宴会(別れ)
「いえーい!乾杯!」
「いえーい!乾杯!」
アリスに連れられて入った王都の酒場で、俺とアリスは乾杯をした。
そして中身をぐいっと一気に飲み干す。
勢い余ってこぼれてしまった分は、袖で拭ってしまう。これまで、質素にやってきたんだ。今日くらいは豪快に食べよう。
目の前には、十種類以上の料理が並んでいる。こっちの料理はあまり食べたことがないので、アリスに注文を任せてしまった。
ただ元の世界に似たような料理がたくさんあった。唐揚げとか、てんぷらとか、ステーキとか、その他もろもろ。
そりゃあ、そうか。別に魔物がいるくらいで、変な植物とかが生えていなかったし、動物を食べようとしたら、同じような料理になるか。
アリスは手づかみで、唐揚げのようなもの口の中に放り込んだ。
行儀が悪いとは言わない。
俺も続いて手づかみをする。
無礼講だ。
ここでは死ぬほど楽しんでしまおう。
指先が火傷しそうなほど熱い。慌てて口の中に放り込むと、口の中を燃えるような熱さが転がりまわる。
はふはふと口の中で冷やし、かみ砕いて飲み込む。
そしてお冷で口の中を洗う。
「あっつぅ!でも、美味しいな!」
「でしょ。ここは昔からこっそりと使っているのよ。お城の食事って、美味しいんだけど、私の口には合わないのよね。なんか繊細過ぎるっていうか、豪快に私は食べたいのよねぇ」
そう言いながら、フォークで串刺しにしたステーキにかぶりついている。
こちらの世界でもフランス料理とジャンクフードみたいな食の違いがあるのかもしれない。
「俺もこういう濃い味付けの物は好きだよ。ハンバーガーとかラーメンとか好き」
「そうなの。ハンバーガーとラーメンが何か分からないけど、こういうののほうが好きなの。最前線だと、獣肉を豪快に焼くのよ。それがとっても美味しいのよ」
「ああ、焼き肉は美味しいよなぁ。それにみんなで食べると、もっと美味しいよな」
「そうなの!みんなで焼きながら食べるのって、本当に美味しくて楽しいの。戦いの疲れなんか、吹っ飛んじゃうわ」
楽しそうに語りながら、ぱくぱくと料理を口に運んでいく。
「最前線って、大変なだけかと思ったけど、そういう事なら楽しそうだな」
これから俺もアリスについていくだろうから、最前線がどういう所か知っておきたい。
「大変なのは間違いないわね。毎日が死闘だから、特に今の世代は、ね」
アリスが最後の言葉を口籠った。
その口籠った理由と何を言おうとしているのか、俺は知っている。
「今、勇者がいないってことか?」
「知っているんだ……。まだついたばかりなのに、もう情報を集められたんだね。そう、今代の勇者は現れていない。先代の勇者はもう引退してしまった。だから今、最前線を支えてくれる勇者はいないの。魔王軍との戦いは、本当に綱渡りの状態よ。兄たちが頑張っているけど、いつかはバランスが崩れてしまうほどだった。『大侵攻』が起こったのも、本当は時間の問題だったのかもしれないわ」
真剣な面持ちで、アリスは最前線の戦況を語った。
「最前線はそんなにまずいのか?」
「そうね、『大侵攻』まで起こってしまったし。今回ばかりは、本当にまずいかもしれないわ」といつになく深刻な声色で言う。
最前線で戦っていたアリスが言っているとなると、これは本当の事なのだろう。
「でもアリスが行くからには、最前線も『大侵攻』も大丈夫なんだろう?何しろ、3体も魔王軍の幹部を倒したんだから」
「当たり前でしょう」とアリスは朗らかに自信満々な笑顔で言った。
「私がいれば、百人力よ。魔王軍の幹部を何体だって、吹き飛ばして見せるわ。ずばーんってね」
そう言いながら、アリスは剣を振るふりをした。
「でもね、勇者がいないっていうのは、軍の士気にかかわるわ。これまでの歴史で魔王軍との戦いを支えてきたのは、勇者だから。勇者がいない戦いに、隠しているけど不安を感じているのよ」
「不安?」
「そう、魔王軍との戦いが苛烈になればなるほど、不安が現れてくるものなのよ。それは軍を弱らせていく。きっとこの『大侵攻』で、みんなの不安が広がっているはずよ。お兄様たちも頑張っているけど……」
「君がいれば、魔王の幹部を倒せるんだから、すぐに不安なんて消し飛ぶだろ?俺と一緒に何人も倒したじゃないか」
今までも魔王の幹部を倒してこれた。だったら、最前線の魔王の幹部だって倒せるだろう。
これまでも、ずっと戦力の足りない中でやってきたんだし、少しだけ相手が有利になろうと何とかなるだろう。
「魔王の幹部が単体で潜り込んで来ていたからね。相手が大群となると、話は違うわ。相手のほぼ全てが、私たちよりもステータスが上よ。その中で協力して守りながら、魔王の幹部と戦わなきゃいけない」
「それは今までだって……」
「今までもそうだったけど、これからもそうなのよ。魔王の幹部との戦いは、いつだって死闘よ」
断言するアリスの言葉に、俺は黙らされた。
今まで自分は不利な状況で戦ってきたと思っていたけど、アリスは魔王の幹部が単独だったから戦えたと言っている。
アリスと魔王の幹部が一対一で戦える状況だから、勝てたのだと。
そうなると、魔王の幹部は軍勢を率いて乗り込んで来ている『大侵攻』は、俺が思っている以上にまずい状況なのかもしれない。
話しを聞いてきた人たちが、あれだけ『大侵攻』について、重く受け止めていたのは勇者がいないという言葉以上の意味が含まれていた。
「ごめんなさい。なんか重い話になっちゃったわね。仕切り直しましょう!乾杯!」
「乾杯」
アリスは重くなった空気を振り払うように、朗らかにジョッキを掲げ、乾杯と同時に飲み干した。
そしてそれから『大侵攻』の事はお互いに触れず、楽しく宴を続けた。
*
「迎えの者を呼んでおいたわ。宿はこっちでとっているから、安心して」
「ありがとう。はあ、お腹いっぱいだ。こんなに食べたのは、久しぶりだよ」
魔王の幹部討伐の宴を終えて、店の外でアリスと二人で店の壁にもたれかかり、夜の街を眺める。
夜中であっても、魔法の明かりによって照らされていて明るい。そして俺たちのように宴会をしていた人も多いのか、酒に酔った人たちが何人も歩いていてにぎやかだ。
そしてアリスは通信魔法とやらで、何かごにょごにょと話していた。
通信魔法って、もろ携帯電話だなと思う。
しかも電気を使わず、自分の魔力で使えるから、むしろ携帯電話よりも便利かもしれない。
元の世界では携帯電話を持っていたが、こっちに転生する時には着の身着のままだったから持っていない。俺自身は魔力がないから、誰かと連絡を取るときには通信魔法を使う事もできない。
携帯電話も通信魔法も便利だが、使えないという事が分かると不便さが際立つ。
「食糧がなかったのは、全然準備してなくて始まった旅だったから、仕方ないわよ。普通は食糧は確保してから、旅をする物だから」
誰のせいで始まった旅なんだか。
当の本人は、全く反省をしていないように見える。
ほとんど誘拐に近いような形で始まった旅だ。
でも振り返ってみれば、楽しいとは断言できないけど、悪くはなかったように思える。
色んな人たちと出会って、戦って、勝って、別れがあって。
悲しい事も辛い事もあったけど、悪くは無かった。
「旅は終わるけど、これからもよろしくな。『大侵攻』も頑張ろう」
新たな門出だ。
これまでは旅で行き当たりばったりだったけど、これからは軍として一緒に戦うことになるだろう。
今度は大勢だから、俺も自分の身の安全を苦労して考える必要もないだろう。
魔王の幹部を倒しきって、魔王に目に物を見せてやる。
「それなんだけどね……」
夜風に髪を靡かせながら、アリスは少し暗い表情で言った。
「なんだよ?」
てっきり、頑張ろうと調子を合わせてくれると思っていたので拍子抜けした。
何を言いたいのか、さっぱり分からず、アリスの次の言葉を待つ。
アリスは俺から目を逸らし、登ってきた月を見上げて言った。
「私達、ここで別れましょう」




