第5話:無双
リリィは薄暗い中でも目が効くようだ。迫ってくるそれらは光沢のある鱗の表皮に、魔石のきらめきを反射させている。緑のずんぐりむっくりなトカゲが2匹、ナタを掲げて駆けてくる。この世界の俺の身長163センチメートルよりは確実に大きい。
「な、なんとかなりそうかにゃ?」
リリィは俺の背中に隠れた。
「胸、当たってるんだけど」
「当ててるの」
「どこで習ったんだよ」
「お、乙女の秘密にゃ」
こんな乙女いてたまるか。俺は深呼吸する。右手を向こう正面に持ち上げる。姿がはっきり見えるようになったリザードマン2匹を念動力で天井にぶつけ、その脳髄を破壊する。そして打ち上げられた躯体がバサっと音を立てて自然落下した。
「つ、つよすぎるにゃ」
リリィが脇のしたから顔を出してそうつぶやく。
耳に残る呻き声を残してリザードマンの死体が空気にさっと溶けた。そして、小指大のクリスタルが地面に落ちた。
「なんだ、どうなってる? 飯が」
「た、食べる気だったのかにゃ……。ダンジョンの魔物は倒すと核の魔石だけを残すにゃ」
「ダンジョンって何なんだ?」
「ダンジョンは神さまが与えた試練だって聞いたにゃ。魔族との戦争の前に実戦経験を積んでレベルアップできるようににゃ。リリィも今のでレベル上がったにゃ」
「へぇ」
俺はリザードマンが残した魔石をつまむ。
「聞いてきたくせに興味なくてびっくりにゃ」
「いや、リリィは神を信じてる?」
「うーん、微妙にゃ。冒険者は信じてる人が多いにゃ」
「なんで?」
「ダンジョンは階層状になっていて、入ってきた時みたいな魔法陣で下の階層に行けるにゃ。それで下に行くほど強くなるし、めずらしいものが宝箱から出やすくなるのにゃ。だから、ダンジョンに入ると効率よく強くなれるにゃ」
「RPGかよ」
「あーるぴーじーにゃ?」
俺は2つの魔石を手のひらで転がしながら、ドーム状の部屋を抜け細い通路を進んでいく。リリィは両手で大事なところを隠しながら俺の真横を歩く。
「リリィの昔の話も教えてくれよ」
「リリィのこと好き?」
「あんなことされたらそりゃ……」
「ちょろいにゃ。危機感なくてびっくりにゃ」
「お前が言うな。どんな環境で育ったらそうなるだよ」
「ルルに言われたくないにゃん。そんな力があるのに、あんなことしただけで好きになっちゃうなんて、ちょろすぎにゃん。ちょろちょろのちょろにゃん。そんなんだから前の世界でいいように使われてたんだにゃん」
「お前……」
「お前はやめて」
リリィは俺の横を一瞥もせずに追い抜き、通路に空いていた横穴から隠し小部屋を見つけた。
俺がその横穴を覗くと、黒いマントを羽織ったリリィと口を開けた宝箱が見えた。彼女は振り返ると右手に持った着ているのと同じマントを俺に投げつけた。
「さっさと着て。いつまでそんなものを見させるつもりなの」
「おい、どうしたんだよ、急に」
駆け寄ってきたリリィは俺のみぞおちにパンチした。
「オエッ」
「ごめん……。じゃなくて」
リリィは一呼吸おいて俺に向き直った。
「もし、魔王と直接戦ってる帝国の皇帝に『我が帝国を救って見せろ』って言われたらどうする?」
「どうするって、魔王を倒す?」
「倒すってなに。殺すってこと?」
「まぁ、状況によるっていうか」
「逃げないで!」
「に、逃げてないし」
「ルルは前の世界で、どうして怪物と戦っていたの?」
「俺は力をもって生まれたから、その責任を──」
「責任って? ルルは誰かに言われて、誰かと戦っていただけでしょ。ミーはそんなルルとは一緒に戦えない。ミーはミーの意志で魔王と戦う」
「俺だって」
俺だって何も考えずに生きてきた訳じゃない。生まれた時から人を殺せる力を持って、だから、誰も傷つけないように一人で生きてきて。何かを害する以外に何の役にも立たないこの力以外に、なにも持たない俺は、この力を正義のために使わないと、あの世界の住民である資格は得られなくて。
「ごめん、言いすぎたにゃ。次、行くにゃ」