怪しい男
「キングに会った…?それは、本当か?」
ディオスの言葉にソフィアは頷いた。
「そうか。大切なペンダントを奪われたのはショックだろうけど、とりあえずは君が無事で良かった。キングは噂によると、目撃者も容赦なく殺すって話だから…。命だけでも助かって本当に良かったよ。」
「キングは…、その内私を殺しに来るわ。」
「えっ?」
「キングは私のしていることを見抜いていたわ。私がキングの正体を暴こうと嗅ぎ回っていることに気づいていた。」
「けど、君は実際、殺されなかったんだろう?だったら、」
「いいえ。殺人鬼キングは私を次のターゲットに決めたわ。キングは相手の大切なものを奪ってから相手を殺すって話よ。だとしたら…、次は確実に私を殺しに来る筈。」
「そんな…、そんな事が」
ディオスは息を呑んだ。
「大丈夫。私だって、ただ黙って殺されるつもりはないわ。この手でキングを捕まえてみせるわ。アニーの仇をとるためにも、ペンダントを取り返す為にも…、私がキングを迎え撃つ。」
「危険だ!ソフィア…、すぐにでも警察に相談した方が…、」
「それでは駄目よ。今までもキングは警察の捜査網をかいくぐってきた。警察の何人かも犠牲になっている。恐らくだけどキングを捕まえるのは大人数であればあるほど不利なのかもしれない。それに…、キングは私がこの手で捕まえないと意味がないの。これは…、私なりのけじめなのだから…。」
「ソフィア…。」
「心配しないで。これでも、小さい頃から自分の身を守る訓練を受けてきたのだから。」
「じゃあ…、何かあったら僕を頼ってくれ。微力ながらも君の力になりたいんだ。」
「でも、それじゃあ貴方まで…、」
「君の為なら、危険な目に遭っても構わないよ。」
「ディオス。あの、どうしてそこまでしてくれるの?」
「どうして、か…。聡い君なら気づいているのかなと思ったんだけど…、僕の気持ちに。」
デュオスはそっとソフィアの手に触れた。ソフィアは驚いたがその手を振り払わなかった。
「あ、あのそれって…、」
「でも、今は言わないでおくよ。…この件が片付いて全てが終わったら、聞いてほしい。」
―ディオス…。もしかして…、私の事を…、
「ごめん。ソフィア。そろそろ行かないと。本当は君を送っていきたかったんだけど…、」
「大丈夫よ。元々、私が無理言って時間を作ってもらっているんだし。迎えなら、フレッドに頼んでいるから。」
「そうか。なら、良かった。でも、キングの件もあるし、十分気を付けて。」
「ええ。ありがとう。」
「それじゃあ、また。」
ディオスは優雅に微笑み、ソフィアに手を振ってその場を立ち去った。
ソフィアはまだドキドキと高鳴る胸をそっと押さえた。気持ちを落ち着かせるように深呼吸をしていると、視界の隅で見覚えのある人物を見かけた。
「あれは…?」
長身の背に金髪の一人の男性…。よくある特徴だが何故かソフィアはその後姿が印象的に残った。もしかしたら…、あの時の男性かもしれない。ソフィアは男を尾行した。男はやがて、路地裏に入って行った。ソフィアも路地裏に入った次の瞬間、
「んっ!?」
いきなり口を塞がれ、頭に何かを突き付けられた。固い感触に銃口だと気が付いた。
「騒ぐな。」
その声だけで人を従わせる力があった。冷たい声…。相手が本気だと分かる。ソフィアは無抵抗を示すために両手を挙げた。
「何故、俺の後をつけていた?…ん?あんたは…、」
その時、男はソフィアの顔を見た。やはり、男は先日ソフィアに忠告をした人物だった。
「ソフィア・ローゼンクォーツ…。」
男は銃を下ろした。ソフィアを冷ややかに見下ろし、
「キングではなく、今度は俺の後を嗅ぎ回っているのか?令嬢とは思えない尻軽さだな。」
嘲笑するような物言いにソフィアは一瞬怒りを抱いた。
「なっ…、」
ソフィアが言い返すより先に男は言った。
「俺の忠告も無視している様子だな。そんなに死にたいのか?」
「いいえ。…もう私は引き返せないところまで来てしまったのです。もう後戻りはできません。」
「どういう意味だ?」
「あなたには関係ないことです。」
ソフィアはそのままそこから立ち去ろうとするが男はソフィアの行く手を阻むように壁に手をついた。
「答えろ。」
ソフィアは向かい合った男に気圧された。
「大切なものを…、奪われてしまったのです。」
「大切な物…?何かと思えばそんな些細な事か…。」
「些細な事?あれは、お父様とお母様が下さった大切な物なんです!あなたには、心ってものがないのですか?誰にだって大切な物はあるでしょう?あなたにはそれがないというの?」
男はソフィアの言葉にピクリ、と眉を動かした。
「下らないな。」
そう吐き捨てると男はソフィアに背を向けた。
「そこまで死にたいのなら、好きにしろ。俺は止めはしない。」
男が立ち去ると、ソフィアは壁に背を凭れた。
―あの男…、一体何者なんだろう?…震えが止まらない。あの視線と雰囲気だけで呑み込まれてしまいそうだった。
ソフィアはギュッと腕を掴んだ。次期当主として相手に臆してはならない。隙を作ってはならない。対等の立場で接しなければならない。そう教えられ、そうあり続けたソフィアは同世代の若者にひけを感じたことはない。むしろ、もっと上の世代の人間と親の名代で仕事の取引をしたこともある。だから、初めてだった。さっきの男を相手にしてソフィアは自分がたじろいでしまった。次期当主としてあり得ない失態だ。情けない…。とソフィアは落ち込み、自らを奮い立たせた。あれだけ、異様にキングを嗅ぎ回るのを非難するということは彼はキングに近しい関係ということ?まさか、協力者なのでは…、そう疑うソフィアだがそれなら矛盾な点も挙がる。キングの関係者なら私をすぐに殺す筈。あの男ならそれができた。けれど、彼は私を殺さなかった。考えれば考える程、分からなくなる。ソフィアは暫くその場を動けなかった。