天才の美少年
「ローゼンクォーツ家のご令嬢ではありませんか。ご両親と一緒に来られたのですか?」
「お久しぶりです。メイデン子爵。」
ソフィアは優雅にお辞儀をして挨拶を返した。
「小さいのに立派ですな。さすが、ローゼンクォーツ家の御令嬢だ。伯爵夫人に似てきっと将来は美しい淑女になるのでしょうね。」
「…ありがとございます。」
「それよりも、伯爵はどちらに?」
「メイデン子爵。何か私に話でも?」
「伯爵!お久しぶりでございます。実は貴殿のお嬢様が年の割に大層立派だとお話ししていまして…、そうそう。実は伯爵にいいお話がありまして…、」
ソフィアはそっとその場を離れた。
―ローゼンクォーツ家の御令嬢…。分かっている。私は確かに生まれた時からこの家名を背負っている。それに不満なんてない。それが貴族として生まれた私の義務なのだから…。でも、何故か空しい。
多忙な両親に甘えを許されず厳しく躾けられてきた。昔は寂しさも感じたが両親の愛情を疑ったことはない。両親は期待をしているからこそソフィアに厳しく接しているのだ。それがソフィアの為だからだ。だから、ソフィアもその期待に応えたかった。勉強も礼儀作法も努力をした。けれど、周囲はソフィアの努力をご両親から授かった賜物だと評価するだけだった。あの伯爵夫妻の娘なのだからできて当然。家庭教師から教わったことを寝る間を惜しんで復習し、予習し、あらゆる分野の本を熟読してもそれは全て両親が優秀だから子供も優秀なのだと言われた。生まれながらにして才能があるからだと。ソフィアは凡人だ。それは自分がよく理解している。だから、誰よりも努力をしないと与えられた課題をこなせなかった。なのに、周りはそれを理解しなかった。
「ソフィアー!」
「あ、アニー。」
フレッドと二人で話をしていると、友人のアニーが話しかけた。
「アニー。久しぶりだね。旅行は楽しかった?」
家族で旅行に行っていたアニーにソフィアは笑顔で聞いた。
「まあ、それなりにね。ソフィアに可愛い人形のおみやげがあるの!今度、私の屋敷に遊びに来た時に渡すわね。」
「ありがとう。楽しみにしているわ。」
そのままアニーと料理を食べながら雑談をしていると、
「そういえば、ソフィア。知ってる?最近、エーヴェルト男爵が養子を引き取ったって話。」
「エーヴェルト男爵?そういえば、男爵夫妻には子供がいなかったよね。」
ソフィアはその家名には覚えがあった。確か領地で葡萄畑を育て、赤ワインを生産して財力のある家だ。爵位は低いがそれなりに裕福な家柄の貴族。ソフィアはそこの夫妻は高齢で子供もいなかったことを思い出した。
「その養子に迎えた子供が天才だって噂なの。しかも、とびっきりの美少年なんだって!」
ミーハーで小さい頃から玉の輿を夢見てお嫁さんになりたいと豪語しているアニーは目を輝かせている。
「天才の美少年…?」
そんな完璧な存在が本当にいるのかとソフィアは思った。アニーの話によれば貴族教育を受けたばかりで他の令嬢や子息と比べると明らかにスタート地点が遅いにも関わらずその才能は異質だったそうだ。既に外国語を数か国語もマスターし、抜群に記憶力が優れており、一度見たことや聞いたことは全て覚えてしまった。教師や大人を言い負かす程に口が立ち、頭の回転も早い。計算も早く、暗算で誰よりも早くにこなしてしまう。既に大人ですらも解くのが難しい問題を簡単に解いてしまう。音楽もピアノやヴァイオリン、ダンスを教えてもすぐに呑み込み、まるで長年鍛錬していたかのように見事な腕前を披露する。絵を描かせても芸術レベルの作品を完成させる。どの分野でも天才と評されても過言ではない才能を持っていた。中でも少年はその身体能力が異常に高かった。剣も乗馬も体術も射的も全てにおいて大人と渡り合える程のものだった。そして、その少年は医学や化学の分野に興味を示し、専門書を熟読して子供とは思えない程に大人びいた子らしい。
「へえー。凄いのね。その子、私達と変わらない年頃なんでしょう?」
「聞いた話によると、同い年らしいの。でね、この前お茶会でアンジェから聞いたんだけど金髪碧眼の王子様みたいな美少年だったらしいの!」
きゃあきゃあと飛び跳ねる勢いで興奮気味に話すアニーにソフィアは好きだなあと思いながら落ち着かせるためにジュースを差し出した。
「アニーは本当に王子様っていう言葉が好きだよね。」
「当然でしょう!やっぱり、女の子なら憧れちゃうもの…。あたしにも早く白馬の王子様が現れたならなあ…。」
夢見がちな友人にソフィアはくすくすと笑った。
「じゃあ、アニーはその男の子に今は夢中ってこと?」
「んー。でもお…、その子はあくまでも王子様みたいなってだけだもの。本物じゃないからなあ…。それ以外は完璧なのに育ちがねえ…、あたし達とは違いすぎるもの。」
「でも、養子とはいっても、同じ貴族の一員じゃない。いずれは男爵の家を継ぐのでしょう?」
「それが聞いた話によると彼って生まれは貧民街の出らしいの。母親は貧乏で卑しい仕事をする女の人だったんだって。やっぱり、育ちが悪いからあたしとは合わないと思うのよね…。やっぱり、王子様は高貴な身分じゃないとね。」
「アニー。」
ソフィアは強い口調で言った。
「そういう言い方よくないよ。身分やその人の生まれで人を評価するべきじゃない。どんな親から生まれたとしてもその子が同じとは限らないでしょ?ちゃんとその人個人を見てそれでどんな子なのか知っていくべきだよ。」
「ソフィア…。」
「気分を悪くしたならごめん。でも、私思うの。その子はきっと生まれや親の事で評価されてたくさん辛い目に遭ったんだと思う。でも、そのハンデを克服して今のその子があるんじゃないかな。優秀なのも天才なのもそれはその子だけの賜物だよ。生まれや育ちが悪いからって決めつけるのはよくないよ。」
ソフィアはその少年が自分に重なった。一見、全く関係のない生まれも育った環境も違う会ったこともないその少年に…。努力しても周囲からは両親の娘としてしか見られない。ローゼンクォーツ家の人間という色眼鏡でしか評価されない。でも、ソフィアはソフィアだ。他の誰でもない。それを分かって欲しかった。だから、その少年ももしかしたら自分と同じ思いを抱いているのではないかと思ったのだ。