第1話:幼児無双
この異世界に転生して3年が経った。夜中にテレポートでこの異世界中を飛び回ってみて、分かったことがいくつかある。
まず、この施設のことだ。ここは教会の孤児院で俺に親と呼べるような人はいない。俺の他にも同じ境遇の子供たちが、20名ほどここで育てられている。年齢は幅広く、0才から14才までだ。そして、15才になると皆、孤児院を出て独り立ちしていく。
次に、この世界のことだ。この世界は案の定、剣と魔法の中世ヨーロッパ風異世界だ。さすがにタイムスリップはできなかったので、中世ヨーロッパが実際どんなだったかは分からないが。
あと、この惑星には巨大な一つの大陸しか見当たらなかった。近所の惑星に火星人みたいな怪人どもがいないか見に行ったが、そんな様子はなかった。
この世界の脅威はただ一つ、魔物と、それを統べる北の大地の魔王だ。人間やモフモフの獣人、エルフなどの亜人の同盟と、魔物の軍勢がこの大陸の南北の中間線でにらみ合っている。ただ、魔物はどこでも湧くようで、適度な魔物は食料や、武器・防具の素材になるようだ。
もう一つ、この世界での俺の目標が決まった。
余生だ。
冒険者として、前線から遠く離れた安全な場所で、その辺の魔物を狩って、慎ましく豊かに暮らす。超能力を持っているのがばれたら、また、地底や海底、果ては宇宙まで派遣され、怪物と戦わさせられる。まあ、この世界が滅びそうなら、なんとかするしかないが。
そして今日その一歩を踏み出す。乳児を卒業して夜中のシスターの監視網から逃れた俺は、近くの森にテレポートし、一匹の魔物と対峙している。
「魔法っぽい超能力の研究に付き合ってくれよな」
メガブロスは鼻息を荒立たせる。お外遊びの時に、村人がこいつを捌いている所を見た。
この世界の魔法は主に、火、風、土、水、電気、回復の6属性がある。
「まずは火だな」
何もない空間に炎を生み出す超能力はパイロキネシスと呼ばれる。可燃物質と酸素を断続的に供給するイメージが必要で、とにかく面倒くさい。
手のひらの上でゆらめく炎を矢状に整形して、メガブロス目掛け射出する。
「ファイアアロー、ってあんま効果なさそうだな」
炎をぶつけただけでは本家ほどの威力は出ないようだ。まあ、それもそうか。
やけどを負ったメガブロスはいきり立って今にも突進してきそうな剣幕だ。だが、念動力で10センチメートル浮かせてあるので、どう頑張っても前へは進めない。
次は風か。風の刃、ウインドカッターがまだ何とか再現できそうか?
腹のあたりに空気を集め、圧縮させていく。それを指向性をもって一気に解き放つ。
「ウインドカッター」
その瞬間、俺の前方5メートルの地面が爆風で禿げ上がり、あたり一面ハリケーンの過ぎ去った後のような惨状が広がった。
「こりゃだめだな」
メガブロスはついにおびえてしまった。ところどころ木片が突き刺さってかわいそうだ。
土魔法は防御系がほとんどだし、水魔法は傷口の洗浄に使われているのを見たぐらいだ。孤児院のシスターもケガしたときに使ってくれる。回復魔法は使われているところを見たことがない。傷口周辺の時間を加速させればそれっぽくなるだろう。だから、最後は電気だ。
メガブロスの前後にプラスとマイナスの電荷をそれぞれ集中させていく。電気はある程度溜めないと空気中に放電しない。あたりにオゾン臭が漂い始める。
そろそろか。マイナスの電荷を一気に開放する。
「ライトニングボルト」
まさに地上の雷、月下の霹靂だ。耳をつんざく爆音とともに、地を這う稲妻がメガブロスを貫いた。メガブロスは一瞬で黒焦げになってしまった。そして、落雷音が山々にこだまする。
ちびった。
中身ははたちでも体は3しゃいの幼児だ。股間はまだゆるゆる。さっさと帰ってシスターに泣きつこう。
「うえーん。きもぢわるよー」
孤児院を卒業したばかりの新米シスターが、あそこをきれいにしてくれる。はたちが15才に股間を洗わせているとか、いや、考えないで置こう。実際涙が止まらなくて、呼吸もままならない幼児なのだから。
違うことを考えよう。魔法っぽい超能力で使えそうなのはファイアボルト一択だ。風魔法は制御が効かない。戦闘のたびに森林を破壊するわけにはいかない。雷も封印しよう。おもらし癖がつく。
「ミルクいりまちゅかー?」
「結構だ。ありがとう」
「え、あ、はい」
俺は新しい布おむつを受け取り、自室へ戻った。