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エミーリオとマルティーノ


 創暦九一〇年の三月は、特に共和国の北方に住む者には常より寒く感じられることが多かった。

 その前の冬が例年より寒さが厳しかったためである。

 それでも一年の行事は暦どおり廻ってくるので、アルフォンソもその準備に追われることが多い月でもあった。


 その日も準備の日程を摺り合わせるため出かける彼に従ったのは、同い年の幼馴染であり家同士の付き合いも深いエミーリオ・バニエリとういう青年であった。

 この幼馴染同士は沈着なアルフォンソと活発なエミーリオといった具合に何もかもの性格が正反対なのだが、それが互いに気に入るらしく昔からウマが合う。

 またエミーリオもアルフォンソに劣らないほど才気煥発であったため、二人でいて何事にも面白みが尽きないのである。

 これから向かう打ち合わせも本当はアルフォンソだけ出向けば済む話ではあったが、この親友を連れてゆくことにも全く異存はない。

 それどころか話の大筋さえ決まれば、後はエミーリオに任せてしまった方が結果が良いことも昔から多かった。

 彼は大局的な視野こそ市長に一歩譲るが、目的を達成するための手段を構築する手腕にかけては並外れた才能の持ち主なのである。

 加えてバニエリ家はコレク家よりも古くからある名家であるため、その当主であるエミーリオが場を仕切ることに異議を唱える者も多くはなかった。

 バニエリ家ではコレク家よりも早くに家督がエミーリオに移っていたのである。


 さらに、柔軟な年寄りの中には向こう数十年の市政を見据えて、早くから街の重要事をこの二人に任せてしまってはどうかと考える者も現れ始めていた。

 自らの意見を片や柔らかな口調で知らずに同意へと誘うアルフォンソと、片や熱っぽく理想半分に捲くし立てるエミーリオに、舌鋒で敵う者はもはや街にいなかった。

 この若き二人のエリートに街の将来を今から託そうとする者は、意外にも多いのである。



 二人は明け方に市の東側に位置する市庁舎前の広場で落ち合って、そのまま通りを市街中心へと並んで歩いていった。

 クリフィノ市は北のラナホウン王国領と南のヴィンタリ市を結ぶ街道上にある。

 ヴィンタリ市は共和国を牛耳る五大商の一つたるケンプロ家の本拠地であり、木材交易の一大拠点でもあった。

 しかし街の大元となったのは東へ切り立った丘に北方の蛮族へ対するための要塞を築いたことであったので、市庁舎などの建物は市の東に建っていることが多いのである。

 今ではかつて要塞であったことを偲ばせるものは数少なくなったが、歴史を知らずとも市の東西がそのような経緯で分かれていることはクリフィノに訪れた者ならば一目で気付く。

 古くも頑丈な城壁が丘の麓を見下ろすようにそびえ立っているので、これを内側へくぐれば東側、そうでなければ西側といった具合なのである。

 ただし城壁を除いてはかつて雄姿を誇ったであろう丘の城塞と内城壁はすでに廃れ、どちらも言われなければただの石壁と思う者さえいるだろう。

 これは裏を返せばクリフィノの平和が続いたことを表すので、誰も寂れるに任せて修復を考えもしなかったことが原因であったのだ。


 それに対して市を東西に分かつ外城壁の方は町の景色にも影響を及ぼすため、こちらは比較的にしても度々補修の手が入っていた。

 丘を北西から南東へ巻くようにしてそびえる外城壁の南向きに開け放たれている門をくぐって、二人は街の西側へと向かったのだった。



 市街へ向かって歩くうちに人もやや増えてくるのだが、皆アルフォンソを認めると足を停めて声を掛けてくる。

 二人とも背丈は変わらない。

 しかし誰もが遠目にも二人をすぐ見分けるのは、コレク家に代々伝わる紅い髪を整えて凛々しいのがアルフォンソ、輝く金髪を自身同様の奔放さのままにしているのがエミーリオと知っているからである。

 呼び止められる度に応えながら歩くことはほとんど毎日のこととなっていたため、並んでいることの多いエミーリオも自然と市民に顔を覚えられていたのだ。

 市民にとって若く聡明なこの二人は街の将来を約束する宝のように感じられるといっても過言ではなかっただろう。


 こうして歩いているとそろそろ商店も並び始めようかという途中に神殿が見えてくるのだが、そこまで来るといつもエミーリオが寄っていこう、と持ちかけてくる。

 神殿は旧エタールアの文化そのままに、正面は白い大理石の円柱回廊が出迎える造りである。

 クリフィノに二つあるうちの一つであり、学問の神であるフォーディウスに捧げられたこの神殿には、二人の友人が神官見習いとして勤めているのである。

 それを誘っていこうという提案なのであった。


 目当ての人物は回廊のすぐ手前を掃き清めるという日課の最中であった。

 ひょろっと高い背の上に巻き気味の黒髪という風貌は、彼が手にするモップの親玉と口にせずとも思わせるものだった。

 このマルティーノ・ポルコレという男はアルフォンソらより二歳年長なのだが、フォーディウス神殿の神官の家系に生まれたため市の指導者層と付き合いのある家柄であり、これも幼馴染であった。

 エミーリオが頻繁に誘うということはあまり熱心な神官ではない。

 しかし、二人の見立てではたまたま彼が神職に不向きなだけであって、一度才能と目的が合致すれば抜群の明晰さと粘り強さで成し遂げる器量の持ち主である。

 加えて彼はマグナテラ帝国第二の都市であるノイベルクへ留学した経験もあり、見識は二歳の年長も手伝って二人が一目置くほどのものである。

 いつものように誘うエミーリオに口では迷惑そうにしたが、二言目にはさしたる抵抗も見せずにマルティーノも一行に加わったのだった。

 神官である父親は厳格ではあったが、若き市長に随行するとなれば説教もかなり甘いものになったからだった。


 首尾よく集まった彼ら三人は、そのまま市街中心の会館を目指したのだった。

 フォーディウス神殿を通り過ぎれば、後は石畳の道をもう少しばかり行くだけである。

 西市街を南北に貫く街道だけは踏みならされた地面だったが、そこを渡ればすぐそこの建物であった。

 今日はそこで打ち合わせをしながら簡単に菓子で腹を持たせ、夜はコレク家に二人を招いて夕食を食べようか。

 そんなことを考えていたアルフォンソの日常は、ここしばらく同じように過ぎていた。

 そして、それが今日で終わりを迎えたことには、街道を南から迫る蹄の音だけで気付くことは難しかった。

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