突然の悲劇
あれから一週間…、ディオスとは時々、会ったりして良好な関係を築いていた。彼は大道芸人とは思えない程、博識で話しているだけで楽しかった。今ではいい友人として接している間柄だ。ソフィアはあの事故が起きた時に見かけた一人の男性の存在が気になって仕方なかった。それ以外はいつもと変わりない日々を過ごしていた。そんなある日、一本の電話が入った。それは、親友アニーが殺害されたという内容の知らせだった。
「また、キングが人を殺したって!」
「嫌だわ…。怖い。」
「今度は貴族令嬢が殺されたらしいわよ。しかも、婚約間近の…。」
「まあ…。何て、気の毒な…。」
殺人鬼キングの事件は町中を震撼させた。噂話をしている女達の話を耳に留めた男は立ち止まった。眼鏡の奥で翡翠の瞳が鋭く光る。
「一枚くれ。」
「はい。毎度ー!」
男はそのまま露店で新聞を買った。ベンチに座り、新聞を開くと、新聞の見出しには『殺人鬼キング現る!』と大きく記載されていた。
後日、アニーの葬儀が執り行われた。葬式が終わった後、墓の前で膝をついたまま項垂れるアニーの婚約者ウィリアムをソフィアは遠くから見つめた。
「ウィル…。」
葬式は行われたがアニーの遺体は棺桶に入れなかった。あまりにも遺体の損傷が激しく、その死に顔を人目に晒すことはできなかったからだ。
―殺しても飽き足らず、死んだ後のアニーの体と顔まで痛めつけるなんて…、何て惨い事を…。
ソフィアは手を握り締めた。犯人の死に行く者への冒涜行為に怒りを感じる。
「アニーお嬢様もお気の毒に…。婚約したばかりだというのにお可哀想…。」
「何でも、殺したのは殺人鬼キングだとか?何て、怖ろしい…。」
キング、その名にソフィアは反応した。
―キング?
「ソフィア…。大丈夫か?」
フレッドが心配そうにソフィアを見つめた。
「フレッド。私はいいの。私よりも…、」
ソフィアはウィリアムに視線を注いだ。
「ウィルか…。辛いだろうな…。アニーがまさかあんな事になるなんて…。」
「フレッド…。」
フレッドの悲痛な表情にソフィアも胸が痛んだ。フレッドも自分のことのようにウィリアムの悲しみを感じているのだ。ソフィアとフレッドはウィリアムの元へと近づいた。
「ウィル…。あの、そろそろ帰ろう?良かったら私の家に寄らない?美味しい紅茶でも一緒に…、」
「ソフィア…。フレッド…。」
虚ろな目をしたウィリアム。それを見てソフィアは声を詰まらせる。
「ウィル。私…、」
「アニーが死んだのは俺のせいだ。」
「え?」
「俺が…、俺があの時、止めていれば…、アニーは死なずに済んだ。…だから、俺のせいだ。」
そのまま顔を埋めるウィリアムにソフィアは膝をついて彼の肩を撫でた。
「ウィル。自分を責めないで。アニーが死んだのはあなたのせいじゃないわ。」
「ソフィア…。俺は犯人を知ってるんだ。噂でも知ってるだろう?近いうちに新聞にも載るだろうけど犯人は、キングだよ。」
「でも、それって噂なんでしょう?キングがやったと決まった訳じゃあ…、」
「アニー宛にキングから予告状が届いていたんだ。」
「え?」
「アニーはそのことを俺に相談してきた。でも、俺は…、気に留めていなかった。ただの悪戯だろうと思って…、アニーと婚約できてそれで有頂天になってたせいで…、」
キング…。ソフィアはその名を心の中で呟いた。
「俺は…、俺は…!キングが許せない!でも、それ以上に…、守れなかった俺自身が一番許せないんだ!」
そう叫ぶウィリアムをソフィアは見つめた。手に力が篭った。
―キング…。私はあなたを…、
「ウィル!」
ソフィアはウィリアムの顔を上げさせた。
「あなたは何も悪くないわ!悪いのは…、キングよ。キングが全ての元凶なの。私は、アニーをこんな目に遭わせたキングを許せない!ウィル、約束するわ。私はアニーの仇を討ってみせる!」
「ソフィア…。」
「ローゼンクオーツ家の次期当主の権力や地位、どんな力を使ってでも私はキングを捕まえてみせるわ。だから、ウィル。あなたの悲しみと悔しさは痛い程に私に伝わっている。だから、あなたも一緒に協力して!アニーが安らかに眠りにつけるように一緒に戦いましょう!」
決意を新たにしてソフィアは言った。ソフィアは自分の行くべき道を定めた。
―アニー…。見てて。このままキングを野放しになんてさせない。あなたの人生を奪った代償の報いはしっかりと受けてもらう。他の犠牲者の人々も含めて…。殺人鬼だろうと構わない。私は…、キングを倒してみせる。アニー。だから、もう少しだけ待ってて。次に会う時は、キングを法で裁いた後…。全ての決着が終わった時…。それまではどうか…、私を見守っていてね…。
親友の仇を討ち、彼女に健やかな眠りを…。そう決意を胸にソフィアは墓を立ち去るのだった。一陣の風がソフィアの髪を靡かせた。
「さあて…、ゲームの始まりだ…。」
教会の鐘台から見下ろし、男が不気味に笑みを浮かべていることにソフィアは気付かなかった。