凶弾
次の瞬間、ソフィアは胸に衝撃を感じた。その直後、一瞬息ができなくなるほどの衝撃を感じた。そのまま身体が宙に放り出され、床に倒れ込んだ。胸に打撃を受けたソフィアは、後からになって痛み始めた胸を押さえた。
「ぎゃあぎゃあ騒ぎやがって。うぜえ。」
―今、何が…?だって、さっきまで彼はあそこに…。
混乱し、立ち上がろうとするソフィアに対し、彼女を投げ飛ばしたキングは歪んだ笑みを浮かべた。先程の打撃はキングがソフィアに与えたものだ。いつの間にかソフィアの懐に入り、そのまま投げ飛ばしたのだ。
「ハッ…、いい様だな。ソフィア。芋虫みたいに這いつくばって…、」
フッ、とキングの姿が消えた。次の瞬間には、ソフィアの目の前に膝をつき、いつの間にか拳銃を手にし、銃口をソフィアの眉間に押し当てる。
「!?」
あまりの速さにソフィアは動けなかった。
「どうだ?驚いたか?これが、俺の実力だ。天才と呼ばれ、神にもなれる俺様こそができる技…、誰にも俺には勝てやしないのさ。」
「…私を殺すの?」
「ああ。そうだな…。お前を殺すのは簡単だ。お前の命も俺の手の平の中…。生かすも殺すも俺次第だ。」
「…。」
「どうする?命乞いをしてみせるか?」
「その前に…、聞かせて欲しいの。ジャック。あなたは何故…、」
にやにやと笑みを浮かべ、こちらの反応を楽しむように見下ろすキングに、ソフィアが口を開きかけた。その時、屋敷の扉が開き、何者かがキングに銃を向けて叫んだ。
「キング!ソフィアから離れろ!」
「ウィル!?」
友人の姿に、ソフィアは声を上げた。ウィリアムはキングに発泡するがキングはマントを翻し、弾を避ける。
「ソフィア!もう大丈夫だ。」
ウィリアムは駆け寄り、ソフィアを守るように銃を構える。
「ウィル!どうして、ここに…、」
ソフィアはゆっくりと起き上がった。大分、身体を動かせるようになっていた。
「キングのカードを見た。奴は、僕が倒す。君は下がっていろ。」
ウィリアムはそう言って、キングを睨みつけた。その瞳には強い憎しみが宿っている。愛する女性の仇を討つという思いに駆られている様子だ。
「キング!よくも、アニーを…!」
キングが口元に笑みを浮かべる。その笑みにソフィアはゾクリ、とした。
「ウィル!」
危険を感じ、ソフィアは止めようとするが、先にウィリアムがキングに銃を放った。しかし、銃声と共に崩れ落ちたのは、キングではなく、ウィリアムだった。そのまま床に倒れこむウィリアムの姿にソフィアは呆然とした。
「ウィル!」
ソフィアはウィリアムの身体に手を伸ばした。その額からは、血が流れていた。
「ウィル!ウィル!」
ソフィアは額から血を流すウィリアムの姿を見て取り乱して叫んだ。友人は動かない。ピクリともせず、息もしていない。顔は青白く、血の気を失っている。彼は絶命していた。先程まで動いていた友人が、生きていた彼が死んでいる。ソフィアは、手が震えた。
「ソフィア!ウィル!無事か!?」
その時、フレッドの声が聞こえた。その声に、ソフィアは反応した。フレッドを見る間際に、キングが視界に入る。彼はソフィアを見て、残忍な笑みを浮かべる。
「フレッド!来ては駄目!」
「え?グッ…!?」
放たれたナイフが胸に突き刺さり、フレッドが倒れた。ソフィアは言葉を失った。
「ハハハ!あっさりと死にやがった!脆いな。人間ってのは…、」
ソフィアはフレッドに駆け寄った。
「あっさりと死にやがった。もう少し、楽しませろよなー。ん?ああ。そうか。こいつ…、」
ウィリアムの死体を見やり、キングは呟いた。
「そういえば、こいつ、アニーだっけ?俺が殺したあの女の婚約者だったらしいな?ハハハ!一丁前に仇討ちか?それで、この様か?口ほどにもねえな!ああ。あの女も最後の死に様は笑えたな。必死で命乞いをして…、二人揃って死に様がこれか!ある意味お似合いだぜ!アハハハ!」
そう言って、笑い、ウィリアムを蹴飛ばすキングに激情のまま、ソフィアはナイフを持って飛び掛った。
キングはその殺気に飛び退いた。キングの頬から血が流れた。刃が掠ったのだ。ソフィアは、息を乱し、キングを睨みつけた。そのままナイフをキングに振り上げた。が、あっさりとその腕をキングに掴まれる。
そのまま腕を強く握られ、ソフィアはその痛みに声を上げる。そのまま折られるような勢いだ。ソフィアはナイフを取り落とした。必死に抵抗するソフィアだが、
「…やってくれたな。ソフィア。そんなに死にたきゃ…、今すぐ殺してやるよ。」
「残念だがそうなるのは、お前だ。」
不意に第三者の声が聞こえた。
そこには、既に銃を構えた男の姿があった。そのまま銃弾を放った。キングはソフィアから腕を放した。弾はキングとソフィアの間に弾が走り、壁に当たった。キングがソフィアの腕を掴んだままだったら、確実に当たっていただろう。ソフィアは痺れる腕を押さえた。その間にも、男は次の攻撃を繰り出していた。
「チッ!…このっ!」
キングは銃弾を放った。が、男はそれを避ける。
「何!?」
「ここだ。間抜けめ。」
「なっ…、グッ!?」
いつの間にかキングの距離を詰め、キングを薙ぎ倒した。キングはすぐに態勢を立て直すがその表情はおののいている。
「何を驚いている?」
「っ…、」
「驚く程でもないだろう。俺は、刑事だ。犯罪者を狩る者…。」
男は銃を手にした。
「キング。お前は、特別な人間でも、選ばれた人間でもない。…思い上がるな。」
そう言い、銃を構えた。キングはギリ、と唇を噛み締める。そのまま近くにいたソフィアの腕を掴みあげ、
「え?きゃあ!?」
ソフィアを投げつけた。その隙にキングは身を翻した。ソフィアは目を瞑った。けれど、予想していた衝撃はなく、
男がソフィアを抱きとめた。ソフィアは驚いて、男を見上げた。男は冷ややかな目つきで見下ろしながらも
「無事か?」
そう問われ、ソフィアは頷いた。男はそれを確認し、キングが去った方向を睨みつけた。
「逃げたか。…逃げ足の速い。」
ソフィアは、男を見つめた。
―何で彼がここに…?
男はソフィアに忠告をした例の人物だった。男はそのままキングを追おうとするが
「フレッド!」
ソフィアはフレッドに駆け寄り、必死に呼びかけた。男は立ち止まり、ソフィアを見た。
「血が…、こんなに…。待ってて!すぐに止血するから。」
そう言い、何か止血できるものはと思って辺りを見回すが
「これを使え。」
「えっ?あなた…。キングを追っていたんじゃ…、」
「人命救助が優先事項だろう。だが、二人が助かる保証はない。最善は尽くす。…その心づもりでいろ。」
「ありがとう。感謝します。」
男はぐったりして動かないフレッドを見て、言った。
「まだ微かに息がある。もう直、救急隊が到着する筈だ。それまでは、何とか持つだろう。傷の深手にもよるが…、ん?」
「フレッド!お願い!死なないで!」
エドガーはフレッドの服を引き裂き、ソフィアと共に応急処置を行う。すると、左胸のポケットに何か固い物が入っていた。それは…、
「フレッド…。」
ソフィアは病室のベッドに横たわる幼馴染の傍に付き添い、その看病をしていた。
「いい加減、休め。あれから、一睡もしていないのだろう。」
「でも…、フレッドが…、」
「看病する側が倒れては元も子もないだろう。いいから、後は俺に任せて休め。」
男はそう言って、仮眠用のベッドにソフィアを横たわらせる。
「フレッド…。大丈夫ですよね?ちゃんと、目覚ましますよね?」
「ああ。峠は超えたと医師も言っていた。だから、もう心配するな。」
ソフィアは頷いた。彼が毛布を掛けてくれる。
「あなた…、刑事だったのですね。」
男は病院に着き、事情を説明する時に初めて自らの正体を明かした。今までの行動も殺人鬼キングを逮捕するために捜査をしていたという事情があったのだとソフィアは知った。
「あの、知らなかったとはいえ、捜査の邪魔をして申し訳ありません。」
ソフィアは男…、名をエドガーと名乗った刑事に謝罪をした。
「それから、フレッドを助けてくれてありがとう。あなたのお蔭です。」
「謝る必要はない。あんたを危険な目に遭わせないためにも多少、手荒な真似をしてしまった。悪かったな。」
彼が忠告したのもソフィアをキングから遠ざけるためのものだったのだ。ソフィアは彼が見た目通りの冷たい人間ではないのかもしれないと思い始めた。ソフィアはフレッドの寝顔を見て、呟いた。
「良かった…。フレッド。一命を取り留めてくれて…。」
「フレッドは、運が良かった。これのおかげだ。」
枕元に置いてある一冊の手帳…。そこにナイフが貫通し、フレッドの心臓に突き刺さることはなく、無事に済んだのだ。手術の執刀医はその手帳がなければ危なかっただろうと言っていた。だが、ウィリアムは…、
「でも、ウィルは…、彼はもう…、」
ソフィアは言葉を詰まらせる。男は黙った。
「私が…、あの時…、」
「あんたのせいじゃない。全ては、キングの凶行だ。」
「…。」
「自分を責めるな。あんたは…、何も悪くない。」
エドガーのその言葉にソフィアは何故か安心した。
「さあ、余計なことは考えずにもう寝ろ。」
ソフィアは頷き、ゆっくりと目を閉じた。そして、すぐに眠りに就いた。そっと頬が撫でられる感触と共にその気配は離れた。