1話
今から数百年前。魔王により、世界は滅亡寸前にまで追い込まれていた。しかし、勇者とその仲間たちにより魔王は倒され、魔王の呪縛により凶暴化していた魔物も大人しくなった。そして現在、平和な世の中……。
「…何だここ」
気がつくとネイトは、全く知らない場所にいた。石でできた部屋のようで扉は無く、妙なほど中途半端に冷える。
「木に…鉄か何か?これは紙で、これは……宝石!うわー、ほっしーわー」
辺りには小箱が乱雑に積み上げられていて、ネイトはしゃがんでそれらを手にとって見てみる。
材質は様々だが、そのほとんどには鍵がかかっていた。試しに振ってみるが音はしない。思い切り床に叩きつけても、衝撃音がするだけで壊れる気配は微塵もない。不思議に思いながらも、ネイトは小箱を戻して立ち上がる。
「にゃあ」
どこからか黒猫が現れる。黒猫は一声鳴くと、ネイトの横をすり抜け、いつの間にやら現れた扉の方へと向かって行く。
何となく追いかけなければいけない気がして、ネイトは慌てて猫の方へ一歩踏み出……
「っお」
せなかった。
起き上がると、昨夜眠りについた野原の木陰。頭を掻き、あくびを一つ。そしてネイトは一言つぶやく。
「変な夢」
◇・・・
近くの川で水を汲み、顔を洗って荷物を整理する。
「もーすぐ町やけんな、忘れんうちに何買うかメモっとかんと」
毛布、服、ランプ、ナイフ……それぞれをしっかりチェックしながらリュックサックに詰め込む。
「ナイフ…にろうそく、あとマッチ…っと」
町で買うものをメモし、リュックを背負って立ち上がる。
「よーし、行くお」
景色は違うが、どこであろうと空気は変わらない。とても穏やかで、愛用のギターを持っていれば、弾き語りでもしているだろうほどだ。
そんな感じでまったり歩いていると、何かが空から落ちてくる。
「ぬぉっ」
「ぶみゃっ」
ちょうど頭に乗っかったそれをそっと手に取り、ネイトはその姿を確認する。
「あ、ナゴロンや」
ナゴロンとは、グミのようにブミブミした触感の丸っぽい何かに、猫っぽい何かの顔と耳、そして、虫っぽいと言われればそうかもしれない尻尾をもった魔物である。
「みゃごん」
「お前どっから落ちてきたん」
そう話しかけて上を向くと、黄金のふさふさした毛玉が飛んでいるのが見える。
「あー、トリルか」
自由自在に飛べるよく分からない毛玉、トリルという魔物だ。ナゴロンはどうやら、トリルに乗っていたところを何やかんやで落ちてしまったらしい。
「なに、空の散歩でもしとったん?いーなぁ」
「みゃーご」
「クルルル」
トリルが空から降りてくる。そして……ネイトの頭の上に、乗った。
「何故乗った。自分で動けー」
そう言われても、魔物2体は知らぬふり。ネイトの腕の中、頭の上でくつろいでいる。
「もー、しょーがねぇなぁー。どちらまで行きますか?」
ネイトは2体に尋ねる。
「みゃごごんごん」
「クルルクルルル」
「なっ、何を言ってるか分からないだと……?」
当然である。
「まぁー、森の方やろ?町に行くには遠回りやけど……行くか!」
「みゃー!」
「クルルッ」
◇・・・
その頃、森ではおいしいシチューの香りが漂っていた。
「ねータカ。私一生この森で暮らしてもいいかもしれない」
「何言ってんだスズ。一生ここじゃ卍だろ」
道具屋…「何でもよろづ屋」のスズとタカが、朝食にシチューを作っているのだ。そこら辺に生えていた黄色、オレンジ、ピンクのキノコにカクレッポの尻尾を煮て、売り物の中からシチューのルーを取り出し投入。ちなみに、カクレッポの尻尾は牛肉のような味と触感だ。
「ところでさぁ、さっき森のお父さんから貰ったこの宝石?みたいなの。何なんだろーね」
タカがシチューを作っているのを横目に、スズはシートの上で寝そべり、「フォレストファーザー」と呼ばれる森の主から貰った石を眺めている。
「知らね。町で石屋に視てもらうか。ほい、シチューできたぞ」
「わー、どーもどーも。いただきまーす」
「いただかれまーす」
◇・・・
「さーて、着いたぜ森。ナゴロンにトリル、あってるか?」
ネイトが言うと、2体の魔物は嬉しそうに鳴き、お礼を言うかのようにそれぞれタックルをかますと、森の奥へと帰っていった。
「ゴフッ……なかなかの、タックルだ……☆」
タックルをくらった腹を押さえ、膝をつく。しばらくして痛みが収まると、そろそろ出発しようと立ち上がった。すると、森から人が出てくる。
「お、ネイトか?」
「卍クラッシャー!?スズさんも!」
「わー、おひさー」
森から出てきたのはよろづ屋の二人だった。
「半年くらいぶり?元気でした?卍クラッシャーは、色々卍でクラッシュしとった?」
後半何を言っているのか訳が分からないが、半年ぶりにあった知人にネイトはテンションが上がっている。
「元気元気。ネイトも元気だね」
「この前は皿をクラッシュしたぞ」
「何よりです。あ、今から町行くんすか?一緒に行きましょー」
三人で並んで町へ向かう。途中で派手な赤い髪の旅人とすれ違ったが、本当にただすれ違っただけ。そのまま特に何事もなく町に着いた。
「おー、都会や。商店街みたいのがある」
「ネイトは田舎出身だったな、そーいえば。じゃあ、今日の昼から明後日までの出店許可とってくるぜ卍」
「何が『じゃあ』なの?そーだ、私は今から石屋に行くんだけど、一緒行く?」
「着いていきます、暇なんで」
この国の町や村、集落には、旅の商人が数日間町に滞在する際に、テントなどを張って出店できるようなスペースが設けられている。
スズとタカの営む「何でもよろづ屋」も、旅をしながら、ときどき町などテントを張って商売をしている。二人のよろづ屋は、日用品から珍しいものまで多くの種類、品物が揃っていて、さらには一つの町に長く滞在せず、旅をしているときにも中々会えないため、幻といわれるほど……会えたらラッキーな道具屋なのである。
しかしネイトは、何の縁か、わりとしょっちゅう出会っているのだ。ラッキーボーイである。
タカが町長に出店許可をとりに行っている間、スズとネイトは石屋にやって来た。
「らっしゃーせー」
店に入ると、本を読んでいた店番の青年が顔をあげる。
「すみませーん、石の鑑定頼みたいんですけどー」
「あー、はいはい。どの石です?」
「これです。森のお父……森の主から貰ったものなんですけど」
見る位置によって色の変わる不思議な石。青年はその石を見ると、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに答える。
「これは……『時の雫』です」
◇・・・
「よーし、出店許可とれた!テント張るぞー」
旅店スペースでタカは一人、ハイテンション。荷物からテントを出したところで、スズが戻らなければテントが張れないことに気がつきローテンションになっていた。
◇・・・
「時の雫…って?」
スズが首をかしげると、石屋の青年は説明をする。
「すごく珍しい、幻といわれる石です。今 世間で存在が確認されているのは、4000年以上昔に発見された、城の宝物庫で保管されている一つだけで……」
それを聞きスズはうなずく。
「とにかく貴重なんだねぇ。んー、だったらネイトにあげようか」
「何で?売り物にしないんすか、スズさ ん」
「しないよー。だって、何か怖いじゃんそんな幻とか何とか……まぁそーゆーわけで失礼しますねー。また今度、何か買いに来るよ」
そうして二人は店を後にする。
「んー、タカのとこ行ってテント張ってー、そのあとどうしよっか。ネイトは?宿とるの?」
「そのつもりっす。あー、でもなぁ…金ないけん、良かったらテントでご一緒させてもらっても?」
「いいよー。その代わり、テント張り手伝ってね」
「当然ですよ」
◇・・・
「あー、暇やなぁ」
テントを張り終え、昼食を食べてから、ネイトは町の外を散歩していた。テントでよろづ屋の手伝いをすることも考えたが、会計も接客もできる気がしない。算数に数学は敵だ。
「ん?お、朝すれ違った人や!」
「おぉ?」
空を眺めながらフラフラ歩いていると声をかけられ、前を向くと、どこかで見たような赤い髪が目に入る。朝にすれ違った、派手な赤い髪の旅人である。
「あー、どーもどーも。今から町行くんです?」
ネイトが尋ねると、赤い髪の旅人はうなずく。
「そうっす。あ、俺はコウバっていいます!同い年っぽいし、ため口でいいですよー。あなたは?」
「おぉう陽キャまぶしい。ネイトです。ため口同じく」
「やったらため口で!えっと、ネイトは旅人なん?」
「おー。何か暇やったけん旅に……」
「仲間!俺も暇で旅出たんだぜ!ところで…もしかしてさ、西の方の人?」
コウバに言われ、ネイトは数回まばたきをする。
「何で分かったん?ってあー、なまっとんけんか」
「それもあるしー、俺も西から来たんよ。しゃべり方的に、そーかなーって」
「なるほどなぁ」
◇・・・
「そーいえば俺、占い得意なんよ」
町に着き、宿のコウバの部屋で話していたら、コウバはそう言ってろうそくを取り出した。
「ほんと?やったらさー、俺の運命の相手占ってくれん?彼女欲しいんよなぁ」
「任せろ!ちょっと待ってなー」
テーブルにろうそくを立て、火を点ける。そして、その炎をじっ……と見つめ、コウバは言った。
「運命の相手とはすぐ会えるって。で、その相手は…何か石を持っとんらしいよ。ネイトと同じやつって」
「なるほどすぐ!石!よっしゃ彼女!!!」
「あ、でも『運命の相手』やけん、『運命の恋の相手』とは違うよ?」
「えっ」
◇・・・
「ごちそっさまー!よし、ちょっと散歩行ってくる」
日が傾きだし、よろづ屋が店じまいをする頃にネイトはテントに戻っていた。そして夕食にカレーを食べ、食後の運動…散歩をしに町の外へ。
「何か……気持ち悪いな」
空を見て、ネイトはつぶやく。町の中では何ともなかったが、外は妙に空気が重苦しい。
「…やっぱもう戻るか」
そう言って方向転換をしたとき、
「グルルルァアアア!!」
魔物の声が聞こえた。それが聞こえた方を見ると、ブスブスと闇の気を放つトリルかいた。
「あの闇のオーラ……何が」
「グギャアッ!!」
驚きで固まっていると、トリルは孟スピードでネイトに突進する。紙一重でそれをかわしたが、ネイトの頭には疑問がいくつも浮かんでいた。
「なん、何で魔物が人を……!あの闇のオーラにこの空気、勇者伝説の本にっ、魔王が存在していた頃の……」
トリルから距離を取るため、走りながら生じる疑問を口にすると、あっさりと答えが姿を現す。
「魔王が復活した?」
再びネイトは立ち止まる。
――魔王が復活したのなら、世界はどうなる?今度は勇者が現れないかもしれない……。
「グルァ!」
「あっやべ」
ネイトの元に、あっという間に追い付いたトリルは、立ち止まったネイトの背後から攻撃をしかける。完全に気を抜いていた。今度は、かわしようがない……そう思っていたとき。
「グァッ?!」
何者かに、トリルは蹴飛ばされる。その一撃で、トリルは地に落ち、光となって消失した。
「大丈夫?」
そう言って声をかけてきたのは、薄茶色の髪をした、ネイトと同じ歳ほどの少女。
「お、おー…え、ありがとう?」
「どういたしまして」
そこでネイトは、少女が身に付けている首飾りに目を向ける。その首飾りについている石が、スズからもらった石……時の雫とよく似ていたからだ。
「そのネックレスの石……」
ポケットから、自分の石を取り出して言う。少女はそれを見て、驚きの表情を見せる。
「時の雫?!嘘、お城以外のは、私のしかないと思ってたのに…」
「やっぱその石、時の雫なんや…」
会話が続かない。二人ともコミュ症だ。
「えっと……私はキオです」
「えっ、あっはい。俺はネイトです…」
妙な空気が場を支配する。切実にやめて欲しい。
「……ん?同じ石…あっ」
そこでネイトは、コウバの占いを思い出した。
「運命の相手や」
その言葉を聞いたキオ。何コイツやべぇみたいな顔をする。
「違う!友達の占いで……」
「待って、占い?占い……あぁ!!そう、そうだ!おばあちゃんが言ってた!『いつか魔王が目覚めるとき、時の雫を持つもの二人が巡り会い…そして、世界を救うだろう』って!」
「え?その言葉通りだと……」
その時。
「グルルル……ギシャーッ!!」
どこからか、魔物の雄叫びが響き渡る。ズズン……と大きな音をたて、森の方角から魔物が一体やって来た。
「あの……キオさん。あれってあれですよね」
「レカード……魔王が倒されても支配が解けず、とりあえずで封印されてた危険な魔物……」
やばい。その一言に尽きる。二人は全力疾走、町へ戻る。
「……どうする?」
「どうしよう……」
町の空は、外と違ってとても明るい。空気が穏やかで、先ほどまでの出来事は幻だったのでは?と思ってしまう。
「リアルなんよなぁ……」
ネイトがつぶやくと、宿からコウバが出てくる。
「あ、ネイト!…に、可愛い女の子」
「コウバ!……あのな」
「へー、魔物なぁ。ふーん」
ネイトは、コウバに先ほどの出来事を話してみる。
「……前、本で読んだんやけど。昔はみんな、『能力』って不思議な力を持っとって…めっちゃ略すけど、今の人々は、その能力を封印してるらしい。時の雫はもしかしたら、その能力を解き放つ……」
そこまで話を聞いて、キオは立ち上がった。
「分かった。分かった!よし、行こうネイトさん!」
「えええ」
キオはネイトを引っ張って町の外に出ていく。コウバはそれを見送りながら、微笑みを浮かべていた。
「なかなか、面白そうやなぁ」
「戦おう、ネイトさん」
「まぁ…戦ったらモテそうやし」
レカードは、ゆっくり…ゆっくり…しかし、まっすぐに町へと向かってきている。
二人は並んで立つ。そして、己の持つ石を強く握りしめ、ただ…町を救おうと、心で叫んだ。
すると、その願いに反応したかのように、石が光を放つ。そして二人はそれに包まれ……光が消えると、よく分からない衣装を身に付けていた。
「何だこれ」
「変身か何か…?」
通常であれば決して着ないような衣装。だが、それに気をとられている暇は無かった。
「…グォアアアア!!」
こちらへ向かいながら、レカードは炎を吐く。二人は後ろに跳んで、それをかわした……が。
「めっ、めっちゃ!めっちゃ跳んだ!!」
「飛んでる?!私たち飛んでる!!」
二人は、平屋の屋根を越えられるほどの高さまで跳んでいた。どうやら変身の効果らしい。着地も問題なくでき、慣れない体の軽さに、二人はテンションが上がっていた。
「やっばいwこれは、確実に主人公www」
「ネイトさんww何笑って、笑っwwww」
そんなことをしていると、レカードは二発目の炎を放つ。キオはそれに手のひらを向け、グッと力を込める。すると空気中の水蒸気が手のひらに集まり、水の球ができあがる。そして、それと向かってくる炎をぶつけて打ち消した。
「何かできた……」
無意識の行動だったのか、キオは驚くが、それで何となく、ずっと昔に封じられた「能力」とやらの使い方を理解したようだ。それを見ていたネイトも、自分の能力を何となく感じている。
目を閉じ、風を感じながら静かに呼吸をする。そして、意識を集中させ、手に風を集める。
「よし!」
目を開くと、手には風の弓矢ができていた。それをしっかりと握り、レカードに向けて矢を放つ。
「ガァッ、グォアアアア!!」
それは、レカードに見事に命中。レカードは悲鳴をあげ、ネイトを睨み付ける。
「顔こっわ」
「煽らないでネイトさん」
レカードは、物凄い勢いでネイトに向かって突進する。ネイトは風のクッションを作って突進の勢いを殺し、レカードの背後に跳ぶ。そして、思い切り蹴りを食らわせた。
「ガッ…ア゛ァアアア!!!」
「俺は!さっき飯食ったばっかでこんな運動して……腹が痛いんだ!さっさと眠れっ!!」
そう叫びながら、ネイトは風の剣を生成して、レカードに思い切り突き刺した。
「ギャッ、ガグゥッ……クッ!」
ズドン……と大きな音をたててレカードは倒れる。それを背景に、ネイトはゆっくりとキオの元へ向かって歩いていた。さながら特撮のラストシーンのようだ。
「……どーよ!俺倒したぜ、すごくない?!」
「すごくないです」
キオはネイトに手のひらを向ける。
「えっ」
水の球を放つと、それはネイトの頬をかすめ、背後のレカードにぶつかる。
「カッ……」
レカードは掠れた声をあげ、光の粒子となって消えていった。
「倒せてなかったんやぁ……」
「魔物は、倒されたときに光になるから…うん」
「分かったお」
◇・・・
レカードを倒した二人は町へ戻る。変身は町に入る前に自動で解けた。町の門で待っていたコウバに戦いの結末を告げると、二人はそれぞれの寝床へ帰っていった。
そして翌日……。
「よし、じゃあ出発するな。ありがとうございました、スズさんに卍クラッシャー!」
「どーいたしまして。外では魔物が暴れてるんでしょ?気を付けてね」
「ネイト……卍でな」
よろづ屋で道具を揃え、ネイトは町を出る。コウバは昨夜のうちに発ってしまったらしく、町にはいなかった。
「今日はどこまで行こうかなぁ」
「この湿地帯とかは?」
「うぉっ?!え、キオさん!?」
地図を見ながら歩いていると、背後からキオが現れる。
「なんで?」
「多分、私とネイトさん二人がおばあちゃんの言ってた世界を救う二人なの。だから……旅に着いていかせてもらう」
「まじかぁ……めっちゃ野宿するよ?」
「別に平気だけど」
「そっか……まぁ、じゃあ……よろしく?」
「うん。……よろしく」




