殺人鬼の襲撃
「ソフィア?」
呼ばれた声にはっとした。ディオスが心配そうにソフィアを見つめる。
「ごめんなさい。少しボーとしてしまって。」
「歩き回ったら疲れたかな?建物を出て向かい側に喫茶店があるからそこで休憩しようか。」
そう言ってディオスはソフィアをエスコートしてくれた。
「今日はありがとう。ディオス。とても楽しかった。」
「いや。僕が君を付き合わせたんだ。礼を言うのは僕の方だよ。」
ソフィアは彼が自分を元気づけるためにしてくれたのだと気づいていた。
「そうだ。キングの件だけど…、僕の方でも調べてみるよ。実は少し心当たりがあるんだ。」
「え?本当に?」
「ああ。確か客層の中にキングについて調べている新聞記者がいた筈だ。」
ディオスの言葉にソフィアは手掛かりが見出せた気がした。
「とりあえず、僕の方で話をつけてみるよ。また、連絡する。」
「ディオス。ありがとう!協力に感謝するわ。…でも、どうしてそこまでしてくれるの?出会って間もないほぼ赤の他人の私なんかの為に…、」
「僕は君のことが気になるんだ。だから…、君を守りたい。」
ディオスの言葉にソフィアは心臓が高鳴った。その夜、ソフィアは眠れなかった。ディオスの言葉が気になっていたからだ。
ーディオス…。不思議な人…。彼といると、安心する…。これって…、
ふと、窓に叩きつける風の音にソフィアは耳を傾けた。今日は風が強いのだなと思い、半身を起こすと窓の外を眺めた。三日月が浮かんでいる。だが、やがて、黒い雲が月を覆うと辺りが暗くなってしまった。窓から射し込んでいた月の光も消え失せた。
―そういえば、幼い頃、夜が来る度に心細くて、両親が恋しくて泣いていたっけ…。一度だけお父様とお母様に甘えて一緒のベッドに寝かせてもらったこともあったな…。
ソフィアは懐かしさに目を細めた。多忙な両親にソフィアは十分に甘えることを許されなかった。ソフィアが寂しいと口にすれば忙しい両親の迷惑を掛けてしまう。だから、ソフィアは寂しさを口にすることはしなかった。代わりに両親に褒められたい一心で勉強を頑張った。良き当主になろうとする思いもそこから生まれた。けれど、やはり、幼い頃から抑制している寂しい思いは消えることがない。ソフィアはそっと首にかけたペンダントを手にとった。これは、ソフィアが誕生日に両親からもらった贈り物だ。それをソフィアは肌身離さず大事に持っていた。それをギュッと強く握り締め、祈るように手を組んだ。
「お父様…。お母様…。どうか…、」
すると、突然窓が開いて風が入ってきた。カーテンが人影のように動いた。慌てて窓に駆け寄るとソフィアは窓を閉めた。
「風のせい…?鍵を閉めた筈なのに…。」
改めて、もう一度施錠し、ソフィアは、カーテンを閉めた。
―もう寝なくては…、明日も早いし…。
そう思い直し、ソフィアは寝床に就いた。目を閉じ、うとうとと微睡んでいると、不意に気配を感じた。飛び起きたソフィアは枕元の短剣を引き抜いた。同時に金属音が鳴り響く。ソフィアの短剣にはナイフが重なっていた。短剣で受け止めていなければ確実に彼女の命を奪っていただろう明確な殺意を宿した攻撃だった。ソフィアは突然現れた侵入者を見た。暗くてよく見えないが男は口元に笑みを浮かべた様だった。
「へえ…。受けたか。面白い…。」
「何者っ!?」
キン!と剣を弾き返し、態勢を立て直すソフィア。
「一体どこから…、まさか…、あの窓から?」
「剣だけじゃなく、頭も悪くなさそうだ。正解だよ。お嬢様?」
「こ、この高さからどうやって…?」
「あんなの障害にもならないな。…俺には容易いことだ。」
「私の質問に答えて。あなたは何者?」
「フッ…、あんたになら分かる筈さ。最近やたらと俺を嗅ぎまわっていただろう?この俺を…。だから、わざわざ出向いてやったのさ。」
「まさか…、あなたが…、」
窓の外から月の光が射し込んだ。侵入者の全貌が顕になる。仮面を被った金髪の男にソフィアは既視感を抱いた。キングは獰猛な獣の様だった。気を抜けばすぐにでも喰われてしまうそんな危険があった。神経を尖らせ、警戒するソフィアにキングは嘲笑した。
「もっと嬉しそうにしたらどうだ?俺に会いたかったのだろう?」
「…あなたの狙いは何?…私の命?」
短剣を構えるソフィアに、キングは答えた。
「それもある。だが…、俺の今日の獲物はこれだ。」
「!?」
チャリ、と鎖の重なり合う音をさせて、ぶら下げて見せたキングの手の中には、月と星の彫刻が施された時計のペンダントが握られていた。慌てて、首に手をやるがそこにある筈のペンダントがない。
―いつの間に…!あの時の攻撃で…?
「それを返して!」
ソフィアはキングに攻撃を仕掛けた。が、その攻撃は交わされ、キングは窓辺に身を翻した。慌てて振り向くソフィアに窓を開けたキングは言い放つ。
「あんたの大切な宝…、貰い受けたぞ。ソフィア・ローゼンクォーツ…。返して欲しければ取り返しに来るがいい!」
キングが飛び降りると同時に突風がソフィアを直撃した。腕で顔を覆い、ソフィアは風から身を守ろうとした。が、気づいた時にはキングの姿が消えていた。慌てて窓辺に駆け寄るがキングの残した形跡すら見当たらなかった。騒ぎを聞きつけた使用人たちが駆けつけるまでソフィアはキングの名を呼んだ。
「お父様とお母様から頂いた…。ペンダントが…、あれは…、あれは私の大切な…、」
愕然とするソフィアの耳に届く風の音…。それは、まるでキングの嘲るような笑いを風が乗せて聞こえてくるような錯覚を覚えた。
―取り返さなければ…!何としてでも…!