前編
設定的には前作のパラレルワールドの話となります。
※劇中で出てくる「蝙蝠」と「飛竜」の真覚醒は本筋に大きく影響せず、かといってネタバレも避けたいので興味がある方はお手数ですが前作#35、#57の後書きを見ていただければと思います。
「お、お兄さん!?」
無機質な機械から伸びていた管は青年により無理矢理ちぎられ、異常を知らせる警告音が鳴り響く。
青年はそのまま、管から解放された少女をベッドから抱え上げて病室から飛び出す。
抱えるほど密着していたはずの少女からは既に心臓の鼓動はしていない。
慌てて後を追おうとする医師だが、超人的能力『レムテル』を持つ青年は、人1人抱えていてもまばたきをしている間に病院内の人間の視界から次々と消えていく。
「俺が追いかけます!」
金髪の、同じくレムテルを有していたはずの青年は、息を切らして常人よりはやや早いぐらいで駆け出す。
大雨が降る屋外に出ると、少女を抱えた青年の姿は見失っていたがその足は自然とある場所に向かっていた。
「お前のせいで……お前のせいで妹は!」
「……すまない」
「ずっと信じてたんだ……なあ、晴れさせてみろよ。この大雨を! この……うう、ああああ!」
3人の思い出の公園のベンチのそばで、青年の叫び声は激しい雨の音に混じって消えていく。
◇
「全員揃っておるな」
アジアの某所、高層ビルのワンフロアでは、長身でスーツを着こなす高齢の男性が年齢を感じさせないしっかりとした足取りで部屋の中に入るとテーブルに着いていた3名の若い男女に向けてそう話しかけた。
「あの……先輩方がまだですがもしかして」
「ああ。今回の件は年齢を考慮してシニア組は不参加だ」
「はうう、不安です」
緩いウェーブがかかった黒い髪の少女、タルトは男性の返答にがくりと肩を落とす。
「じゃあミカヅキさんもか。あはは、スーツ似合ってますよ」
「まったく。生意気な口を聞くようになったな、バットの小僧が」
「いて、いてて」
スーツの男性、ミカヅキはへらへらと笑う茶髪の青年のバットの頭をぐりぐりと強く撫でる。
「それで。アイツはまた遅刻か」
ひとまずバットへの指導を終えたミカヅキは、部屋に見当たらない縞模様の頭にため息をついた。
「あー、確かに……」
「あのポンコツならさっき、なにやら大慌てで出ていった」
「りゅ、リュウさん?」
バンダナから赤い髪を覗かせている男、リュウはミカヅキに次いで部屋の中ではタルト達の先輩にあたり、その荘厳な声はバットの声をぴしっと止ませる。
「場合によってはすぐに追いたい。あのポンコツが行くような場所のアテがあるなら、話を聞かせてください。ミカヅキさん」
「はあ。そうだな…よし、打ち合わせを始める」
◇
「ふっふっふ。我らのレムテルに力を与えるバルドにして組織のトップ、ミス・カンザキ。部屋の掃除をして気に入られようとしたけど、思わぬ収穫があったぜ」
温かい日差しが降り注ぐ穏やかな森の中、暑いからと枯葉を模した隠密行動に用いるギリースーツを脱ぎ捨てて、白黒の縞模様をした頭を日中に晒した少年が鼻歌交じりでライフルを組み立てていた。
「組織を抜けていた男の捕獲……俺1人で成功させればみんなして見る目が変わるはずだ。よし、できたっと」
少年がスコープ越しで資料にあった古いツリーハウス周辺を捜索すると、出入りする男の姿を目撃する。
「資料にあった通りに金髪の……歳はバットのやつと同じぐらいか。ふん、真覚醒だけがレムテルの能力じゃない。時代に合わせて効率よく最適な闘い方があるんだ」
ライフルを構えたままレムテルを発現すると、ライフルを構える上半身とそれを支える足腰はがっちりと固定される。
「最大5500メートルの射撃が可能で携帯型ライフル、一般人なら肩は余裕で外れるがっ」
放たれた弾丸はツリーハウスの屋根に当たり、男は危険を察知してレムテルを発現して辺りを警戒する。
一見して狙撃が失敗したかに思えたがそれは少年の狙いであり、レムテルで身を覆った男には容赦なく弾丸を打ち込む。
「……ふう。落ち着け俺。ここで焦っては駄目だ。日没ぎりぎりまで粘って憔悴しきってるところを狙えば勝てる」
2発被弾して屋内に逃げた男を深追いせず、3時間にわたって監視だけを続けた。
「そうだ。一応『槿花』の真覚醒がどういうのかは見ておこ」
日没後、懐中電灯で資料を照らそうとする少年の手元に一筋の光が差す。
月明かりにしては眩しいなと、呑気に空を仰ぐとそこには目を疑う光景が飛び込んでくる。
「はあ!? 月が飛行機みたいにぐんぐん動いて……もう夜明けだって!?」
数分のうちに昼夜が入れ替わったのだ。
少年は超常現象を解き明かす頼みの綱である資料を大急ぎでめくるが、強い光を資料が真っ白に反射していて目も開けられない。
「うう……なんだ、暑くなってきた……うあっ!」
強烈な光を浴びていた少年はやがて何かの爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた。
そして手にしていた資料は塵となって消えていく。
「お主か侵入者は。ふむ、レムテルだけはしっかり出して一応無事らしいな」
「……! あっ、アーサー!」
「わしのことを知っておいてこの無礼か。まあ恐らく前の狙撃もお主の仕業じゃな」
少年のもとに近づいてきたのは標的である青年アーサーであり、爆発の騒ぎを辿りながらレムテルを使い1分と関わらず狙撃ポイントまで到着していた。
「な、なあこれってアンタの真覚醒の能力なのか……?」
「お主、何も対策せずに来たのか……」
アーサーは呆れて肩を落とし、苦笑いをしている。
その態度はさっきまで危険に晒されていたことをすっかり忘れているようであった。
「さて、お主の狙いをたっぷりと聞かせてもらうおうか。ううんと……」
少年の胸ぐらを掴んだアーサーは首にかけていたドッグタグを確認する。
『トラ』
「なるほど……このしましま頭も似合っておるな」
アーサーは手刀でトラを気絶させてから、抱え上げてツリーハウスへと戻っていった。
◇
「んっ……ここは……」
煙の臭いに顔をしかめたトラが目を覚ますと、目にしたのは焚き火で焼いた魚を頬張っていたアーサーの姿。
捕獲に乗り出すため立ち上がろうとするが、ロープで縛られていて体をじたばたさせる。
「ん。目を覚ましたか。お主のせいで食べ損なた昼めしを食っておるからおとなしくしておれ」
「ふん。こんな拘束は俺には通じないぜ」
「やめておけ。レムテル使いの扱い方は心得ておる。無理やり取ろうとすれば一緒に巻きつけたかぶれる樹液が飛び出すぞ」
アーサーが自分で背中を指し示すと、確かにトラは背中に棒状のものが当てられていることを感じる。
「へん、脅しは通じないぜ! どうせなんにもないことはわかってるさ。ふん!」
「あー……」
「へへ、どう、だ……」
レムテルでロープをちぎったトラだったが、背中を伝う液体からじわりと広がっていく熱により、だらだらと全身に冷や汗が流れる。
「あっつ……いててて!」
「向こうに川があるぞー」
「お、おう! こっちだな!」
トラは一旦森の奥へと消えていき、アーサーはゆっくりと食事を済ませた。
その後軽く伸びをしてから川へと向かうと、泣きべそをかいていたトラに無言で助けを求められた。
「かぶれ用の軟膏を出してやろうか?」
「頼む! 今すぐに!」
「なら条件がある。二度とここに近づくな」
「……!」
アーサーの提案に、トラは今まで通りの即答が途切れる。
「……それはできない」
「やれやれ。話は聞いてやろう。わしを連れていきたいなら実力行使でなくテーブル上で交渉してみせろ。なによりその方が賢く見えるぞ」
「……わ、わかった」
「レムテルを持つわしじゃから言えるかもしれんが、憎めぬアホじゃな……」
アーサーはいっちょまえに自分の仕事に責任を持っていたトラを見て思わずくすりと笑ってしまう。
先の狙撃もトラは精確に足だけを狙い、腕がありながらあからさまに急所を外していたことにアーサーは気づいていた。
当然レムテルを持たない一般人にとっては大けがを負う威力で、それはトラの真っ直ぐさ、悪く言えば視界の狭さをよく表している。
「まずこれは誰の計画で、どういう目的じゃ」
かぶれた背中に軟膏を塗ってもらったトラはアーサーからそう聞かれる。
「それは……言えない」
「わからないだけじゃな」
「そ、そんなことはないぞ!」
「顔に書いてあるわ。なによりお主らのことは嫌でも耳に入ってくる」
「俺達の組織を知ってるのか?」
「ああ。レムテルをはじめとした妖術を扱う、割と人道的な考えを掲げているカンザキ組じゃな」
眉間にしわを寄せて怪訝な表情をするトラだったが、アーサーは身体検査をしていたことは黙っていた。
「単純にわしのレムテルを回収しに来たのじゃろうな。新月から満月まで姿を変えることに由来する、『流転の月輪』の真覚醒があれば、レムテル同士の入れ替えだけでなく、一般人へ完全に移し替えることもできる」
「へえ、詳しいんだな」
「しかし組織に属するいちレムテル使いが独断で動くかのう。カンザキ組のトップの決定じゃあないか?」
「いやあ。ミス・カンザキはご高齢で実質相談役のポジションだから、ミカヅキさんの計画だと思う」
「ミカヅキ……?」
ぼんやりと焚き火を眺めていたアーサーの視線がぱっとトラに向く。
「そいつが月輪のレムテルを有しているのか?」
「元、だな。レムテルを代々継いでいくのに重要な真覚醒だから、次の若い世代に引き継ぐために今は『亀甲』のレムテルと入れ替えたんだ」
「入れ替えた? 新しい人材に引き継いだのではないのか」
若い世代、と言うからにはミカヅキが高齢であることはアーサーでも予想がついた。
しかし現在のポジション、つまりレムテルを譲るわけでなく、交代するのでは結局もう一度譲る手間がかかるだけだと指摘する。
「亀甲のレムテルがまだ真覚醒してないんだ。そこで属性は違えど真覚醒の経験があるミカヅキさんが代わりに真覚醒させることになった。で、月輪を受け取った方は元所持者のミカヅキさんから教育を受けて早くの真覚醒を目指す、って計画なんだ」
「亀甲の真覚醒……か」
顎に手を当ててしばらく考えた後、アーサーは遠回しに感謝を口にする。
「カンザキ組の内情はよく分かった。後学のために言っておくが、お主はもう少し口を堅くするようにな」
「え? ……ああっ!」
トラが口元を抑えるも時すでに遅し、アーサーは自身を狙っている組織について情報を得ることになった。
やむを得ずトラは、レムテルでアーサーを押さえつけようとするが突然辺りを覆う煙幕が発生する。
「ったく、ポンコツ。そこでじっとしてろー」
「この声、それに煙幕……バットか?」
「後で俺とリュウさんにたっぷり感謝しろよ? 真覚醒、『万聴の蝙蝠』」
空から翼状のレムテルによって滑空してきたバットは煙幕の中からトラを救出した。
「組織の加勢か……しかしトラのやつ、向こうでも『ポンコツ』呼ばわりらしいのう」
視界ゼロの煙幕の中でアーサーは静かにレムテルを発現する。
そうしてじっと煙幕が晴れるのを待っていると、背後から強烈な一撃が加わる。
「なに……この煙幕、互いに目は利かんはず……」
アーサーはいち早く煙幕を抜け出そうとするが、バットの追撃により同じ場所をぐるぐる回ることになる。
「目ではない……なら匂いか?」
焚き火のそばにいて煙臭かった上着を脱ぎ捨てて、標的を絞らせないようにしたアーサーだがバットの狙いは正確なまま、追撃は止まない。
「なら耳か」
アーサーがトラから奪っていたハンドガンを上空に向かって撃つと銃声が辺りに響く。
「うぐっ」
「わかりやすい声をあげたな。よっ、と」
立ち止まったバットの声と足音を頼りに渾身の蹴りを放ったアーサー。
確かな手ごたえを感じた後、一直線に駆けていって煙幕から抜け出した。
「バットの煙幕から抜け出しただと?」
「まだ1人おるのか……」
煙幕から姿を現し、やれやれといったため息をついたアーサーに不審な目を向けるリュウだったが、落ち着いて深く深呼吸をする。
「真覚醒、『超越の飛竜。ふっ!」
「今度は何が……うおっと!」
アーサーに向かってパチンコ玉を指で弾いたかと思うと、高速飛行しながら接近していたリュウ。
バットの煙幕を遠巻きに見ていたので距離が空いていたため、アーサーは地面に伏せてぎりぎり回避できた。
リュウは煙幕を吹き飛ばすほどの衝撃を伴いながらアーサーの頭上を通り過ぎていく。
「完全に立ち止まっていた状態からあそこまでの加速……うーん、しかけはあのパチンコ玉で間違いないはずじゃが……」
アーサーが飛竜の真覚醒について考察を巡らせていると、リュウはもう一度パチンコ玉を取り出して構える。
「ま、要はアレをなんとか隠せればいいんじゃろう」
パチンコ玉が弾かれると同時にアーサーは深く削った地面の土を蹴り出して目くらましをすると、リュウはその場で足踏みをした。
「ビンゴらしいの。しかしこのままでは決着もつかん。……ん?」
真覚醒の対策をされたリュウは、アーサーを避けて半円状に通常の移動をして自分たちが持ってきた荷物まで戻っていく。
そしててきぱきと手早く組み立てたのはボウガン。
「しかけを大きくしたか。自身の弱点を把握しておるな……」
ボウガンを組み立てている間にアーサーは距離を取っていて、高速飛行による突撃を間一髪かわす。
「しかしわかったぞ。パチンコ玉はわしも見失ってしまったが矢は見やすくていい。その真覚醒は自身より速いものでも並走できる能力、といったところか」
「……わかったとして防ぐ手はあるか?」
ボウガンの矢と並んで飛行する様を見てアーサーは飛竜の真覚醒を解き明かしたが、リュウはそれでも同じ戦法を続ける。
「見やすくて、そして正確でもあって助かる」
たった2発目であるにも関わらず、矢が発射されたタイミングで突撃してくるリュウに合わせてアーサーは肘打ちのカウンターを決めた。
「人の手だと弾いた玉の速度は誤差が大きいが、正確な道具だと比較的小さい。カウンターも合わせやすいな」
「う、嘘だろ。バットにリュウさんまで……」
アーサーの視線はうろたえているトラに移る。
「お主もやるか?」
「……ああ。仲間がやられて退けるかよ」
「真覚醒しないのか?」
「うっ、それは……やめろ! そんな目で見るな!」
トラは惨めなものを見るようなアーサーの目に対してぶんぶんと両腕を振って反論した。
「やれやれ。居場所はばれていてまだ襲撃が続きそうじゃから、そのミカヅキとやらの話は聞いてやろう」
「い、いいのか?」
「ああ、本気じゃ。じゃからお主はそこの2人を運んでやれ」
「よおし! ……罠じゃないだろうな」
「そうだとして『はい』というか? いずれにせよ選択肢は無いが」
アーサーは夕暮れの空を指差す。
まだ真覚醒は未知のままであるはずだ、というトラへのアピールだ。
結局トラはバットとリュウを抱えて、アーサーの案内で森を抜けた。
「この辺りかの。よく森が見渡せる」
トラがくたくたになりながらも森を一望できる高台に着くとすっかり夜が更けていて、アーサーは暗い森を見下ろしていた。
「最後の手向けじゃ。真覚醒『彩現の槿花』」
「うえ!? な、なんのつもりだよ」
「安心せい。ここは範囲外じゃ」
跳びはねて身構えるトラに対し、アーサーは背中を向けて森の方へと手をかざしている。
「見ておけ」
「……! まただ、急に夜が明けて……」
「あ? 明けてはおらんぞ。逆行しておるのだ。北極星があれで……早すぎて見えんか」
目まぐるしく変わる昼夜はアーサーの指摘の通り、月が東に沈んで、太陽は西から昇ってきていた。
「『万において始まりを表す夜明け。夜明けとともに開く槿花はその記憶に彩りを与え、
その光景を強く焼きつかせる』。という言い伝えで、わしの記憶に残っている光景を現実に反映させる能力じゃ」
「今見えてる光景が何日も前のだって?」
「焼き野原になろうが記憶が鮮明であればいくらでも再生できる。そしてマイナスももちろん」
「マイナス?」
完全に夜が明けると、ツリーハウス上空からに激しい点滅を伴う光線が降ってきていた。
「本来存在しないもの。部外者や廃棄されたごみはああしてエラーとして排除される。あの辺りだと、そこの2人が置いたままの荷物を焼き払ったな」
「……昨日の俺ってまさかあれを食らったのか」
「だからよく生きてたなって」
「お前はなぁ……っつ、うぐ……なにを……」
アーサーに掴みかかろうとしたトラはみぞおちに突きを食らって痛みでうずくまる。
「ミカヅキにこれを渡しておけ。わしの居場所を書いておいた」
「ま……て……」
1枚のメモを残してアーサーはトラの元を去っていった。
・流転の月輪 (るてんのがちりん)
与えられた要素は闇
夜空に浮かび新月から満月まで姿を変える月を参考とし、レムテルを交換させたり移し替えることができる。(まだ秘めた能力がある?)
・彩現の槿花 (さいげんのきんか)
与えられた要素は光
日の出の風景に添えられ、記憶を復活させるきっかけになる槿花を参考とし、「朝」に限って鮮明に記憶に残っている風景を現実に反映させる。
たとえ荒廃した環境でも再生し、居合わせていた人、動物を当時の成長状態まで逆行させる。
それに加え、その場に存在しなかった人物、物は帳尻合わせのため、空からの光線で消し飛ばす。