第0話:vs火星人
──お前にしかできないことがある。誰かのヒーローになれ。
幼いころ、わが子が超能力者と知ってか知らずか、親父にそう言われた。そして20才になった俺は無事最強のヒーローとなった。そして、今まさにヒーローの職務中だ。
ここ、火星で。
米軍は超能力者使いが荒すぎる。自衛隊にしときゃよかった。そもそも、火星人なんて本当にいるのか。俺がここに来る羽目になった元凶、火星探査機「インサイト」に腰掛けながら、茶褐色の岩砂漠の地平線を眺める。
はわわとあくびをする。こんなところに移住するなんて馬鹿げてるよ。なあ、火星人さんよ。
いつの間にか空を覆いつくすUFOの群れ。
「あー、聞こえてるか。俺は米軍星間特殊作戦群、U.S.Interstellarの田中喜一。戦争しに来たわけじゃない」
少し遠い太陽を覆うひときわ大きなUFOにエネルギーが集中していくのが分かる。
「おいおいおい、合衆国を敵に回すのはやめといた方が──」
母船から極光が降り注ぐ。その瞬間母船のすぐ近くまでテレポートした。
火星の岩砂漠が一瞬でマグマと化す。
「これはほっとけないな。脅威ランクSに認定だ。おめでとう」
船体に張り付いているあやしい鏡面の膨らみをぶん殴る。指令室か、当たりだな。タコみたいなやつが司令官か。
「あー、さっきのが聞こえてなかったのなら──」
「地球ノ蛮族ガ。ワレワレハ、宇宙最強ノ戦闘民族、火星人デアルゾ。参謀チュパペロスガ相手ヲシテヤル」
「あの、人の話は最後まで──」
「念動力!」
左肩にトラックが突っ込んできたような衝撃を浴びて吹っ飛んだ。俺の下半身が鋼鉄の指令室の壁に埋まっていた。
「おい。やりやがったな、クソタコ。ぶっ殺してやる」
鋼鉄の板金をべりべりと引っぺがし、床に着地する。
「ナ、ナゼ、最大出力ノ念動力ヲ食ラッテ生キテ──」
「うっせえタコ。月収手取り19万で宇宙に行かさせる気分が分かるか」
「ハ?」
本物を見せてやる。超能力は科学と空想の産物だ。タコをぶっ飛ばす力学と重力をイメージする。
「ズドン」
自分とタコとの延長線上に、船体に直径2メートルの穴が開く。タコはタコ汁を残して、跡形もなく火星の藻屑となった。
指令室の警報器が一斉に悲鳴をあげ出す。
指令室にあった船体図をもとに、最も守りが厳重な一室へ向かう。
「よくぞ、ここまで来た。地球人よ」
「どこぞの魔王気取りか?」
「ふっ。魔王とはよく言ったものだな」
無機質な石造りの玉座に4本腕の怪人が鎮座している。こいつの声は聞き取りやすくて助かる。
「さっさとやろうぜ。お前が火星人のリーダーなんだろ。オーラが違うよ」
「お前も、ただ者ではないな。楽しめそうだ」
刹那、怪人が目の前に現れる。剛腕2本から繰り出される右ストレート。
すんでのところでエネルギーバリアを展開するが、バリアごと吹っ飛ばされる。船体の壁を何枚もぶち破り、火星の空に放り出された。
「やっば」
目下にまた一瞬で怪人が迫る。左腕2本から繰り出されたアッパーをまともに受ける。バリアを突き破って、腹と胸に直撃する。
ひゅーんと気の抜けた音を発しながら、火星の雲と大気圏を抜けた。
無音。地球が見える。取り立てて青くはない。肺の二酸化炭素を直接酸素に変換しているので呼吸は必要ない。体はエネルギーの被膜で覆われ、気圧差でポーンと体が爆発することもない。
楽しい。久しぶりに攻撃を喰らった。今度はこっちの番だ。
宇宙まで追ってきた怪人の背後にテレポートする。すかさず、超能力で強化した回し蹴りを喰らわす。
怪人がイモみたいな小惑星に激突し、緑の血を吐く。テレポートで怪人に迫る。重力操作ライダーキックで怪人の腹ごと小惑星を粉砕する。
「か、怪物め」
「お互い様だろ」
初テレパシーコミュニケーションが火星人とは悔やんでも悔やみきれない。怪人を吹き飛ばしたはるか彼方から、流星群が迫る。
そいつらを重力操作と念動力の合わせ技でせき止める。行き場を失った小惑星達がぎちぎちと壁を形成していく。
「クソっ」
小惑星の城壁を粉砕し怪人が光速で迫る。
「お前は我が火星人の民にとって脅威だ。共に果てろ!」
怪人の手には青白く光るグレネードがあった。限界距離までテレポートするが、逃れられない。
人工ブラックホール。光すら逃れられない超重力に飲み込まれる。
「テレポート、テレポート、テレポート……。クッソ、どうしてこうなった!」
もはや景色もない。時間の概念もない。何も聞こえないし、何も感じない。暗い闇の中を何分間か、それとも、幾星霜か漂った。
「おー、よちよち。いっぱい飲むんでちゅよー」
「ばぁ!」
哺乳瓶で生ぬるく、薄いミルクを飲まされている。まずい。まずすぎて泣けてくる。
「うわーん!」
「あらあら、おいしくなかったでちゅかー?」
わかってんなら飲ますな。放せよ、おばちゃん。もっと若いお姉さんがいい。
「って、なんでやねん」
「きゃー! しゃ、しゃべった。ルルが喋ったわ!」
ツッコミテレパシーが漏れてしまった。
ここは? 転生? てか、おい、揺らすな。首がまだすわってない!
時勢が時勢なので、楽しいお話を書いてみました。