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クリフィノ市

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 南北よりは東西に長いランディアリス大陸において、大陸の北東部に位置するマグナテラ帝国と南西部のアグバール帝国がこの時代の二大強国として差し支えなかった。

 この二大国はそれぞれの前身となる国家よりさらに以前から大陸のなかでは文明の先進地域であった。

 その両地域を結ぶように広がる平野部へは、より進出が容易な地勢にあった大陸北東部の人々が住み着いた。

 この平野部は、しかし降雨量に乏しく耕地としては貧しかったため、人々は生きる業を交易に見出した。

 大陸の二大文明地は陸路によってしか結ばれていないため、彼らの目論見は見事に当たる。

 やがてマグナテラ帝国の前身であるエタールア帝国によってその地がオルフェス辺境伯国として形式上封じられても、商人と化した人々は国の垣根など構うことなく、大陸の東西南北を結ぶ日々を送った。

 それは辺境伯国がイーヴ共和国と名を変えた今でも同じことであった。

 

 イーヴ共和国から北に国境を越えればラナホウン王国と呼ばれる地であったが、もちろん商人たちにとっては重要な取引相手である。

 イーヴ共和国において北の国境付近にある街として有名な街の一つがクリフィノ市であった。

 共和国とラナホウン王国の自然な国境ともなっているハクサ山脈が西へ途切れる場所に位置しており、古くから木材交易の拠点の一つとして賑わう街である。


 人口は八万人と共和国の中では中程度の街だが、常にどこかしらの商人が行き交うことで人口以上に人は多い。

 交易を通じてラナホウン王国との関係も良好な街であるため、共和国設立の際の戦乱にも大きくは巻き込まれず、街並みは古さを残しつつも綺麗なままで今日にまで至る。

 そのため商人だけでなく、観光に訪れる者までいるくらいである。



 このクリフィノ市において二代前から市長職を務めているのがコレク家であり、現在の家長は弱冠十八歳のアルフォンソであった。

 父のエルクーロは堅実な人柄と手腕で無難に市長職を務めていたが、先年の春先に急に亡くなってしまったのである。


 父が急に亡くなったことはアルフォンソにとって大きな悲しみではあった。

 しかし、彼はそれを乗り越えることと、さらに父の一切を引き継ぐことを同時にこなせる才覚の持ち主でもあった。

 聡明であることは自他共に認めるほどであったし、そのことをより有意な方へと活かす術を心得てもいた。

 元々父の後を継ぐのは街の皆が思い描いていたことでもあったし、指導者としての彼に唯一足りていない年月が与える説得力は周囲の大人たちが力を貸してくれていた。


 クリフィノ市民にとって新しい市長の年齢は不安よりも将来への希望であった。

 若くしてこれほど聡明ならば長じてどれほど頼れる市長となることか。

 さらに身体も同じ年頃の男に比べて見劣りしない青年は、まだまだ長く生きるだろう。

 アルフォンソは市民にとって、そのままクリフィノ市の未来なのであった。

 そして彼もそれを察して市民に気の利いたことを折に触れて言うため、支持は市長職を継いでやっと一年といったところだが、すでに父親のそれを上回ろうかというほどである。

 父親を亡くしても気丈に重責を担う青年は、言わずのうちに同情を引くことにも積極的であった。


 市民たちの熱狂振りを受けて有力者や有力商人たちも新市長への支持を早々と表明していた。

 元々コレク家は有力商人の出身であるため父親のエルクーロまでは妬みなどから嫌う者もいたが、いまやアルフォンソは彼らのほとんどからの協力を得ることができていた。

 もちろん実際に会って年不相応に賢明であることと、彼らの権益を脅かすほどに野心的でない振りはして見せなければいけなかった。

 そして誰もがアルフォンソと会えば、初々しい青年の後見人になろうと心を仕向けられてしまうのであった。



 これほど磐石な地位をたちどころに築き上げたアルフォンソ・コレクにとって目下の悩みといえば、大きなものでは二つに限られていた。

 一つはラナホウン産木材の冬場の乾燥があまりうまくいっていないらしいこと。

 これはハクサ山脈北部での今冬の積雪が例年より多く、乾燥場が雪に覆われてしまったことが原因らしかった。

 これについては引き取ってからさらに乾燥させざるをえないのだが、それを見越した価格交渉でこちらが不利を呑むことになれば新市長の手腕が問われてしまう。

 慎重に進めねばならない問題であった。


 もう一つは姉、ハルティアの婚約者のことである。

 こちらは悩みというよりは、姉の心の中を勝手に慮ってしまっているだけかもしれないのだが。

 あの日以降一度も口には出さないものの、彼女は胸の中で今もあの透き通る湖のような瞳と見詰め合っているに違いない。

 しかし婚約は父が決めたことであり、さらに相手は共和国に名だたる五大商の一つ、コアディ家の縁戚に連なる家の嫡男なのだ。

 今更どうしても反故にできる話ではない。

 それに、この婚約はクリフィノ市の命運すらもしかすると左右するかもしれないほど重要な意味を秘めている。

 姉には申し訳ないが、彼女がまだ会ったことすらもない男を結ばれる日を、彼はできるだけ延ばすことしかできない。

 そして、それもどうやら今年の春までのことらしかった。

 先日、雪が解ける頃に迎えの者を送る旨の手紙が届いたばかりなのである。

 そのことを姉に伝えると、彼女は優しく微笑んで「それは待ち遠しいわね」と言うのだが、その瞳が喜びを映さなかったことは明らかだった。

 彼にはもはや、姉の夫となる男がなるべくできた男であるといい、と願うことでしか複雑な気持ちの整理ができなかった。



 心に思うところはあれど、アルフォンソは忙しくも穏やかに過ぎ行く日々に満足していた。

 このままいずれは父の年齢ともなり、身も心もクリフィノ市の象徴として生き、老いてゆく未来さえ垣間見る頃には、季節は春を迎えようとしていた。

 しかし、その春は大地にはいつも通り神々の優しい息吹を届けたのだが、クリフィノ市民には思いもよらぬ報せを運んできたのだった。

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