宿屋で(朝)
「ああ、もう、何でこうなった……」
一夜明けて、俺は与えられた宿のベットの上でもだえる。
もだえる理由は、昨夜のアリスの言葉だ。
『別れる』という言葉。
アリスは俺と二度と会わないと言ったのだ、唐突に。
てっきり、俺は『大侵攻』にみまわれている最前線に一緒に行くと思っていたのに、アリスは一方的に別れを切り出された。
「ああ、もう!どうすれば!」
頭を掻きむしりながら、枕に顔を埋め、昨日の会話を思い出す。
*
「私たち、別れましょう」
アリスの言葉に俺は理解ができなかった。
「あなたは私をたくさん手伝ってくれた。充分すぎるくらいよ。だからもう私に付き合わなくて良いわ。貢献してくれた分のお金は、ちゃんと支払うから、後でステータスカードを見て腰を抜かさないでね」
そう言って、クスクスと笑う。
「別れるって、どういうことだよ」
お金の事なんかよりも、別れるという言葉の方が俺には重要だった。
アリスと一緒に『大侵攻』と戦おうと気分を高めていたのに、アリスは俺と別れると言った。
もう俺はここで置いていくというかのように。
「私はこれから『大侵攻』を止めにいかないといけないわ」
「だから、俺も一緒に行くんだろ!」
「ダメよ」
アリスは強い口調で言った。
「これまでとこれからじゃ、戦いが違うわ。これまでのように、あなたを守りながらは戦えない。それに、あなたを戦場に出てもらう必要がないのよ」
「俺が行く必要がない?」
「そうよ……。『大侵攻』の最前線に行けば、私の武器があるわ。最初の勇者が使っていた聖剣レッドローズ。私はあなたの武器が無くても、これからは戦えるわ」
俺の腰にある剣、それはもう用済みだと。
「だからあなたが無理して、『大侵攻』と戦う必要はないわ。私はもうあなた無しでも戦えるし、これからも戦い続けられるわ。もうあなたに頼る必要はないの」
戦力外通告。
いや、もともと俺は戦力になどなっていなかった。
レベル4桁の戦いに、俺はほとんど参加できていなかった。
守られて、剣をアリスに渡す役でしかなかった。
「じゃあ、俺はこれから何をすればいいんだよ。魔王にこんなにもやられてばっかりなのに、ここでリタイアするなんて嫌だぞ」
でもこれで終わりなんて、絶対にしたくなかった。
魔王にミコもカノンも奪われて、このまま何もしないなんて、二人に申し訳なさすぎる。
「たくさんの報奨金をあげるわ。どこか安全な土地でスローライフをするなんて、どうかしら。お父様にお願いすれば、土地とお城も用意してもらえるはずよ」
アリスの言葉は普通、魅力的な内容なんだろう。
でも俺が今、最もしたい事は魔王への復讐だった。
「お金も土地もいらない。それを返せば、『大侵攻』へ行かせてくれるか?俺はどうしても魔王に復讐したいんだ。ミコとカノンの恨みを晴らしてやりたい」
「ミコとカノンに関しては私も同じ気持ちよ。それに……」
アリスはふいとまた目を逸らした。
「それに、何だよ?」
何か言い辛そうにしているが、俺の気持ちを無視して別れようとしてきているのだから、構わず追及する。
どこともしれない場所をアリスは見ながら、ぽつりと「魔王は倒せない」と言った。
「そんなのやってみないと、分からないだろう。アリスのレベルは6000もあるんだ。それに俺の剣もレッドローズっていう剣だってあるんだ。勝算だって……」
俺が魔王との戦いについて語ってみたが、アリスは首を横に振って、「無理よ」と断言する。
その諦めたような感じの声に無性に腹が立って、「無理かどうかは分からないだろう」と柄にもなく声を荒げてしまうが、それでもアリスのバツの悪そうな表情は変わらない。
「無理よ、私じゃ。魔王を倒すなんて、不可能なの」
「不可能って……。魔王に何があるんだよ。アリスは十分に強いんだから、魔王も倒せるはずだろう。レベルが足りないっていうなら、もっとレベルを上げる方法を考えて……」
「そんな単純な問題じゃないの。それに倒せないから、魔王が昔からいるんでしょう。レベルを上げれば倒せるなら、誰かができているはずでしょう、こんな勇者でもない私が倒せるんだったら」
「それは、そうだけど……」
レベルを上げて、殴って倒せるんだったら、確かにアリスの言う通り過去の誰かができているはずだ。
それができない理由が、魔王にはあるという事か。
「そうね。そういう意味では、もしかしたら一番魔王討伐に近いのは、貴方かもしれないわね」
「何をふざけたことを言っているんだよ。俺なんか、魔王の幹部でも何の役にも立てず、死にかけているんだぞ。魔王との戦いだって、アリスに剣を渡す役にしかなれないよ」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわ。あなたは絶対にレベルの上がらないこの世界唯一の存在よ」
「大仰に言い換えた所で、結局はレベルも上がらない何の役にも立たない存在だろ。俺のモノでもない貰った剣しか役に立たせる方法がない。レッドローズじゃなくて、この剣じゃダメなのか。どうしてもレッドローズっていうやつを使わないといけないのか」
別れ話ですがりつく女のように、女々しくアリスへと尋ねる。
俺を捨てないでくれと、俺を傍にいさせてくれと。
当然のようにアリスは首を横に振った。
「一緒に戦うために許容していたけど、手元からいきなり武器が消えるのは戦いの中では、かなり危険なの。一分一秒でもミスの許されない戦いで、いつなくなるか分からない武器を使い続けるのは怖いわ。それに今回は『大侵攻』よ。何が起こるか分からない恐ろしい戦場。例え最前線で戦い続けているもの達でも、貴方を守り続けられる保証はない」
「そんな……」
「もしも『大侵攻』がなければ、そうね、もしかしたら、あなたを連れて行けたかもしれないわね。でも今は余裕がない。レベル1のあなたを連れて行っても無駄死にさせてしまうだけ……」
そう言って、壁に寄りかかってアリスは目を閉じた。
アリスの主張はどうしようもなく筋が通っているように思えた。
『大侵攻』という不利な状況の中、自衛する手段もなく、ただこの世界の聖剣と同じような武器を持っているというだけのレベル1がついて行くことがおこがましいのだろう。
もしもこの世界に着いたばかりの俺ならば、きっとここで受け入れていただろう。
でももう俺はこの世界と無関係ではない。
魔王にも魔王軍に対しても、思う所はあるのだ。そいつらと戦わなければならないのだ。
伝手のないこの世界で、アリスの手を放してしまったら、どうやってそれを成し遂げられるのだろうか。
「お願いだ、アリス。俺も努力するから、連れて行ってくれないか。連れて言ってくれれば、それ以外には何もいらない。自衛する方法も考えだして見せるし、『大侵攻』も俺が協力して解決するようにしてみせる。だから……」
「ダメよ。これは決定事項よ。変更はないわ」とアリスは抑揚のない淡々とした声色で言った。
その時、ガラガラと2台の馬車が現れ、俺たちの前で止まった。
「アリス姫、お迎えに参りました」と一台の馬車から、身なりの整った騎士が下りて言った。
「ご苦労様。迎えが来たわ。そっちが、あなたを宿に連れて行ってくれるわ。宿には何日でも泊まって構わないわ。ちゃんと生活できるようになるまでいても大丈夫だからね」
アリスは馬車に乗り込み、バタンとドアを閉めてしまう。
「おい、待って……」
「今まで、ありがとう。これからは、戦いのない生活を送ると良いわ。幸せになることを祈っているわ」とアリスは俺の言葉を聞かずに、窓からそんな言葉を投げ捨てて、「行って」と御者に言った。
「ちょ……。アリス!」
俺の足ではとても馬車には追いつけず、「アリスを追ってください」と宿屋行の馬車の御者へ頼むも、「申し訳ありません」と謝られるだけだった。
そして俺は諦めて、アリスの用意してくれた宿で寝たのだ。
*
今思い出しても、自分のふがいなさにため息が出てしまう。
アリスの言葉を否定し切れず、そのまま押し切られてしまった。
これでは俺の魔王への復讐が果たせないではないか。
今の俺の目的は、ただそれだけだ。
だけどアリスと一緒にいなければ、俺はただの誰よりも弱いレベル1でしかない。
魔王と戦うなんて、夢のまた夢。
アリスより強い人間は、今まで話を聞いてきた限りいない。
いるとすれば、アリス以外の勇者か。
だけど自分はきっと勇者がアリスなのだと思う。
きっとアリスが魔王を倒すだろう。
だからこそ、俺はアリスと共にいかなければいけない。
しかしアリスに別れを告げられて、俺は進むべき道を失った。
これまでアリスに引っ張られて旅をしてきた代価だろう。
魔王を倒すという目的すら、果たせない。
アリスの言う通り、報奨金や土地とか家とかをもらって、のんびり過ごすのが良いのだろうか。
何か家でのんびりと本とかを読んだり、畑を耕したりしながら生きようか。
報奨金もアリスがいうくらいだから、本当に大金なんだろう。
それで豪華な食事でも、毎日食べて……。
コンコン。
ドアがノックされた。
誰だろうか。
俺を訪ねてくるような人間はあまりいない。
アリスの関連の人か、始まりの町で助けてくれた冒険者の人か、あるいは……。
「はい」と答えながら、ドアを開けて「どなたですか」と聞く。
「アリスお姉さまをたぶらかす男!昨日は、よくも逃げましたわね。今日こそは、覚悟してもらいますわよ」
黒いドレスを着た女性。
アリスの妹であるエリザベスが、ドアの向こうで立っていた。
そういえば、魔王の幹部との戦い以外にも、死の危険はあるんだった。




