ジャックとの別れ
「ジャック。何処まで行くの?」
「いいから。行けば分かる。」
「でも…、何だかここ、真っ暗で怖いわ。」
森に入り、その薄暗さにソフィアは気味悪がる。すると、ジャックと呼ばれた少年はソフィアの手を握った。
「ほら。これで怖くないだろう?心配するな。何かあっても、俺がソフィーを守ってやる。」
「…ジャック…。うん!」
ソフィアはジャックの手を握り返した。それだけでソフィアは安心感を抱いた。
「ほら。掴まれ。」
ジャックは、大きな木の前に着くと、そこに登り始めた。ソフィアもそれに続いた。が、難なく木を登るジャックと比べて、ソフィアは滑ったり、足をかけるのに苦労した。そんなソフィアにジャックは手を差し出した。そのおかげで登りきることができたソフィアはジャックの手に引っ張られ、太い枝に腰掛けた。ジャックは、木の幹に手をつき、枝の上に立った姿勢でソフィアに外の方向を指差した。
「ソフィー。ほら、あれ見てみろ。」
「わあ…!」
ソフィアは思わず感嘆の声を上げる。そこには、町並みが広がっていた。それは、とても眺めの良い光景だった。
「凄い…。あんなに大きな町が一面に見渡せる…。」
「気に入ったか?」
「うん!ありがとう!ジャック!」
ソフィアの反応にジャックは満足そうに聞き、ソフィアはそれに嬉しそうに頷いた。
「ここは、俺のお気に入りの場所なんだ。…ソフィー、お前にも見せてやろうと思ったんだ。」
「素敵…。よく、こんな所見つけたね。ジャックは本当に凄いなあ。」
ジャックはソフィアの言葉に誇らしげに微笑んだ。ソフィアは高い木の上から町並みを見渡し、目を輝かせた。何処までも続いていそうなその町並みに心を躍らせた。
「なあ…。ソフィー。あの町に…、行ってみたいとは思わないか?」
「うん!行ってみたい!」
「なら、俺が連れて行ってやろうか?」
「本当に?いいの!?」
「ああ。…何なら、このまま俺と一緒に来いよ。ソフィア。俺たち二人だけで誰も知らない町へ行こう。」
ソフィアは、ジャックを見つめた。
「…ソフィア。俺と一緒に来い。俺の手を取れ。そうすれば、俺はお前を守ってやる。」
「…。」
ソフィアは首に提げた時計のペンダントを握り締めた。
「…ごめんなさい。私、あなたと一緒には行けないの。」
「何だって?」
「ジャック。あなたのことは私、とても好き。私にとって、あなたかけがえのない友達だわ。でも…、それでも、全てを捨ててまであなたと一緒に行くことはできないの。私には、お父様やお母様がいるし、フレッドもいる。私には、家族や友達もあなたと同じぐらいにとても大切な人なの。だから…、」
「何言ってんだ!ソフィーの親は、ほとんど仕事ばっかりでソフィーのことなんか、全然構わなかっただろう!?なのに、時期当主として、厳しく躾けられて…。ソフィーだって、逃げ出したい。辛いって泣いて言っていたじゃないか!何でそんな親が…、」
「うん。でも…、」
ソフィアはペンダントを握り返しながら答えた。
「お父様とお母様はね…、いつも、私に手紙を下さるのよ。時間があれば、週に一度は電話をくれるの。それにね…、よくできた時には褒めてくれるの。」
ソフィアは微笑んだ。
「このペンダントもね…、お父様とお母様がお誕生日の日にくれたの。いつも頑張っているソフィアにご褒美だと言ってくれたのよ。」
そして、ソフィアを自慢の娘だと言ってくれた。いつも厳しい両親の優しい言葉がソフィアはとても嬉しかった。ソフィアは幸せそうに微笑んだ。
「…。」
「だから…、ごめんなさい。ジャック。私は今はあなたと一緒には行けないの。でも、いつかあなたと一緒に…、」
町へ行こうと言いかけたソフィアは顔を上げ、ジャックの顔を見て、口を噤んだ。ジャックが無表情でこちらを冷たい目で見下ろしていたからだ。そんな表情をソフィアは初めて見た。同時に、ぞっとした。
「結局…、お前も弱い人間に過ぎないってことか…。」
「ジャック?」
「俺の思い違いだったようだな。お前はもっと賢い女だと思っていた。所詮、お前はただの薄ら寒い家族愛に固執するだけの哀れな女なんだ。」
「あの…、」
「いいさ。弱い下等生物は下等生物らしく、群れていればいい。…精々、惨めに足掻いていればいい。そして…、」
「ジャック?」
「後悔することだな。…この俺様を拒んだお前自身のその判断を。」
ジャックはタンッと音を立てて、足を蹴り上げ、宙に舞った。
「ジャックー!」
そのまま、ジャックは落下した。慌てて木から降りて、ジャックを探すがジャックは見つからなかった。それから、ジャックは姿を消した。この一連の出来事の僅か数日後にジャックを養子として迎えていた貴族の老夫婦が火事により、亡くなったのだ。そして、ジャック自身は行方不明になった。