの余命ぎりぎりまで全てをアーサーにかけた。……なんて、かっこつけたが逃げただけなんだ。俺は2人の人生を背負うと考えると失敗が怖くて……」
長らく誰にも話せなかった悩みを吐き出すとなると、ミカヅキは体裁など気にせずありのままを吐露する。
「どんな結果になっても俺以上に辛いはずのアーサーを労うと決めていた。だが動かなくなったルナを見た俺はその現実を認めたくなくて、逃げ出した俺に謝ってきたアーサーに自分勝手な怒りをぶつけてしまった」
「……アーサーとはそれから?」
「それきり自然と疎遠になっていった。だが、今もなおバルドとして力を受けとっている」
「え? ……いや、そうか。ルナさんが亡くなってもレムテルはまだ……」
組織に属する前からレムテルを得ていたミカヅキは、トラ達と違いバルドはミス・カンザキではない。
予想されるバルドはレムテルを発現した時点のルナを含む家族にアーサーであったが、ミカヅキは両親が亡くなっていたことを明言していたため、おのずと答えは導かれる。
「ならアーサーも同じってこと……けどあれだけ激しい喧嘩してて……うわ!? な、なんだ。アーサーの景が……」
・蓄積の亀甲 (ちくせきのきっこう)
与えられた要素は水
母なる大海で生命の循環を見届け、日ごとに甲へ記憶を刻む亀を参照して、今まで亀甲のレムテルを所持してきた人間の記憶を共有でき、知見だけでなく戦闘の経験も常人の何倍にもなる。
能力自体は常時発動していて記憶の蓄積は自動でなされ、真覚醒の習得で干渉に至る。
・流転の月輪 (るてんのがちりん)
レムテルの管理能力に加え、「強大な力」を得るために奪ったレムテルであってもその真覚醒を習得できる。
亀甲の真覚醒によりレムテルの創始者の記憶を得たミカヅキが発見した能力。